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 2006年3月7日  「愚かなり、市場原理信奉者」(藤原正彦著、文藝春秋3月号に掲載)

 芥川賞受賞作を掲載する文藝春秋3月号を買った。もちろん、読みたかったのは受賞作「沖で待つ」(絲山秋子著)である。ほかにどんなものが収録されているのか、確かめもしなかった。
 芥川賞はそこそこだった。可もなし、不可もなし。この小説だけだったら、金を払ったのを後悔したかも知れない。

 同じ号に掲載されていた「愚かなり、市場原理信奉者」は、金を払っても読む価値のあるすぐれた論文である。1990年代以降、日本でも主流になってきた市場原理主義は、歴史的誤り、と切り捨てている。常日頃、私がうつらうつらと感じたり考えたりしていたことに、明瞭な言葉を与えてくれた。そう、やっぱりそうなんだよ! と深く共感した。

 著者は、市場原理主義の先進国である米国の現状は、急速にとんでもない世界になっているとする。国民を所得順に並べると、上位1%が国富の半分近くを占有する社会、生活必需品を買えない貧困層が13%にも達する社会、一般労働者の平均年収が300万円なのに、企業経営者の年収はその431倍、13億円にも達している社会。
  これを総括して、著者は書く。

  「共産主義の誤りに気付くのに七十年余りかかったが、市場原理主義の方は(気が付くのに=筆者注)その半分もかかるまい」

  市場原理主義の元で声高に叫ばれるようになった「企業は株主のもの」という考え方も、著者は

  「会社が従業員のものでない、というルールは、私の理解を絶する論理である」

  と一刀両断だ。株主とは、株を安く買って高く売ることことを狙う人々でしかない。会社と関係する期間は限られている。ましてや、会社への愛情は皆無である。企業とともに長年過ごす従業員の上位に来てはならないというのである。

  「日本では長い間、会社は従業員のものであった。従業員の忠誠とそれに応えた終身雇用、という人間関係を軸としていた。リストラは禁じ手であり、不況になれば、まず役員から給料を下げ、下に浸透させるという方式をとっていた。実力主義とか成果主義もとらなかった。普通の人を大事にする、というやり方だった」

  これが著者が推奨する会社のあり方だ。単なる愛国主義を超えた説得力を感じるのは私だけか?

  「前近代的な市場原理主義よりはるかに進んだ、日本型資本主義こそ世界に広めいていくべきではないのか」

  その通りだ、と叫び出したくなるのは私だけか?

  市場原理主義を金科玉条とする社会には何がまっているのか。

  「市場原理主義や株主至上主義→リストラや非正社員への依存→失業者、フリーターやニートの増加→消費の減退や税収の不足→経済の衰退」

  筋が通った図式だ。

  いま我が国のリーダーは、市場原理主義にすべての制度を合わせることを「改革」と呼んでいる人々だ。このリーダーの元で我々はどこに向かうのか?

  書店では手に入らなくても、近くの図書館に行けば、文藝春秋3月号は購読可能なはずだ。1人でも多くの方にお読み頂きたい好論文である。

 

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