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 2007年6月30日 シリーズ夏・その3 恥と意地

 朝、犬の散歩で汗まみれになった。
 朝食後、汚れ放題だった車を洗車して汗まみれになった。
 夕方、瑛汰とリンと散歩にでて汗まみれになった。
 夏本番を思わせる一日だった。瑛汰が来ていたこともあり、我が家は朝からエアコンが稼働し続けた。金のかかる一日でもあった。
 夕方から気温下がる。この時間(午後7時37分)は、窓を開けてパソコンに向かう。電気代が助かる。

 
 私はひとり布団に寝ていた。病を得ていたのである。だが、どんな病気だったのか、何日ぐらい寝ていたのか、とんと記憶にない。ふるさとの本宅、茶の間の隣にある部屋だった。いつもは祖母が寝ている部屋である。何故その部屋に寝かされていたのかも記憶にない。

 

 

(注)
この本宅の畳の枚数を数えたことがある。10畳の座敷が2つ、3畳の仏間、8畳間が2つ、6畳間が3つ……、と数えたら80数枚の畳があった。巨大な家である。
同じ敷地に、やや小振りの別宅があり、さらに結核を患った叔父を隔離するための離れがあった。すべてじいさまが稼ぎ出したものだ。我がじいさまには、結構羽振りがいい時代があったらしい。
だが、このじいさまも落剥したらしく、本宅は一時、どこかの会社の寮に貸し出されていた。続く我が父の世代は全く経済力がなく、私は貧しき少年時代を送る。

 

 気がついたら、私は歯を食いしばっていた。何者かが、私の上下の歯の間に箸をこじ入れようとしていた。その意図を阻止すべく、私は病む体に残る全ての力で戦っていた。

 「あらー、歯は食いしばっとるばい。ひょっとしたら、けいれんでも起こしとっとやろか。熱は下がったごたるばってん」

 この声は、確か祖母だ。けいれん? そりゃ何だ? そんな単語はまだ知らん。だが、何かひどい病気のように聞こえる。

 「違う! けいれんとか起こしとらん!」

 そう叫びたいのだが、叫べばその隙に箸をねじ込まれてしまう。水面に骨を加えた犬を見て、思わずワンと吠えた犬のようなものである。ここは歯を食いしばるしかない。だが、このばあさん、私にいったい何をしようというのか?

 全力で反抗した。とはいえ、所詮子供の力だ。顎の付け根を押さえられ、力任せに口を開かされれば、悔しいが、いつの間にか口は開いてしまう。
 そして、液体が口に流れ込んできた。
 ん? 甘い。夏の味がする。

 「朝も昼も、なーんも食べとらんけん、スイカの絞り汁ば飲ませようと思とるとばってん、こん子も癇の強かね。まーだ歯ば食いしばっとる」

 スイカはむろん、好物である。夏の大好物である。すでに目が覚めていた私は、言われて気がついたが、確かに腹も減っている。素直にスイカの汁を味わいたい。さぞや美味いことだろう。
 だが、同時に不思議な思いにとらわれた。

 「スイカは好きだが、汁だけはいやだ!」

 できることなら、三日月型に切ったスイカにかぶりつきたい。庭に向かって種を飛ばしたい。スイカを持ってこい!
 だが、言えなかった。祖母たちは、無意識の行動だと信じているのだ。いま起き出して、

 「スイカば食べるけん、持ってきて!」

 と言ってしまっては、これまで歯を食いしばって箸の進入を阻んできたことが、実は意識的な反抗であったことがばれてしまう。ばつが悪いではないか。何となく恥ずかしいではないか。
 意地である。死んでも歯を食いしばらねばならない。

 私は歯を食いしばり続けた。小さな体に残る力を顎に集中した。ここは死守すべきギリギリの防衛戦なのだ!
 祖母は、口をこじ開けようとし続けた。おそらく、百坪ほどの畑の手入れで身に付いた力を指先に集めたはずである。この口を開かせる。皇国の興廃はこの一戦にあり!
 壮絶なバトルが続いた。

 この戦闘の勝者がいずれであったかは記憶にない。病んだ体で全力を振り絞ったため、疲れ果てて再び睡眠の世界に引きずり込まれたのか。それとも、単に忘れただけなのか。

 私の記憶に残る、最も古い夏の思い出である。小学校入学前後のことと思われる。

 三つ子の魂百まで、という。私はこの文章を書きながら、私自身がその実例であったことを知った。私はいまでも恥を知る人間である。意地を通す人間である。私に向かって、

 恥知らず!
 根性なし!


 などという言いたげな視線を投げる輩が時にいる。彼らは私の本質に関して無知なだけである。と思う。

 にしてもだ。
 私の最も古い記憶に残る意地、恥が、

 俺は汁だけのスイカはいやだ!
 その事実を人に知られるのは恥だ!


 というのも、現在にまで引き継がれる三つ子の魂なのか?
 私は、分かりやすく表現すれば食い意地の張ったスタイリストなのか?

 やや情けない。

 

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