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 2009年8月3日 見比べる

 私の暮らしに、選挙が入り込み始めている。

 投票所に行くかどうかはまだ決めていない。自分の政治参画をたった1枚の投票用紙に託さねばならない現在の代議制民主主義にどうしてもなじめない思いを持つ私は、熱心な選挙人ではない。
 そもそも、会ったことも話したこともない。ましてや、心の奥底で何を考えているか分からないヤツに、

 「あんたに任せたよ」

 と投票してほぼ全権を委ねろっていわれたってねえ……。

 なのに、今回の衆議院選挙は何故か気になる。自民党の一党支配が崩壊する選挙だからであろうか。

 だから、ついつい余分なことまでしてしまう。
 昨日は、せっかくの日曜日だというのに、朝から日本経済新聞を熟読してしまった。自民党と民主党のマニフェスト(どうして、日本の選挙に横文字が登場するんだろう? 日本の言葉の美しさを愛する政治家はいなくなってしまったのか?)が、見開き2ページで特集されていたからである。
 自民党と民主党は、何を有権者にアピールしようとしているのか?

 はっきり書く。私の見たところ、たいして違いはない。口角泡を飛ばすような論戦が、なにやら漫画じみて見える。
 確かに、つぶさに見れば子育て支援の方法、安全保障、財源対策など違いはある。

 子育て支援の差は、子供のいる世帯に直接金を渡そうという民主党に対し、自民党は授業料をただにします、といっていることである。いずれにしても、子供を持つ親の負担を減らすと約束している。
 さて、たったこれだけの違いで、どちらに政権をゆだねるかが判断できるのか? せいぜいのところ、どちらが自分の家庭にとって金銭的に有利か、と考えるしかないではないか。

 「自民党案だったら、いま子供2人で6万円かかっている幼稚園の授業料がいらなくなる。民主党案だと1人2万6000円だから2人で5万2000円。自民党がいいかも」

 という程度である。
 それでいいのか?

 安全保障は、政権を持つ政党の重要な使命の1つである。日経は自民党案だけしか掲載していなかったから、正確な比較はできない。だが、いずれにしても、いま日本が置かれた状況を見る限り、政策選択の幅はそれほど広くないはずだ。

 財源について、民主党が無駄な支出を抑えて捻出する、という。自民党は景気をよくして財源を増やすという。まあ、どちらが実現可能性が高いかの問題である。不可思議なのは、民主党のプランは財源の裏付けがない絵に描いた餅だ、とあれほど攻撃していたい自民党が、やっぱり財源を明確に示していないことだ。敵の非をあげつらうには、自らの正当性を証明しなければならない。それが論戦のルールである。景気浮揚という、実現するのかしないのか分からないことに依拠しようという自民党は論戦のルールを逸脱している。

 というのは、実はどうでもよい。2ページの特集を読みながら強く感じたのは、民主主義の劣化である。

 要するに、自民党も民主党も、選挙民に媚びてるだけじゃないの? 高速道路を週末と祝日に限って1000円にするという政策も、原則無料にするという政策も、いってみればバナナなのたたき売りだ。いや、もっと悪いことに、たたき売りの原資は国民の税金である。国民の税金を使って国民に媚びを売り、とにかく、次の選挙では自分の党に投票してくれという、まあ、他人の褌で相撲を取っているようなもの ではないの?
 言葉を尽くして説明されればされるほど、なにやら馬鹿にされているような気がするのである。俺たちって、そんな目先の金で動く卑しい奴らと思われてるんだ……。

 国民が主権者でいられるのは選挙期間中だけである。選挙が終われば、国会議員の偉い先生方が再び主権者の椅子におすわりになる。
 ここは、心して投票に臨むしかない。

 そして今ひとつ、私には非常にいやなにおいがする。悪しきポピュリズムのにおいである。自民、民主両党のマニフェストは、利益誘導型のばらまき合戦にしか見えない。ばらまくのは、有権者の歓心を買うためである。いま、自民党も民主党も、有権者に媚びている。

 子供たちの教育は、国の100年の礎である。いま議論しなければならないのは、金銭面の教育支援策なのか?
 「らかす」を読み続けていただいている方のご記憶にはひょっとしたら残っているかもしれないが、私の子供時代は貧しかった。全体が貧しい中で、生活保護を受ける我が家はもっと貧しかった。だから、貧困家庭に教育費の支援があるのは、当時の私のような暮らしをしている子供たちにとってはとてもいいことだと思う。
 それでも、教育の本当の問題はそこじゃないだろう、という思いが消せない。学ぶ意欲と能力がある子供たちの芽をつぶさないことが最大の課題なのに、いまはすべてが金銭に置き換えられている。むろん、切実に必要としている子供たちには金銭は必要不可欠である。だが、幸い親に資力があって必要としていない子供たちもいる。それを一律に支援するのが果たして政策と呼べるのか? そもそもいまの教育問題は、親の金銭負担だけなのか?
 要は、教育問題を金銭に還元して、うちの方が手厚い、政策的整合性もあると主張して選挙の具にしているだけじゃない?
 それが私の違和感である。

 高速道路の安値競争も、あれまあ、だ。
 いや、暮らしのコストが下がるのは誰しもありがたい。だが、高速道路の料金が下がって何が起きるかは、今年みんなが見てしまったはずである。

 「いやあ、どこまで行っても1000円だというんで、家族で出かけてきました」

 などというノーテンキな連中で高速道路が渋滞した。渋滞だけなら、予想しながらそこに突っ込んでいったドライバーの身から出た錆だからどうでもいい。困るのは、おかげで燃料の消費が増えることである。
 いまの世の中、エコが善ではなかったのか? できるだけ少ないエネルギーで過ごしましょうと、政府が音頭をとって冷房温度を上げたのではなかったか?
 一方で省エネルギーを唱え、他方でもっとガソリンを使いましょう、って?
 もっと整合性のあることをやってもらいたいね。

 民主党の高速道路無料化は究極の愚作である。それを批判する自民党にも、1000円高速道路で先鞭をつけたという反省がない。
 このどちらかが、いまの時点では民主党が政権を取るらしい。

 大丈夫か、ニッポン?

 

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