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 2008年8月8日 続シリーズ夏・その11 マッターホルン

 自宅を出てバス停まで7、8分である。今朝は強すぎる日差しを浴びながらバス停までたどり着くと、あいにくバスが出た直後だった。次のバスの姿を捜した。いつもなら数台のバスが団子状態になって走っているのだが、今日は何故か見あたらない。太陽がじりじりと肌を焼く。汗がにじむ。

 「こんな日差しのもとで5分も6分も立ちつくすのか?」

 不可能である。そんなことをしたら、バスに乗るまでにすべてのエネルギーを使い果たしてしまう。

 「おい、臨港バス。どうしてここに日よけ、雨よけを作らない?」

 といま文句を言っても何の足しにもならない。問題はこの日差しだ。こうなると金より健康である。私は迷わずタクシーを止めた。日差しに負けてタクシーの乗ったのは初めてのことだ。
 体力が落ちてきたか?

 川崎駅から京浜東北線に乗る。私は「弱冷房車」などという、真夏に相応しくない車両には絶対に乗らない。「弱冷房車」については、存在意義すら理解できない。
 冷房が効いているはずの車両に乗り込んだ。8月も8日になったというのに、結構混んでいる。おいおい、早く夏休みを取って東京から出て行ってくれよ!
 ま、私もまだ夏休みを取っていないのではあるが。
 右手でつり革を握り、上着を巻き付けた左手で本を持つ(本日は、「エンプティー・チェア」=ジェフリー・ディーヴァー著、文春文庫)私の額から、首筋から汗がしたたり落ちる。そうか、今日は日差しが強すぎて、冷房も充分には効かないんだ。こんな日に会社に行って仕事をしようってヤツの顔を見たいよ、まったく!
 ま、私ものその1人ではあるのだが。
 
 夏の盛り。ひたすら耐えるしかない日々だ。今日、東京はこの夏初めての猛暑日だったとか。道理で。


 ロサンゼルスに着いた。サンフランシスコと違い、ロスは暑い。にもかかわらず、ここでも日程はすし詰めだった。

 ロサンゼルス・タイムズ社の訪問があった。まあ、分からんことはない。我々は日本の新聞社が企画・組織した訪米チームなのだ。カリフォルニア州最大の新聞社に挨拶するのは、まあ、仲間内の仁義だろう。
 社内を案内され、新聞の印刷工程も見た。覚えているのはその程度だ。
 この訪問がその後の私の人生に影響を及ぼした形跡はない。

 映画の都、ハリウッドを訪れた。ロサンゼルスに来たんだもの。これもお上りさんにとってはお決まりの観光地巡りだ。

 「ここは、有名は俳優さんたちの手形や足形が残されているんだ」

 というところにも連れて行かれた。見ると、歩道の敷石にたくさんの手形、足形がある。しかも、サイン付きで。ハリウッドとは面白いことをする。

 「これがグレゴリー・ペックで、こっちがクラーク・ゲーブルだな」

 解説役を買って出た大人が、そういって我々の目を覗き込んだ。

 「へーっ」

 とか

 「すっげーっ!」

 という反応を期待していたに違いない。大阪から来た内藤君は、大人の気を引くのがうまかった。へつらいとも言うが、これも1つの特技である。

 「ほんまやなあ。これ、触ってみてもいいんかいな」

 と期待通りの受け答えをした。さすがである。解説役の大人の視線が私に向いた。

 だが、私には技がない。へつらう心もない。なにしろ、九州の片田舎の中学3年生の暮らしには、ハリウッドなど縁がなかったのである。ハリウッドの映画などほとんど見たことがないから、きら星のごときスターたちも私には無縁の存在だった。名前すら知らない。有り難みなどまったくない。
 私は反応した。

 「ああ、そうなんですか」

 絵に描いたような、猫に小判の体験だった。

 え、「シネマらかす」を書いているいまだったらどうだって?
 断言します。チャン・ツィイー(章子怡)の手形があっても、キャサリン・ゼタ=ジョーンズ(Catherine Zeta-Jones)の足形があっても、絶対に感動しません。やっぱり、

 「ああ、そうなんですか」

 で終わりです。私が感動するのは、彼女たちと2人きりになる機会をそれぞれ持って、彼女たちから思いのこもった熱い視線を注がれる時だけであります。
 永遠に夢でしょうが。
 あ、2人の手形、足形がここにあるのかどうか、私は知りません。

 どこかの映画スタジオ風のテーマパークにも行った。
 西部劇に出てくる町並みがあり、テンガロンハットにジーンズ姿のカウボーイが巧みに馬を乗りこなす。走る馬に飛び乗ったり、走る馬から飛び降りたり、疾駆する馬の背中で投げ縄を操ったり、見事なワザを堪能した。
 そうそう、砂金取りもやった。小さな川がある。裸足になって川に入り、用意されたザルで川底の砂を掬う。それを水にさらしていると、キラキラした小さな粒が浮かび上がる。

