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 2010年2月23日 お医者さん

 違和感を感じ始めたのは、もう1ヶ月ほど前だった。場所は、胸である。首から10cmほど下、真ん中からやや左に違和感を感じ始めた。
 痛いのではない。筋肉痛にも似た違和感なのだ。翌日になっても消えない。翌々日も居座っている。

 「このごろ、タバコを吸いすぎているかな?」

 タバコを減らした。数日して、違和感が消えた。ような気がした。ホッとして、ややタバコが増えた。

 「やっぱりあるなあ」

 頼んだ覚えはないのだが、出ていったはずの違和感が、翌朝、同じ場所に戻っていた。お前、ストーカーか?

 ふむ、と考えざるを得ない。この違和感は何だ?
 私は20歳の初冬からタバコを吸い続けている。吸い始めたときは誰もいわなかったのに、いつの間にかタバコはがんのイニシエーターになり、健康のためにタバコをやめましょう、という世の中になった。

 「あんたら知ってんのか? 世界で初めてタバコの健康被害を研究したのはナチスだぞ! タバコを敵視するあんたらは、よみがえったナチスか?」

 と毒づきながらも、まあ、タバコが健康にいいわけはないよな、とは思う。でも、人生の価値って健康だけなのか? あんたらには美学ってもんがないんか?! という反発心は衰えなかった。

 それでも、なのだ。胸に違和感がある。そうなると、自分の履歴を振り返り、最初に思いつくのは誰しも同じだろう。

 「俺、肺ガンになっちゃった?」

 とりあえず、ネットで調べてみた。すると、こうあった。

 「肺ガンはほとんどの場合、相当に進行するまで症状らしい症状は出ません」

 ということは、あれか? もし肺ガンだとしたら、違和感を感じ始めたということはかなり進んでいるということか?

 しかも、肺ガンというのは最も治療が難しいガンの1つらしい。

 このような状況に直面したとき、多分、多くの人は同じ対応をする。

 俺が肺ガン? そんなことはないだろう。うちの家系はガン体質ではないし、第一、ガンが進んだら体重が減るだろう。体重が減らなくて困っているのがいまの俺ではないか。その俺がガンだって? ありえない、ありえない。

 と、まずは、否定材料を集める。否定材料を集められるだけ集めて、安心しようと思う。

 が、人間とは弱いもので、どれだけ沢山否定材料が集まったところで、最終的な安心は得られない。

 「もう40年も、しかもハイライトを吸い続けてきたもんなあ……」

 もし、肺ガンだったら。
 いまのところ、ほぼ確実に死ぬんだよね。まあ、人間、遅かれ早かれ死ぬんだけどね。
 でも、俺の余命ってどれくらいあるのかな? 1年、2年?
 検査してみようか。割と安くできるらしいし。でも、それで肺ガンと決まったら……。

 死ぬ

 いま死んで困るか? 
 まあ、仕事は誰かが引き継ぐ。
 家族? みんな独立したしな。私がいなくても、みんなそれぞれに生きていく。
 母親より早く死ぬのは親不孝かもしれないが、病なら仕方がない。
 俺が生きてないと困る人間は? いてほしいが……。
 死にたくない? まあ、まだ死にたくはない。
 生きていていいことある? うーん、これからいいことがあるかって? どう考えても期待薄だよな。
 それでも、生きていたい? そういわれると……。
 やりたいことは? ほとんどやってしまった気もするし……。
 肺ガンと決まったら、仕事はどうする? 体が動く間は働くか? 仕事は辞めるか? 仕事を辞めて、何もすることがない日々で死と向かい合うのもなあ。
 じゃあ、運命を受け入れて、働ける間は働く。働けなくなったら死を受け入れる。それでいいか? まあ、そうするしかないか。俺が生きていないと何ともならない、ということは世の中にはなさそうだし。
 でも、肺ガンって痛いらしいな。おれ、痛みに七転八倒して死ぬのか? それは、できることなら御免被りたいものだが。
 そうそう、長男には、肺ガンはこんなに痛い。お前も早くタバコをやめろっていっておかなきゃ。

 布団に入り、自問自答した。自問自答しながら、でもたいした時間を必要とせずに眠りについたのも事実である。
 俺って、意外と大人物?


