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 2006年7月10日 冷や汗

 昨日の朝、我が家のパソコン、iMacが瀕死の状態に陥った。
 いつもの休日のように、朝食を終えて立ち上げた。いつもの起動音が流れた。そのまま歯を磨きに洗面所へ向かい、パソコンの前に戻った。

 「??」

 モニターがグレーのままである。おかしい。確かに最近は調子がいまいちではだった。だが、土曜の夜も同じ症状が出たため取扱説明書を初めて読み、書いてあったことに従ってshiftキーを押しながら立ち上げた。これで修復したはずだった。現に、土曜の夜はiMacは生きており、日誌を書いてアップした。

 同じ対処法を試みた。何事も起きない。そこで、optionキーを押しながら起動して、起動ディスクを選択し直そうとした。ところが、モニターに起動ディスクが登場しない……。

 「????」

 ?がどんどん長くなる。焦りがどんどん広がる。どうする?

 OSのインストールディスクを持ち出して起動した。ディスクユーティリティで修復を試みようと思ったのだ。ディスクユーティリティまでは立ち上がった。よし、これで内蔵ハードディスクをとりあえずチェックして……。

 ない! 修復対象を選択するウインドウにハードディスクが出てこない!! 出ているのは、インストールディスクだけである。そんな、CD-Rを修復できるわけないジャン!
 いや、問題はハードディスクが登場しないことだ。ということは、ハードディスクが死んだ???

 我が頭脳は、ほとんどパニック状態に陥った。このハードディスクには、必要なファイルがたくさん入っている。最大のものは、我が家にある2000本近い映画を整理したエクセルのファイルである。これがなくなったら……。むろん、もう一度作ることはできる。できるが、それに費やさなければならない膨大な時間を考えると、呆然とする。

 頭が、それこそG5 (iMacのCPU)なにみ高速回転した。なんとか、我が家のiMacを救わねばならない。
 ふむ、内蔵のハードディスクがどうなっているのかは想像するしかない。物理的に壊れているのか、それともソフト的に壊れているのか。確か、OSXは極めて堅牢なOSであるとのふれこみではなかったか。であれば、物理的に壊れている恐れが大きい。データの修復は可能か? 可能だとしても、いくらぐらいかかる? しかし、iMacが立ち上がれば、何とかする手も見えてくるのではないか?  まず、立ち上げねば。昨日の夜までは生きていたんだから。

 昼食をすませた(ちなみに、スパゲッティ・ナポリタンであった)私は、愛車を飛ばした。目指すは、みなとみらいのパソコンショップである。iMacにはファイヤワイヤー端子がある。確か、この端子に接続された外付け機器は起動ディスクとしても使えたはずだ。ウインドウズパソコンには絶対にできない(と聞いている)芸当だ。Macの優位性はここにもある。ファイヤワイヤ接続のハードディスクを買ってこなければ……。

 買ってきた外付けハードディスクをiMacに接続し、インストールディスクからiMacを立ち上げ、OSのインストールに取りかかった。ん? いま接続したハードディスクがインストール先に出てこないぞ! どうする?
 冷静になれ! 考えろ! そうか、 フォーマットがまだだった。いまや悪貨が良貨を駆逐してウインドウズの天下。Mac用にフォーマットされたハードディスクが存在するはずがない。では、フォーマットをして……、とモニターに向かった私の目が点になった。内蔵のハードディスクが「インストール先」を選択するウインドウに現れているではないか! あんた、まだ生きてたの?

 生きてるんなら、とりあえずOSを上書きしてみようか。とインストールボタンをクリックすると、それはダメだという。ヴァージョンが上位のOSがすでにこのハードディスク上に存在しており、その上書きはできないというのだ。ん? 確か1週間前にはできたのに。
 が、いまはそのような些事にこだわっている時ではない。では、どうしたらいいの? オプションからインストールの方法を選べという。分かりました。オプションボタンをクリックする。
 再び目が点になった。今回は驚きのためではない。喜びのためである。知りたかったこと、そのために書店まで出かけて解説書を立ち読みしたのに得られなかった知識がそこにあったのだ。
 古いOSを使えないようにして新しいOSをインストールする、つまりOS9までは「クリーン・インストール」と呼ばれていたインストール方法が、OSXでもちゃんと受け継がれていたのだ。OS9時代、何度お世話になったことか。ために、いまのiMacの調子が悪くなった時、OSXでのクリーン・インストールのやり方を求めて解説書に目を通したのだ。ところが、痒いところに手が届くように名解説書は皆無だったのだ。あれば買ったのに。
 しかも、だ。OSXは立派に進化していた。この方法で新しくOSをインストールすると、ネットワーク設定などの必要な情報が、新しいOSにコピーされるというのである。
 一も二もなく、インストールボタンを押した。

 そして、一も二もなく直った。すでに夕食の時間が迫っていた。iMacの不具合に、一日振り回された。

  でも、安心していいのだろうか? だって、先刻までは存在していなかった内蔵ハードディスクが、どうした具合か存在するようになったのだ。まるで、死んだ人間が幽霊になって戻ってきたような気分だ。しかも、ちゃんと仕事までしている。お前、足はちゃんとある?

 と毒づきながら、生きている間に、とりあえずの対策だけはとった。買ってきた外付けハードディスクにOSをインストール、書類フォルダに保存していたファイルもすべて外付けハードディスクにコピーした。これで、本体内蔵のハードディスクが本当に死んでも、何とかなる。
 でも、本体のハードディスク、取り替えることになるんだろうなあ……。
 

 夕刻、子供たちが大挙してやってきた。酒盛りになった。そんなこんなで、朝から書く予定だった新しい「シネマらかす」の原稿は、一文字も書けずじまいの日曜日だった。

 教訓:日常から非常に備えよ。備えあれば憂いなし。憂いがありすぎる1日の辛さを思い知れ。

 

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