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 2010年8月8日 発熱

 今日、瑛汰が発熱した。一番高いときで39.5℃。いまも39℃前後の熱だ。いまこの原稿を書いている事務室の隣にある和室、つまり私の寝室で寝ている。氷枕をあててある。

 瑛汰が我が家に到着したのは、6日金曜日の午後5時過ぎである。もちろん、瑛汰1人で桐生まで来られるはずもなく、次女一家お揃いでの到着だった。生まれて1ヶ月少々の璃子も、本人の意思とは関係なく桐生にやってきた。何でも、午後1時過ぎに横浜を出たものの、首都高で故障車渋滞があって到着が大幅に遅れた。

 その日は自宅で夕食をとったあと、瑛汰と瑛汰のパパとの3人で、この日から始まった桐生八木節祭りに出かけた。6日からの3日間の日程で、この間の人出は50万人近い。いつもは人っ子1人いない本町通が人出埋め尽くされる。

 「桐生のどこに、こんなに沢山の人がいるの?」

 と、見るたびに考えさせられる3日間だ。
 私の大好きな若い女も大量に出る。でも、

 「桐生の女って、どうしてこんなにケバイんだ? みんなヤクザの情婦をやってんのか?」

 とつぶやいてしまいたくなるのだが、ま、これは本日の主題ではない。

 やってる人たちにはやや酷だが、桐生八木節祭りとは、テキ屋で賑わう祭りである。全日本八木節競演大会、八木節踊りなどが催されるのだが、歩いている人はあまり関心を示さない。道の両側を埋めたテキ屋の露店が醸し出す祭りの雰囲気を楽しもうという人がほとんどで、ということは、露店で訳が分かったような分からんようなものに金を払い、飲んだり食ったりするのが、この祭りの最大の楽しみなのである。

 瑛汰も、初めて経験する桐生八木節祭りの本質を、たちどころに飲み込んだようだった。八木節にも、踊りにも、まったく関心を示さない。まあ、Beat Itは演奏されないし、マイケルダンスもないのだから、マイケル命の瑛汰が関心を示さないのは当たり前かも知れない。

 「これ、欲しい」

 ある露店の前で、瑛汰が足を止めた。瑛汰の目を釘付けにしていたのは光る剣である。ライトセーバー、といえばご理解いただけるであろうか。そう、あの名画、スター・ウォーズに登場した武器である。
 といっても、映画のように、使うときだけ長くなる、なんて未来的な機能はない。使わないときも長いままで、使おうとスイッチを入れると、刀身の部分が、ライトセーバーのように光る、まあ、ブラスチックでできた玩具である。
 そう、瑛汰は NHKのハイビジョンがスター・ウォーズ全作を放映した7月以来、スター・ウォーズブームの最中にあるのだ。 お祭りで目にしたライトセーバーを見逃すはずがない。

 ライトセーバーを抱きしめながら瑛汰が眠りにつくと、パパは横浜に戻っていった。土曜日も仕事があるのだという。

 で、土曜日。
 瑛汰と私は午前9時過ぎから車で出かけた。ブルーベリー農園でブルーベリー摘みをするのである。黒保根から沼田に向かう道をひた走り、やがて観光農園に到着した。入場料は1人1000円。もっとも、瑛汰はまだ人ではないらしく、2人でとられた総額が1000円であった。

 砂場遊びに使うような小さなバケツを渡された。摘んだブルーベリーをそれに入れろという。

 「瑛汰、黒くなった大きいヤツをとるんだぞ」

 瑛汰に指導して、2人でブルーベリーの森に分け入った。

 「ボス、もういいよ」

 瑛汰がいったのは、摘み取りを初めて30分ほどたってからである。

 「好きなだけとっていいんだぞ」

 それでも瑛汰は、すでに摘んだ分で充分だという。バケツは8割方埋まっていた。まあ、いいか。

 受付に戻って、バケツを差し出した。

 「これだけでいいんですか? 山盛りにしてもらってかまわないんですが」

 観光農園とは、その場で食べる分は入場料に含まれるものの、持ち帰る分は計量した上で別料金、というところが多い。瑛汰がこれでいいといっているのに、それ以上の量をとらせて金をふんだくろうってか?

