●日誌一覧

シネマらかす

グルメらかす

音らかす

旅らかす

スキーらかす

事件らかす

 2010年8月23日 推定無罪

 は、法治国家の大原則である。捜査当局が、証拠をどれほど固めたと主張しようと、裁判で有罪が確定するまでは無罪と見なされる。
 そうでなくては、強大な権限を与えられた警察、検察が勝手に罪人を作り上げてしまう。つい先頃、冤罪であることが判明した足利事件を引くまでもなく、そんなことは世の中にたくさんある。
 そんなんで罪人にされるなんて冗談じゃねえや、というところからこの原則はできあがっている。

 話は少しずれるが、足利事件は、罪なき人に罪をかぶせたことだけにとどまるものではない。警察、検察が罪なき人を犯人に仕立て上げたことで、真犯人は逃げおおせた、ということも冤罪の別の側面である。真犯人はどこに行った?
 推定無罪、とは大事な原理原則なのである。

 ということを、こいつら分かってンのか?
 夕刊を見ながら、心の内で罵(ののし)った。こいつら、とは読売新聞毎日新聞である。

 海上自衛隊のイージス艦「あたご」と、漁船の「清徳丸」の衝突事故の初公判が開かれた。被告は、「あたご」の当直士官2人、罪名は業務上過失致死罪。出廷した2人は無罪を主張した。検察側の主張は事実と異なる、というのが2人の訴えである。

 検察側と被告側の主張が正面衝突するのは不思議でも何でもない。検察は、有罪を立証できるだけの証拠が集まった、と判断して起訴する。被告は、そうではないと反論する。それが裁判である。双方がすべての立証を終えたところで、第3者である裁判官が判断を下す。それが裁判だ。

 なのに。

 読売新聞は

 「無罪主張 遺族『悲しい』」

 との見出しで報じた。被告2人が無罪を主張すること自体、認めがたい、といわんばかりだ。

 毎日新聞はもっと踏み込んだ。

 「無罪主張に怒り」

 遺族の1人が、

 「人間のすることじゃない。亡くなった2人が可愛そう」

 といったというのが、この見出しの根拠である。

 おいおい、あんたら、もう少し冷静になって報道できないのかね。これじゃあ、判決が出る前に、あんたたちが判決を下しているようなもんだろ? 新聞記者って、そこまですべてをお見通しなのか?

 遺族とは、1日も早く犯人を知って安心したい人たちである。
 亡くなった身内には落ち度がなかった、ということで自分を慰めたい人である。
 捜査当局が犯人と指摘した人を憎むことに救いを見いだす存在である。
 それは、人の心のあり方として充分に分かる。私が遺族になったら、私だってそうなりかねない、とも思う。

 だが、1つだけ泣き所があるのだ。
 もし、捜査当局が間違っていたら?

 とにかく、最近の捜査当局はどこかおかしい。検察の不正資金気江枠を告発しようとした検察官を逮捕、起訴したり、民主党の小沢一郎氏を無理矢理強制捜査してみたり。

 今回の事故だって、見方によれば、この2人が有罪であれば、世の中は丸く収まる。遺族の思いもそれなりにすっきりするであろうし、遺族に支払われる金銭だって、2人が有罪となれば額が増えるだろう。支払われるのは、我々の税金からではあるのだが。

 恐らく2人は、様々なことを考えた。自分たちが置かれた立場も何度も考え直したに違いない。そして2人は、検察と戦う道を選んだ。ある意味では、自分たちの名誉を守る戦いに挑んでいるともいえる。

 読売新聞、毎日新聞は、そんな2人のことを考えたか?

 真相は、検察側、弁護側が持てる証拠をすべて明らかにして上でないと分からない。やっぱり2人が責めを負わねばならないかも知れないし、ひょっとしたら「清徳丸」にミスがあったのかも知れないのである。

 事実関係が不明なうちに、どちらかに肩入れをしてはジャーナリズムの責務は果たせない。それは、大本営発表を垂れ流し、負け続きの戦争を勝利の連続と報じて国民を欺き続けた戦争中のメディアに通じる道である。

 朝日、日経は冷静な報道だった。


 今朝から、やっと風邪薬の服用をやめた。やめたら、何となく熱っぽい。風邪のウイルスは、まだ生き残っているようである。が、ここまで来たら、薬の助けはあてにすまい。ウイルスの生き残りぐらい、自分で何とかしなくては。

 amazonを通じて注文していた「エリック・クラプトン 『チェンジ・ザ・ワールド』1曲マスター [DVD]」が今日届いた。
 このクラプトンの名曲の演奏を、テキストとDVDで指導する、というありがたい商品である。ギターで「チェンジ・ザ・ワールド」をつま弾き、ついでに歌ったりできるようになれば、私にあこがれを感じる、若く美しい女性だって出て来ないとも限らない。 
 という邪心を充分以上に持って注文した品である。

 早速開封した。

 「あれっ?」

 同梱されていたタブ譜が違うのである。
 Key To The Highway
 同じクラプトンの曲ではあるが、 「チェンジ・ザ・ワールド」ではない。これでは練習ができない。早速抗議のメールを書いた。間もなく、返事が来た。

 「この度は大変ご迷惑をかけ申し訳ございません。当方にタブ譜の在庫がございませんので、お送りすることが出来ません。申し訳ございませんが返金処理をさせていただきます。
お送りいたしましたDVDはそのままお受けとりくださいませ」

 ということは、あれか。受け取ったDVDはただになったか。でも、これだけじゃあ練習できないよな。
 何か、儲けたような、困ったような……。

 そのDVDを再生した。
 難しい。こんな難しい曲、タブ譜があっても弾けるようになるか?

 ということはあれか。やっぱり、ただになってよかったのか……。

 クラプトンの曲、現在、
 Tears In Heaven
 Over The Rainbow
 を練習中である。

 

前の日誌                        

無断               メール