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 2006年4月1日 歴史の夜咄(小学館文庫、司馬 遼太郎・林屋 辰三郎著 )

 この本は、もう2,3週前に読み終えていた。日本の歴史に造詣が深い作家と、歴史学者の対話。年齢とともにこの国の本当の歩みを知りたいという思いが強まっている私だから、書店で見て1も2もなく手を伸ばし、通勤途上で楽しく読んだ。

 碩学2人の話の中身を批判したり論評したりする能力は、私にはない。ただただ、おふたりが見せてくれる自分の生きる国の過去の姿について、

 「へー、ほー」

 と感心するばかりだった。
 感心はした。ところが、読み終えて1日もたつと、読んだはずの中身が、ポロポロと音を立てた頭からこぼれ落ちていく。これはいかん。せっかく、素晴らしい知識を目にしたというのに。

 というわけで、今回は備忘録代わりにこの日誌を使うことにした。

 目から鱗、という気がしたのは、前方後円墳についての林屋さんの説である。
 前方後円墳といいながら、正確に四角になった前方部なんて1つもない。中国の円墳と方墳をつないで、つまり中国の真似をして権力者の墓を作ったなんていうのはゴタクもいいところ、という林屋さんによると、

 「この前方後円墳というのは、たいへんに対外関係を考えた墳形なのですよ。これから戦争をしないという、一つの誓いなのです。あなたとは仲よくしますという意味で、武器の盾を伏せた形なんです」

 「これは盾の形なのです。だから盾を並べた形という意味で盾列(たてなみ)の陵とか、それから古墳の上にまつったお宮なんかを盾築神社とか、そういう名前も残っています」

 「日本の帝王の陵墓が盾を伏せた姿をしているということは、中国に対して、当時は倭の国王ですから、卑屈な態度にとられては困るのです。だから大きくこしらえて、しかも海岸線に平行して、堂々とこしらえるのです」

 なるほどね、の説である。
 中学、高校では仁徳天皇陵、なんてのは頭に刷り込まされた。でも、日本もその程度の国力を蓄えるまでに成長した、なんて話しかなかったような気がする。
 こんな素敵なものの見方、確からしい解釈は教科書には出ていなかったよなあ。

 こんなことがあるから、読書って面白い。

 もう一つ、林屋さんの独自の見解をご紹介しておきたい。

 「“すき”というのは、平安文化の“あはれ”、本居宣長の“もののあはれ”という気持ちですな。これが一歩進んだところに“好き”がある。終身あの人のことが忘れられない、好きや、という。あはれというのは、ほのかで、これいいな、という気持ちがそこに移るときにいいます。好きという言葉は古い時代には“好き”と同時に“数奇”だった。これ、幸のないことです」

 「で、司馬さんがどう判断されるか伺いたいところなんですが、平安時代から、数寄になるということは不幸なことになるおそれがある、そういう考え方があったのじゃないかと思うのですね」

 「好きになったら身を滅ぼすぞ、と。それでね、あはれの段階で止まっておればいいですけれども、人間と人間の関係にしても、人間と物との関係にしても、一歩そこに心をとらわれていると、ひょっとすると身を滅ぼすかもしれない」

 何度でも書く。
 読書って、本当に楽しい。

 

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