 「それそれ、それが砂金だよ」

 西部開拓のエネルギー源になった砂金は、だが、手ではつかめないほど小さかった。

 何故か、ホームステイをした。10人全員が、である。
 私たちを泊めてくれた家庭には、さすがに10人を収容できる寝室はなかったらしい。
 だが、そこはアメリカである。部屋は足りなかったが、芝生を敷き詰めた広い庭があった。そこが私たちの寝室となった。テントが張ってあったのである。
 庭でバーベキューをし、通じたような通じなかったような英語で彼らと話をし、壁に飾ってあった「with the beatles」(ビートルズ2枚目のアルバム。黒を背景に、マッシュルームカット、ハイネック姿の4人の写真が印象的だ)のジャケットで盛り上がり、 話し終えてテントで寝る。
 全米2位の大都市のど真ん中でテント暮らしをしようとは、予想もしていなかった。アメリカとは懐の深い国である。
 にしても、だ。この家のご亭主、寝室も確保できないのに、どうして我々を受け入れたのか? アメリカ人もなかなか懐が深い。

 ロサンゼルス? だったら、何かが足りないだろう! とご不審のあなた。ご安心下さい。ちゃんと行きましたとも、あそこへも。

 ディズニーランドは、ロサンゼルス滞在中の最大のイベントだった。
 それはそうである。ほかのハリウッド映画は知らなくても、ディズニーのアニメだけは我々の暮らしの中に溶け込んでいた。最初に見たのは「ダンボ」だったろうか。それとも「バンビ」か「ピノキオ」か、それとも「白雪姫」だったか。
 小学生時代、学校の先生に引率されてディズニー映画を何度も見に行った。まあ、夢と冒険と愛が散りばめられたディズニーのアニメは、子供に見せたくなることは事実だ。だから、ミッキーマウスもドナルドダックもプルートも、スクリーンでしばしば会った。親しき友だった。
 ディズニーランドに行けば、そいつらに会える。ワクワクしないわけがない。なにせ、まだ15歳の中学3年生なのである。

 さて、スクリーンでしか見たことがない風景と、スクリーンでしか会ったことがない生き物たちに囲まれた夢の国で何を楽しんだのか。情けないことに、記憶は朧である。夢のような時間は漂い去ってしまう。
 だが、1つだけはっきり覚えているアトラクションがある。あるショックを受けたのだ。
 マッターホルンである。

 アルプスのマッターホルンを模した山があった。その頂上から2人乗りのコースターが疾走する。山肌に沿ってぐるぐる回りながら麓を目指す。飛ばされないようにしがみついていると、突然トンネルが目の前に現れ、思わず頭をすくめる。確か最後はレールから飛び出し、派手な水音を立てながら池に着水した。
 スピード感と恐怖感は、何故か人を興奮させる。むろん、恐怖の限界に挑むいまのジェットコースターと比べれば、極めて初歩的な乗り物ではあった。だが、生まれて初めて乗った私は、着水するまで叫びっぱなしだった。コースターを降りても、興奮はなかなか冷めなかった。
 だが、興奮とショックは別物である。

 先に書いたように、マッターホルンは2人乗りのコースターを使う。そして、この2人は横に並んで乗るのではない。バイクのように前後に2人乗るのである。
 我々10人は5組に分かれ、男同士のペアでスピード感と恐怖感を楽しんだ。
 だが、アメリカの若者は違った。どのペアを見ても、ペアは、必ず男女なのである。仲良さそうに腕を組み、肩を抱き合って順番を待つ。
 それだけでも、日本の片田舎から来た中学3年生には眩しかった。羨ましかった。
 だが、アメリカの若者の生態は更に先を行っていた。
 この男女は、必ず女性が前に乗る。まあ、それはいい。許せないのは、後ろに乗った男性の手が、前の女性の腰に回ることである。

 ヨセミテ公園で

 「やりてーっ!」

 っと蛮声を張り上げていた蘇我君の私生活がどの程度のものであったのかは知らない。だが、私の私生活なら誰よりもよく知っている。私は女性に触れことは1度もなかった。ましてや、あの、男心を激しくかき乱すお尻のすぐ上にある腰に手を回すなんて……。少し手が滑れば、そこはお尻じゃん!
 アメリカには
 男女七歳にして席を同じうせず
 という男と女のあり方に関する倫理観はないのか! 君たちは、季節が来れば人目も憚らずじゃれ合い、道中で堂々と愛を交わす動物に限りなく近い生き物なのか! 
 恥を知れ!!

 あの姿勢でマターホルンを駆け抜ける。前に乗った女の子は、

 「きゃーっ、怖いー!」

 なって叫ぶんだろうな。すると後ろに座る男の子が

 「大丈夫だよ。僕がしっかり抱きしめてるから平気さ」

 なんて耳元で囁いたりして。
 おい、見れば俺と同じ年代ではないか。それなのに、女の子の腰をしっかり抱きしめて指を柔らかい腹部に食い込ませる。2人の体が密着してカッカと燃える。耳元に口を近づける? ひょっとして唇が耳朶に触れないか? 思わず噛んだりしないか? そんなことが許されると思ってるのか!!
 俺に涎を垂らさせてどうしようってんだ? あれか、俺に恨みでもあるのか?
 羨ましい……

 15歳の夏、私は男と女について、何事かを学んだ。学んだ私は、心の内で大声を上げた。 
  「俺、必ずここに戻る。彼女と2人で戻ってくる!」

 ディズニーランドのど真ん中で、私は固く心に誓った。
 だが、学ぶことと実行することの間には、大きな川が横たわる。
 ディズニーランドの私には川は見えていなかった。この川を泳ぎ渡るには、長く辛い時間が必要だという現実に気がつくのは、ずっと先のことである。


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