 2週間ほど前、市内のバーでお医者さんに出くわした。雑談しながら、ふと口をついて出た。

 「先生のところで肺ガン検査できますか?」

 やっぱ、私の頭のどこかに、俺=肺ガン? という図式がこびりついていたのだろう。

 「できますが、どうされました?」

 「しばらく前から、胸に違和感がありましてね。ネットで見たら、肺ガンの初期はほとんど症状がないっていうことですが、やっぱり気になって」

 「タバコは吸いますか?」

 「はい、20歳の時から吸ってます」

 「一度、うちにいらっしゃい」



 というわけで今日、その病院を訪ねた。
 不思議なことに、焦りはない。悲観もない。心がちっとも騒がない。結果がシロと出るか、クロと出るかにあまり関心がない。俺って、ひょっとしたら悟ってるのか? 

 「いや、来ちゃいました」

 声をかけて診察室に入った。

 「では、上着を脱いで左腕を出してください」

 水銀柱がある血圧計が出てきた。

 「先生、時代物ですね。最近はどこに行ってもデジタルでしょう」

 「いや、デジタルが今ひとつ信用できなくて。もちろん、買い換えるお金の問題もありますが」


 先生は聴診器を私の肘の内側にあて、血圧を測り始めた。シュッシュッシュ。空気が手動で送り込まれる。水銀柱が上がり、下がった。

 124―80

 「理想的な血圧ですね」

 おかしい、私は高血圧のはずだ。だからアミールを欠かさず飲んでるし、リンが死んでからは1人で長い散歩も始めた。全身の血流を良くして血圧を下げるためだ。
 ひょっとしたら、効果が出始めたのか? 肺ガンと決まったら、どうでもいい話だが。

 「はい、大きく息を吸って…………、吐いて」

 私の胸に聴診器を当て、先生が指示する。

 「はい、もう一度大きく……、止めて」

 そういえば、聴診器を体に当てられるのは何十年ぶりだろう。やっぱり、こっちの方が安心感があるな。

 「心音は正常です。気管からもおかしな音は聞こえてきません。はい、次はレントゲンを撮りますか」

 先生と看護婦さんの指示に従ってシャツを脱ぎ、レントゲン写真を撮った。

 「この黒く写っているところが空気を吸って膨らんでいる肺ですね。ああ、ここが白くなっている。何か炎症でも起こした跡でしょう。でも、ここでよかった。これがもう少し左上にあると肺ガンを心配しなきゃいけなかったんですが。ああ、ここが頸動脈で、こいつが狭くなっていると動脈硬化なんですが、これは大丈夫ですね」

 あのう、動脈硬化の検査に来たわけではないんですが……。

 「ああ、肺ガンね。このレントゲン写真を見る限り、とりあえず心配はないようですが。念のために痰の検査をしますか?」

 「ええ、ここまで来たら徹底的に」

 「わかりました。それで異常が出たら血液を調べますから」    


 私は、とりあえず無罪放免された。


 という1ヶ月であった。という1ヶ月を、実は誰にも話さなかった。
 私が肺ガンかどうか、はすでに決まっている。私の健康に多大の関心を持つ人が多くても少なくても、私の体に関する事実が変わるわけはない。であれば、検査の結果が出るまで、余分な心配をする人間は少ない方がいい。思い惑うのは私だけでいい。結果がクロと出たら、その時点で知らせればいい。その分だけ、ストレスのかかる時間が少ない。

 妻にも知らせなかった。今朝も

 「出かける」

 と言い残して家を出、病院に向かった。


 とりあえずのシロ判定をもらって、家に戻った。

 「これ、領収書」

 と妻に渡した。確定申告するための大事な領収書である。

 「どうしたの、これ?」

 御下問があった。

 「肺ガンの検査をしてきた」

 「ああ、そう」

 夫婦の会話はそれで終わった。
 この1ヶ月、私の抱いた思いには考えが及ばなかったらしい。しかし、この1ヶ月は説明すべきものでもない。

 まあ、それでいいか。とりあえず、シロだったんだし。

 

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