 「いや、子どもが飽きたようなので、これで充分です」

 「ああそうですか。じゃあ、これだけということで」


 2人で摘んだブルーベリーがプラスチックのパックに移された。

 「で、お幾らですか?」

 私としては、当然の問いかけであった。この農園から持ち出すブルーベリーは重量に応じて課金されるはずだ。が、予想外の反応が返ってきた。

 「え?」

 あのねえ、まあ、このあたりは時間がゆっくり流れるのだろうから、それでいいかも知れないけど、こちらは忙しい都会人(いや、実はそれほど忙しくもないのだが)である。金を取るのなら、さっさと料金を明示しなさい。

 「いやあ、うちは、入場料を払ってもらうと、バケツ一杯分はただなんだよね。だから、みんなバケツに山盛り摘んでいくんだわ」

 「え?」

 田舎者と同じ反応しか示せなかったのは、私の未熟さであろう。だって、そんな話、聞いてなかったぞ……。

 「いまからでもいいですよ。もう一度畑に戻って山盛りにしてもらっても」

 あのさあ、そんなこといわれたって、もう遅いんだよね。だって、言っちゃったんだもん。

 「子どもが飽きた」

 って。いまさら

 「それなら」

 って、畑に戻れると思う? 生きる以上は美しくあるべきだ、という私の美学からは、いまさら畑に戻れないんだよねえ……。
 美とは、やせ我慢の積み重ねによって生まれるものなのだ。

 帰路、瑛汰は車で寝始めた。黒保根の卵屋で産みたての卵(高級品=9個400円、目玉焼き用卵=君が2つ入っていて、確か10個で200円)を買い、黒保根の道の駅に寄って瑛汰にソフトクリームを買う。ついでに、トウモロコシ、辛み大根、タクワン、枝豆を購入、さらに大間々の岡直三郎商店で、醤油あいすとせんべいを買って帰宅。

 瑛汰が、ライトセーバーで遊び始めた。いまや、彼の宝物なのである。

 「瑛汰、それ、どこかにぶつけると壊れるから振り回したりしてはいけないよ」

 購入直後から、口が酸っぱくなるほど言い聞かせた。瑛汰は、できるだけ忠告を守った。多分、そうしたくてたまらなかったはずなのに、ライトセーバーで私に斬りかかることもなかった。ライトセーバーは、ぶじに横浜の瑛汰宅に行くはずだった。

 ボキッ!

 ソファで本を読んでいたら、そんな音がした。振り向くと、瑛汰が私を見ていた。瑛汰が手にしたライトセーバーが、つばの部分から真っ二つに折れていた。どうやら、ライトセーバーを杖にして立ち上がろうとしたらしい。

 「瑛汰、壊れたね」

 「うん、ボス、また買いに行こうよ。啓樹の分と2つね」


 かくして昨日は、夕刻から瑛汰と再び桐生八木節祭りに出かけた。今回入手したのは、色が6色に変わるものである。啓樹の分と2本買った。3000円。

 「さあ、瑛汰、ライトセーバー買ったから帰ろうか?」

 「瑛汰、帰りたくないんだよね」


 瑛汰は、テキ屋が作り出す祭りの雰囲気になじんでしまったらしい。ジュースが飲みたい。リンゴのペロペロキャンディが食べたい。とにかく、お金を使いたい。リクエストが続出した。 
 祭りで売られているジュースなんて、何が入っているか分かったものではない。ペロペロキャンディだって、あの毒々しい赤色を見ると、子どもの口には入れたくない。ダメ、ダメ。
 が、ダメだけでは子どもとはつきあえない。

 「瑛汰、だったら、焼きそば食べようか?」

 これなら、そんなに変なものは入っていないだろう。夕食直前だが、まあ、状況を見れば今日範囲ではないか?

