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 2009年8月9日 いいのか、悪いのか

 眼鏡がない。気がついたのは、車で買い物に行き、戻って自宅の玄関を開けた昨日の昼前だった。

 えーっ、眼鏡がないことに、自宅に着くまで気がつかない? その状態で運転してきた? 見えたの? 安堂さん、とうとう、来た? 還暦、過ぎたんだもんね!

 と手をたたいて喜ぶ不埒な輩もいるかもしれない。だが、不埒な者どもよ、君たちが手をたたいて喜ぶような話ではない。それは、これから始まる話を読めばわかる。

 昨日は、全国的に土曜日であった。ここ桐生では、桐生八木節まつりが最も盛り上がる中日であるが、個人的には休日であるに過ぎない。
 休日は、我が家の買い出しの日である。足が悪い我が妻殿は1人で買い物に出ることができない。私の休日に、私が運転する車に乗って、1週間分の買い物にお出かけになる。
 私はいつものように、専属運転手兼ポーターとしてお付き合いする。

 「何時に出かける?」

 いつもの週末のように、朝食を終えた私はそう声をかけた。

 「フラフラするからやめる」

 妻は最近、しばしばめまいを訴える。昨日もそうだった。めまいのする妻を買い物に連れ出すわけにはいかない。
 しばらく事務所にこもった。ふと思い出した。日曜日、私は仕事がある。買い物には出られない。

 「なので、俺が買い物に行ってくるわ。いるものを書け」

 こうして私は、1人で車に乗り、買い物に出た。

 「2009年6月21日 下手な考え」などに書いたように、私は現在4つの眼鏡を所有する。日常的に使う遠近両用眼鏡(川崎和男デザイン、縁なし)、ドライブ用の遠近両用サングラス(川崎和男デザイン)、自宅で使う中近両用眼鏡(ずっと使っていた眼鏡のレンズだけ入れ替えた)、読書用の単焦点眼鏡、である。
 以上のラインアップからご理解いただけると思うが、出かける時は2つの眼鏡が必要になる。遠近両用とサングラスである。が、いくら私が器用だからといって、2つの眼鏡を同時にかけることはできない。2つ以上の眼鏡をかけて見せたのは「Walls and Bridges」のジャケットに登場したション・レノンぐらいである。まあ、通常は、顔にかけることができるのは、せいぜい1つである。どういう訳か、私には眼が2つしかないのだ。

 同じ体験をされた方にはご理解いただけると思うが、眼鏡を1つ顔にかけ、もう一つの眼鏡を持ち歩くというのは、はなはだ面倒なものだ。ケースに入れればかさばってしまう。どうせ運転する時しかかけないのだから、とサングラスは車中に置きっぱなしにすることも考えたが、眼鏡屋に止められた。

 「特に夏場は、熱でフレームもレンズも歪むおそれがあります。やめてください」

 では、どうするか?
 いくつか眼鏡屋を回って、眼鏡をぶら下げるストラップを見つけた。革製の細い紐がループになっており、その先に眼鏡フレームの形をしたプラスチックのパーツがついている。このループを首に回し、プラスチックのパーツの穴に、使わない眼鏡の弦を差し込んで吊す。
 アイデアが気に入った。赤い革ひももオシャレだ。ネクタイなどしない私の胸のアクセントにもなる。
 というわけで、直ちに購入した。4000円。1ヶ月ほど前のことだ。

 昨日も、このストラップは我が首にあった。先っぽに日常用の遠近両用をぶら下げた。顔にはサングラス。こうして私は、買い物に出た。

 最初に向かったのは、みどり市大間々町の小林君八百屋である。122号線沿いにある、ほとんどバラック立ての八百屋だ。妻と次女がこの店の桃をたいそう気に入り、以来、頻繁に通っている店である。
 この日は、グレープフルーツ、ネギ、ニンジン、なす、タケノコの調達を命じられてこの店に向かった。

