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 2008年4月4日 あちゃー!

 仕事を終え、帰宅しようと乗ったエレベーターで同僚と一緒になった。2人は、我が職場では珍しい定時帰宅組である。
 雑談をしながらJR新橋駅に向かった。雑談が高じて、寄り道することになった。刺身の盛り合わせ、鯛の兜焼き、エシャレット、生ビール、焼酎のお湯割り。今週は毎日飲んでいる気がする。我ながら、よく体が続くものだ。

 仕事帰りの1杯は仕事の愚痴の吐き出し場、というのがサラリーマンの通り相場だ。我らも初めのうちは、通り相場に従った。2人とも常識を持つ大人である。
 が、愚痴りながら飲む酒は美味くない。やがて2人は常識をはずれ、話題は本に、音楽に、オーディオにと広がり、お湯割り焼酎を飲むピッチがあがった。ここまで盛り上がれば、こういうしかない。

 「ね、これから俺んちに来ない? クリスキットのフルシステムがあるからさ」

 かくして我らは、我がオーディオルームでウイスキーグラスを傾け始めた。アンプの電源を入れる。CDをスタートさせる。

 「あれっ、これ、録音が悪いね。そんな昔の録音かなあ」

 カーティス・フラーのブルースエット、クリーム時代のエリック・クラプトン。おかしい。クラプトンがマイクをスッポリと口にくわえ込んで歌っているようなこもった音がする。

 「昔の録音って、こんなものかねえ」

 クラプトンのチェンジ・ザ・ワールドに変えた。おかしい。クラプトンがマイクを口に突っ込んだままだ。…………。
 ふっと気が付いた。ひょっとしたら高音が出てない?
 チャンネル・デバイダーで低音を絞りきった。スピーカーからは何の音も出なくなった。やっぱり、高音が出ていなかった……。

 いやはや、クリスキットをこれほど持ち上げる私としては、痛恨の極みである。気が付かなかったら、我が同僚は、クリスキットとは何とおかしな音しかしないオーディオシステムであるとの印象を持って帰宅していたに違いない。

 高音用のパワーアンプを点検した。スピーカーコードをつなぐ端子が、半ば使い物にならなくなっていた。スピーカーコードを押さえつけるバネがバカになり、コードとの接続がうまく行っていなかったのだ。
 その場はコードを奥まで突っ込んで何とかしたが、このスピーカー端子はもう使えない。近々取り替えよう。
 悪かったのは録音ではなく、私のメンテナンスだった……。

 緊急対策を取ったクリスキットが、いつものような素晴らしい音を聞かせてくれたことはいうまでもない。知人には、ヤフオクで中古を捜すようアドバイスしておいた。まずは、目出度し目出度し。


 で、今日は社説を読む2日目である。まずは、こちらで朝日新聞の本日の社説をお読み頂きたい。

 【米兵逮捕―脱走の情報があったなら 】
 一読して違和感を覚えた。3度読み返して、違和感の正体が分かった。社説を書いたお人、あんたのおっしゃることは無茶ですぜ!
 主張の1つは、脱走兵が出たという情報をどうして地元自治体に伝えなかったのか、である。伝えていたら警察がパトロールを強化した、タクシーの運転手も警戒した、と書いてあるから、恐らく写真付きで指名手配をしておけばよかったじゃないか、というのだろう。
 これは暴論である。問題の米兵が横須賀基地を脱走したとき、彼は米軍の法は犯したかも知れないが、まだ日本の法律を犯してはいない。日本では犯罪者ではないのである。犯罪者でない人間を指名手配する? 我々はそんなおっかない法律を持つ国で生きているのだろうか?
 100歩譲って、指名手配をしたとしよう。そうすれば犯罪の発生を防げたかも知れないというのがこの人の考えである。脳天気とは、こんな説を言う。
 この脱走米兵の写真を見せられたとしよう。初めて見る黒人の顔を、2、3度写真を見ただけで記憶できる人がどれほどいるのだろう? 少なくとも、私は記憶する自信がない。しかも、この脱走兵は犯罪者ではないのだ。例え顔に見覚えがあっても、タクシーの運転手は警戒しただろうか? 限りなく空論に近い主張である。
 結語も腑に落ちない。
 「米軍には凶悪な事件を繰り返さない手だてを改めて考えてもらいたい」
 一見、正論である。だが、「凶悪な事件を繰り返さない手だて」は存在するのか? もしそんな手だてがあるのなら、凶悪犯罪が全く発生しない地域、国があっても良さそうである。私は寡聞にして、そんな素晴らしい社会があるとは聞いたことがない。
 そもそも、日本だって、日本人が引き起こす凶悪犯罪が続発しているではないか。我々にできないことが米軍にはできるのか?
 この社説、よい子が書いた作文以上のものではない。

 【ODA5位―転落に歯止めをかけねば】
 世界で5番目に多額の金を投じているのに、「援助に不熱心な国という評判が定着」するとすれば、評判を立てる方の考え方が間違っている。などと揚げ足取りはするまい。だが、この社説にも素直に頷けないものがある。
 もっとODAに金を出せ、というのがこの社説子の主張である。もっと金を出せば、国際社会での日本の存在感と発言力が増え、尊敬を得て国益に叶うのだそうだ。 いやはや、いい子チャンはそういう風に考えるのかなあ。私ならこう考える。
 かつて世界で2番目の援助大国であったとき、日本は国際社会での存在感と発言力が増え、尊敬を得ていただろうか? 残念ながら、金満大国との評判しか得られなかった、と新聞は報じ続けてきたのではなかったか?
 そもそも、日本を凌いで上位につけた英国、フランス、ドイツは、「貧困や地域紛争、エイズ、飢餓、水不足……。気候変動による干ばつなどの被害」に心を痛めて人道的立場から援助額を増やしたのだろうか? 
 世界地図を見てみよう。欧州はアフリカ大陸のすぐ上にある。だから、アフリカ諸国の動向は欧州諸国に影響する。アフリカに投資している企業があるかもしれない。農場を経営する個人がいるかも知れない。アフリカ諸国が疲弊すれば、移民や難民が欧州諸国に流れ込むかも知れない。アフリカ諸国がこれ以上疲弊しないことは、欧州諸国の国益なのである。
 政治とは、そのように発想するものではないだろうか。
 プレゼントは、する方もされる方も嬉しいものである。私も、年々給料が上がり続けるのなら、喜んでプレゼントを増やす。さて、今度は誰に、どんなプレゼントをしようかと考えるのは楽しい。
 しかし、困ったことに給料は上がらなくなった。上がらないばかりか、下がったりもする。おまけに多額の借金がある。プレゼントを増やしたくても増やせない。それが現状である。
 ここに投じる予算を増やせ、と書くことは易しい。予算を増やすことができれば、年金問題も、教育問題も、医療費の問題もすべて解決する。だが、ない袖は振れないから、問題は解決しないままである。
 社説子は「財政危機だからこそ、政策の優先順位を厳密に詰めて考えなければならない」と書く。その通りである。だが、ODA増額論は、厳密に詰めた結果なのか? 年金の、教育の、医療費の優先順位はどうなっているのか?
 できることなら、厳密に詰めた優先順位表を示したいただきたいものである。

 あ〜あ、早く、

 「その通りだ!」

 って書きたくなる社説を読みたいなあ。

 

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