 「うん、焼きそば食べる」

 それだけにしておけばよかった。400円を払い、焼きそばを受け取ろうとしたら、そのそばにあったのだ、ラムネが。
 ラムネとは、懐かしい飲み物である。あのラムネ玉の位置で、中のラムネが出てきたり来なかったりする。子ども時代、大変に不思議な瓶であった。
 これを瑛汰に味あわせよう。

 「ママ、瑛汰ね、焼きそば食べてラムネ飲んだんだよ。ラムネ、辛かった!」

 次女は瑛汰の神様である。母親の話はすべて正しく、母親が否定することはすべてバッテンの対象だ。

 「ボス、それはいけないでしょう」

 と何度瑛汰に説教されたことか。すべて、次女がバッテンを出している私の行動についてである。
 だから瑛汰は、すべてを母に報告する。

 「お父さん、ラムネ飲ましたの?」

 「ああ、飲ませたよ」

 「どうして? どうして炭酸飲料を飲ませたの?」

 「どうしてって、焼きそばだけでは寂しいではないか」

 「炭酸飲料って、歯に悪いんだよ。お父さんだって、私が子どもの頃は飲ませてくれなかったじゃない」


 いや、コカ・コーラはアメリカ帝国主義の象徴として暮らしから閉め出そうとしていたが。

 「歯医者の子どもが虫歯になったらみっともないでしょう。ラムネなんか飲ませないで!」

 ああ、よかれと思ってやったことで娘に怒られた。世の中は難しい。
 瑛汰は、新しく手にした、6色に変わるライトセーバーに夢中である。


 今日は、朝から太田のイオンに行った。瑛汰の水着を買うためである。ということは、あれか? 明日以降、俺が瑛汰をプールに連れて行くのか?
 などと抵抗できる雰囲気は、我が家には皆無である。私は、瑛汰と一緒の時間を心から楽しむ、そんじょそこいらにいるじっちゃんと同じ思いを抱いたボス。それが、私に対する家族の理解である。ずれてんだけどなあ、と言い出せる雰囲気は、我が家にはない。

 買い物を終えて自宅に戻り、今日の昼食は蕎麦とたこ焼きという、摩訶不思議な組み合わせであった。

 瑛汰の異変に気がついたのは、昼食が終わって2時間ほどしてからである。
 水着は買ったものの、今日プールに行くのは時間がやや遅いということで、瑛汰とアニメ映画を見ていた。私に寄りかかってテレビを見ている瑛汰の体温が、何となく高い。

 「おい、瑛汰は熱があるようだ。体温計は持ってるか」

 計らせると、38.5℃。それまで元気だった瑛汰が、何となくぐったりしている。

 「瑛汰、熱があるぞ。ボスの部屋で寝るか?」

 昼食後は、昼寝を拒否した瑛汰が、素直に布団に入った。
 氷枕、氷を買いに走った。やがて熱は39.5℃に上がった。氷枕をさせ、洗面器に水と氷を入れてタオルを絞り瑛汰の額に乗せた。私が、読書をしながらずっと瑛汰に付き添った。

 まあ、弱った人間の面倒を見るのは強い人間の仕事である。
 我が家では、妻は病弱、やってきている次女は産後で生まれたばかりの璃子の面倒を見なければならない。となると、我が家における相対的強者は私しかいない。
 愛の対象の1人が病に伏したのである。その看病をするのは、別に嫌ではない。

 私の寝室に横たわる瑛汰に、ずっと付き添った。氷水に塗らしたタオルを絞り、額に乗せた。すぐに暖かくなるので、2分に1度は氷水に浸して絞り、乗せた。

 入浴時は、瑛汰の布団を居間に運んだ。病に伏して、誰もいない部屋に1人取り残されるのは心細いはずである。夕食時は、ダイニングに瑛汰の布団を運んだ。食べながら、瑛汰の額に乗せるタオルを何度も絞り直した。

 それでも熱はまだ下がらず、39℃前後ある。いま瑛汰は、私の寝室に寝ている。今晩は、できる限り看病をする。

 病と闘うのは、病を得た本人である。病を退けるのも、病を得た本人である。医者は、その手助けをするに過ぎない。
 では、看病は?
 お前のことを心から心配しているという思いを行動で伝えて、本人の快復力を強めるのがその役割である。患者が看病人を心から愛し、尊敬していれば、その効果は大きいはずだ。人とは、心と体がつながっている生きものなのである。

 瑛汰、頑張れ! お前の頑張りをずっと見ていてやるからな!

 

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