 2軒目はドラッグストア、セイムスである。ここでの買い物は大型ペットボトルに入ったアミール(高血圧の人が飲むもの。私が飲む)、ゴミ袋である。

 3軒目はスーパー、ヤオコー。ここはほかのスーパーと違い、農産物を買いたたかない。安く仕入れるより、いいものを仕入れることをモットーにしている。その分、利益率を抑えているとも聞く。知人に聞いて以来、我が家の御用達である。野菜が綺麗だ、というのは我が妻殿の評価である。
 買ったのは、あげ、豆腐、牛乳、ゴミ袋。

 こうして、1時間半ほどかけて買い物を終え、自宅に戻った。荷物は多い。なのに、車が止まった音は聞こえているはずなのに、妻は姿を見せない。私がすべての荷物を運び入れるのを当然のこと、と思っているようである。
 少しは気を使えよ、と思わぬでもない。が、そのような扱われ方に慣れてしまったような気もする。それに、めまいがするのならしかたがないかとも思う。
 両手に荷物を提げ、玄関まで運び、一度荷物を置いてドアを開けた。荷物を中に運び込み始めた。その時、気がついた。
 ない。ストラップの先にぶら下がっているはずの、日常用遠近両用眼鏡がない!

 冷静に思い返した。
 家を出る時はサングラスをかけ、ストラップに日常用遠近両用眼鏡をぶら下げた。買い物の途中、掛け替えた記憶はない。ということは、日常用遠近両用眼鏡は、その間ずっと、ストラップの先にぶら下がっていたことになる。
 落ちるか? あり得る。穴に眼鏡のつるを通すだけの簡単な構造だ。ふとしたはずみに眼鏡が持ち上げられ、するりと抜け落ちることは十分あり得る。
 では、どこで?

 あわてて車にとって返した。運転席から出る時、シートベルトに引っかかったか? 後部座席から荷物を取り出す時、何かのはずみで落ちたか?
 車の内外を点検した。どこにもない。車から玄関までを調べた。やはりない。

 なくしてしまった……。

 困った。私と同じようにメガネザル生活を強いられている方ならおわかりであろう。メガネザルにとっての眼鏡は、体の一部である。眼鏡無しに日常生活を送るのは至難の業である。
 サングラスでは読書ができない。屋内用の中近両用眼鏡をかければ読書はできるが、遠くがぼやけるため外出が困難だ。車の運転なんてとんでもない。
 困った。どこで落としたのか? どうでもいいが、4万3000円もしたんだぞ……。

 気を取り直して、レシートを取り出した。記憶をどう探っても、小林君八百屋で不自然な姿勢をとったことはない。お店のお兄ちゃんに

 「ニンジン、なす……」

 と命じて集めさせ、金を払い、車に積み込んだだけだ。だとするとヤオコーかセイムスか。
 両方の店に電話をかけた。なくした眼鏡の特徴を告げ、私の携帯電話の番号をメモしてもらった。
 とりあえず、できることはした。1日待つ。待って出てこなければ、しかたがない、新しく買うしかない。4万3000円。とほほ……。 

 昼食を終え、事務所に入る。
 方針は決めたのだ。忘れよう。と思う。が、思えば思うほど、頭の中で眼鏡がふくらむ。
 眼鏡なんて拾っても使い道がない。出てくるさ。いや、縁なしの眼鏡だから目立たない。見つかる前に踏みつぶされていることだってある。見つからなかったら? 踏みつぶされていたら? 注文しても1週間はかかるよなあ。1週間。つらい。

 「という次第なんだけど、やっぱり1週間かかるかなあ」

 私の手はいつの間にか電話に伸び、「秀明」にかけていた。なくした眼鏡と、サングラスを買った店である。

 「ああ、そう。それは困ったね。不思議なことに、眼鏡ってなくすと出てこないんだよね。そういう事情なら、ドーンと値引きするからおいでよ。できるだけ早く入荷するようにするからさ」

 と店主はいった。いつもなら、

 「人の弱みにつけ込むんじゃないよ」

 と皮肉の1つでも口から出るはずなのに、現実には

 「うん、ありがとう。よろしくね」

 と弱々しくつぶやいていた。よほど弱っていたらしい。

 午後3時を過ぎた。ヤオコーからもセイムスからも電話は来ない。なくしたのは午前中である。この時間になっても連絡がないということは、やっぱり出てこないのか。やっぱり、他人はあてにならないからなあ。

