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 2008年10月2日 下院

 にしても、である。アメリカとは面白い国だ。そんなことを考えたのは、同僚の一言がきっかけだった。

 「アメリカって、酷い国だよね」

 ま、たったこれだけの発言でも、彼が何をいわんとしているかは分かる。この勘の良さは、深い学識、知識、識見に支えられてることはいうまでもない。

 「金融安定化法案を下院が否決した件だな?」

 ピンポーン! 見事な正解である。私は、やはりただ者ではない。

 「だって、世界中がそうしなきゃって思っていることを平気で否決するなんて、どういう神経をしてるんだろ」

 まあ、それが大勢の見方であろう。
 その瞬間、私の脳が急速に活動した。大勢と同じことを言って、何か始まるか? 違った見方をしてみちゃどうだ?

 「いや、俺は、アメリカって面白い国だと思うよ。実験国家だと言ってもいい」

 と前置きして、私はその時の売りに浮かんだ理屈を延べ始めた。

 いま起きていることを私なりに簡単に書けば、次のような図式になる。正確かどうかは保証しないが。

 アメリカに知恵者がいた。所得格差が甚だしいアメリカには、住宅を買えない低所得の国民がたくさんいる。この人たちに住宅を買わせる方法を見つけたのである。
 所得が少ない人たちだから自己資金で住宅を買うなんて出来るはずがない。金融機関からお金を借りることが出来ればいいが、所得が低い人たちに金を貸す金融機関なんてない。返してくれない危険があるからだ。

 いやいや、それは知恵がなかったからだ。私には、それを打ち破るアイデアがある! と知恵者は考えた。
 貧しい人たちの返済能力しか見ないのがいけない。よく考えてみろ。住宅を買った人たちは不動産を持つのだ。これを使わない手はないじゃないか。 
 とにかく、貧しい連中にどんどん金を貸して住宅を買わせよう。これまでは絶対に住宅など買えなかった人たちが、不動産市場に買い手として現れる。するとどうなる? これまでなかった需要が新たに、大量に現れるのだから、不動産価格は上昇するしかない。その価格上昇分を見込んで住宅資金を貸し付ければいいじゃないか。

 所得が低い人たちだから、すぐに返済不能になるぞ。いや、それでもいいのだ。だって、住宅を担保にとっての融資だから、その際は住宅を取り上げればいい。融資した時に比べれば住宅価格は上がっているから、それを売れば大儲けが出来るじゃないか。
 ま、人為的に不動産バブルを作ったのである。

 こうして始まったサブプライムローンはやがて債券として売買され始め、多くの金融機関が運用資産として買った。なるほど、価格が上昇する一方の不動産を担保にしたこの債券は、リスクはあるがハイリターンの打ち出の小槌こちらが参考になるかと)であった。だが、いいことはいつまでも続かないのがこの世のならいである。
 そりゃあそうだろう。サブプライムローンを使って住宅を買った人たちは、もともと返済能力がなかったのだ。
 
 「返せなくなったら住宅を売ればいいのです。買った時に比べれば価格は上がっていますから、それで新しい住宅を買い、余ったお金を返済に回せばいいわけです」

 といってだまされたのかどうか、は知らない。がいずれにしても、彼らは当然破綻し始める。その住宅が売却物件として市場に出る。それでも、サブプライムローンを使う客が増え続けている間は次の客に買わせればいいのだから、何とかなった。そして、住宅価格はさらに上がる。
 でも、こんなことは絶対に続かない。やがて客が減り、最高値で受託を買った客が破綻した時は、もうその住宅を買う客はいない。かくして住宅価格は暴落する。サブプライムローンの債権を持っていた金融機関が大きな損を抱え込み、やがて破綻する。

 いや、アメリカの金融界とは、アメリカのトップレベルの知能を持った人たちの集まりである。だから、ことはそれほど単純なことではなかったかも知れない。だが、実際に起きたことは、そんなことではないか。

 で、金融機関がバタバタ行く。金融機関とは、お互いに資金を貸したり借りたりして成り立っている(そのお金をコールマネーといいます)のだが、まだ健全で運用資金を持っている金融機関も、どこの金融機関を信用していいのか分からなくなる。変なところに貸すと、貸したあとでそこが破綻して貸した金が戻ってこなくなる危険がある。こうしてお金の流れが滞り、設備投資資金などを必要とする企業にもお金が流れなくなる。その結果、経済活動が停滞し、景気が悪くなる。

 そうなったら、みんな困るでしょ? だから、経営がおかしくなった金融機関を税金で助けようよ、というのが金融安定化法案だ。それを米国の下院が否決した。

 10年ほど前に日本で起きたことをアメリカが繰り返しているのである。当時日本では、住宅金融専門の住専に6850億円の公的資金を入れるか入れないかで国会が大もめにもめた。ご記憶の方もあると思う。

 さて、ここで冒頭の同僚との会話に戻る。

 「いや、俺は、アメリカって面白い国だと思うよ。実験国家だと言ってもいい」

 という私の発言に、同僚は怪訝な顔をした。私は、面白さの中身を説明した。

 いまアメリカ政府がやろうとしているのは、10年ほど前の日本の真似である。当時、日本政府の対応は、too little, too lateといわれた。 もっと早く、もっと大量のお金を金融機関に入れれば良かったのに、そうしなかったから最終的には100兆円(だったかどうかは虚覚えだが)もの公的資金を投入して金融機関を救うことになった、というのが定説である。その反省から、アメリカ政府は、早期に、75兆円にも上る大量の公的資金を投入しようとしているのである。

 「だけどね、あの時日本政府がとった公的資金投入というのが最善の方法だったかどうかは検証されているのかな? 国の金を使って金融機関を救ったことが景気の回復につながった、って結果的にいわれているけど、本当なんだろうか?」

 「あの時の日本政府の対応は、1つの経験ではある。だけど、国の金を入れていなかったらどうなったかという経験を我々は持っていないじゃないか。ひょっとしたら、国の金を入れない方が、数年の混乱はあったとしても、結果的にはもっとうまく行っていたという可能性だってあるんじゃないか?」

 「いま、いろんな人たちが言っているのは、あの時日本はうまく行ったんだから、という経験に基づくものに過ぎない。国の金を入れなかった経験を持たないのに、どうして入れた方がいいと言えるんだろう」

 「おまけに、日本とアメリカでは国情も、経済の事情も違う。もし公的資金投入が日本ではうまく行ったんだと仮定しても、アメリカでうまく行くという保証はないわけだろ? 時代も違うわけだし」

 「いまアメリカも欧州でも日本も、アメリカは一刻も早く公的資金を投入せよ、の大合唱だよ。なのに、下院は法案を否決した。実に面白い。反対した議員の事情はそれぞれだろうけど、下院は壮大な実験をやろうとしている、という見方だって出来る。それに、ひょっとしたら、そちらの方がうまく行く可能性もある。アメリカの銀行、証券会社がバタバタ行って、それを日本の銀行、証券会社が買ってウォール街で日本型の経営をやったりして」

 同僚は不得要領の顔をして去った。うーん、理解できないかなあ……。
 そういえば、私の論は暴論であるような気もしてきたが。

 アメリカでは1日、上院が緊急経済安定化法案を可決した。下院が否決した法案に、弱者救済策として総額1000億ドル(約11兆円)の経済対策を加えたものだそうだ。3日にはこの新しい法案が下院で審議される。
 
 さて、下院は世の識者の大勢に従って、新しい法案を可決するのか。それとも、私の暴論に付き合って否決するのか。
 面白い。目が離せそうにない。

 

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