 鬱々と考えていて、突然心が決まった。
 であれば、待ってもしかたがない。いちばん長い時間使う眼鏡がない不自由な期間はできるだけ短くしたい。待つのはやめた。今日注文しよう。何故か、妻も賛意を示した。

 「秀明」に出向き、川崎和男デザインのフレームを選んだ。今回のは着脱式のサングラスがついている。なくした眼鏡を買った時はなかったデザインだ。

 「最初からこれを買っておけば、眼鏡をなくすなんてなかったろうに」

 とも思ったが、なかったのだからしかたがない。

 「で、いくら?」

 「うん、4万円」

 「えーっ、ドーンと安くしてくれるんじゃなかったの?」

 「ほら、今度のヤツはサングラスがついていて前野より高いからさ。これでもドーンと引いてるんだよ」


 それが昨夕の話である。
 午後6時からは、雨の中、傘を差して桐生八木節まつりの会場に行き、テントの中で背中を雨にたたかれながらガッポガッポとビールを飲んで9時頃自宅に戻ったが、これはどうでもいい話だ。

 今朝は日曜日にもかかわらず、仕事で前橋まで出かけた。目的地に着いたのは10時過ぎである。
 車を出ると、携帯電話が鳴った。見知らぬ電話番号が表示されている。

 「はい、安堂ですが」

 「安藤様ですか。こちら、ヤオコーですが。実は今朝、眼鏡の落とし物が届いておりまして。縁なしで死角っぽいレンズなのですが、昨日伺った眼鏡ではないかと思いまして」

 何のことはない。出てくることはないだろうと思っていた日常用遠近両用眼鏡が、かくして、簡単に出てきてしまったのである。
 えっ、出てきてしまった? 新しい眼鏡を注文した後で?!

 「安堂ですが」

 すぐに「秀明」に電話をしたのはいうまでもない。

 「出てきたんだよ。注文、キャンセルできない?」

 そりゃあそうである。同じ度数の眼鏡が2本あったって仕方がないではないか。新しい眼鏡が来てしまえば、見つかったばかりの日常用遠近両用眼鏡とサングラスが失職してしまう。

 「あれー、よかったですね。でも、レンズはオンラインの注文なんで取り消せないんですよ。今頃はもう製造工程に進んでいるかもしれないし。フレームだけなら取り消せますけど」

 レンズだけ買ってどうしろというのか。遠近両用のレンズでは虫眼鏡の代わりにもならないではないか。

 「わかった。フレーム付きでもらうよ」

 前橋からの戻り道、ヤオコーに寄って眼鏡を受け取ってきた。レンズに傷もなく、踏まれた形跡もない。どこで見つかったかは引き継ぎがなく、不明。拾ってくれた方もわからない。

 まさか、そんなことはないと思うが、もし、この日誌を読まれている方が拾っていただいたのなら、この場を借りて厚くお礼を申し上げる。桐生には、暖かい人が住んでいる。眼鏡は出てこないといったヤツは、桐生の人間ではないのではないか?

 でもねえ、出てこなければ、早ければ火曜日、遅くとも木曜日に届く新しい眼鏡を楽しむこともできただろうが、出てきちゃったもんねえ。古いのと新しいの、同じレンズの眼鏡が2つ揃うんだよねえ。俺、どうしたらいい? その日の気分で、2つの眼鏡を使い分けてお洒落を楽しむ?
 柄でもないよなあ……。

 良かったような、悪かったような、不思議な出来事があった週末だった。


 ということを書こうと思って、まず、今日の日付を入力した。そのとたん、気がついた。

 「おーい、今日は長男の誕生日だぞ」

 忘れていたらしい妻は、私の指摘を受けてすぐに長男に電話をしていた。

 長男、今日で35歳。おい、お前なあ、俺が35のとき、お前はもう10歳、小学校4年生だったんだぞ。そろそろ考えたらどうだ?
 といいたい気持ちがないわけではないが、ま、これだけは本人が決めることである。私も、何も計画して25歳で父親になったわけではない。あれはハプニングである。
 それに、長男がぐずぐずしているからといって、私が手伝える話でもないし。

 ま、適当にやってくれ!

 

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