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 2010年8月26日 脱カン

 かつて、菅直人の書いた本を読んだことがある。確か、

 「国会論争『土地政策』」

 といった。今となっては懐かしい、日本の土地問題を論じた本である。いや、論じたというより、日本の土地問題の解決策を世界の各国に探ってみたレポートという方が正しい。
 あの国にはこんな土地政策がある。この国ではこんな土地政策をやっている。日本はこれらの国に学ぶべきだ。
 そんな本だったと記憶にある。
 まあ、それも問題へのアプローチの一方法ではある。

 だが、ここに菅直人の資質がすべて表れている。まず、目の前に問題がある。解かねばならない。それは、多かれ少なかれ、誰もが直面することだ。個人の資質が表れるのはそこから先である。

 菅直人という人は、問題があれば、必ず正解があると考える。答えが分からないのは勉強が足りないからである。こうして菅直人は土地問題解決の正解を探して世界を歩き、正解を見つけたとしてレポートした。

 「どう? 僕ちゃん、一生懸命勉強したんだよ」

 どうやら、それが菅直人という存在らしい。こういうのを受験秀才と呼ぶ。

 首相になって欧州に出かけた。そこで、ギリシャの財政破綻に接し、菅直人はパニックに陥る。

 「日本が、次のギリシャになってはいけない」

 大変な危機感を持った勉強家の菅直人は、成績優秀な財務省官僚に教えを請うた。どうしたらいい?

 新聞や週刊誌を斜め読みしている限り、突然の消費税引き上げ宣言は、こうして出てきたと考えざるを得ない。
 ここには、彼の弱みがすべて現れている。

 秀才君には、配られたテスト用紙に書いてある問題以外は目に入らない。目先の問題に解答を出すことがすべてに優先する。そして、正解を書く。

 財政破綻とは、政府が収入以上の支出を続けた結果である。では、支出を減らせるか? 難しい。だったら収入を増やすしかない。増税だ、消費税率を上げろ!

 紙の上では正しい推論も、現実の世の中では正しいとは限らない。

 いまの日本は深刻なデフレ状態だ。デフレとは、供給に比べて需要が少ないために起きる経済現象である。100のものを作っているのに、90しか購買力がない。放っておけば売れ残りが出る。だから皆が競って価格を下げ、少なくとも自分が作ったものはすべて売り尽くそうとする。
 価格を下げるためにはコストを下げねばならない。思いつく限りのことをやって、それでもコストが下がらなければ、最期は人件費に手をつける。首切り派遣切り給与の引き下げ。こうして、買ってもらえそうな価格にまで引き下げるのだが、皆が同じことをするから、買いたくても変えない人が増え、結果として全体の需要がさらに縮む。

 「もっと人件費を下げなくちゃ」

 その繰り返しである。

 ただでさえ需要が落ち込んでいるときに、消費者の購買力をさらに引き下げる消費増税が、果たして正しい選択か?

 とは、菅直人は考えなかった

 ギリシャと日本の違いにも、菅直人は思いが至らなかった。ギリシャの財政が破綻したのは、最終的にはお金についての国の信用が崩壊したからである。政府が国債を出して必要なお金を用立てようとしても、

 「おいおい、もう政府には返済能力がないぜ」

 と投資家が判断して国債を買わない。こうした投資家の判断は、国内の長期金利に現れる。償還されない恐れがある国債は、低い金利では誰も買ってくれない。仕方なく、

 「金利を倍にするから買ってくれ」

 と政府がいう。金利が2倍になれば、国債が償還されないリスクと見比べながら、

 「この程度までなら買ってもいいか」

 という投資家も現れる。それでも国債がさばけなければ、金利を3倍、5倍と引き上げざるを得ない。こうして、長期金利が上がる。長期金利の上昇は、政府のお金についての信用度の、指標の1つである。

 ギリシャは長期金利が急上昇した。
 ところが、日本の長期金利は低迷が続いている。
 ギリシャで上がった長期金利が、日本ではどうして低いままなのか? 日本は本当に第2のギリシャになるのか?

 ということを菅直人が考えた様子はない。

 菅直人は、東京工業大学の学生としては、いや、ひょっとしたら、東京工業大学の入学試験に通るまでは、極めて優秀な学生だっただろう。あらゆる問題に、唯一の回答がある世界では他を寄せ付けなかったかも知れない。
 だが、現実の世の中では回答は唯一ではないし、ひょっとしたら正しい回答はないのかも知れない。
 よせばいいのに、菅直人はそんな世の中で政治の世界に踏み込み、首相にまで上り詰めてしまった。

 野党の間はよかった。勉強を積み重ね

 「政府はこんなことも知らないのか!」

 と問題を突きつけている間は、菅直人は輝いていた。
 ところが、まずいことに政権を取ってしまった。そして首相になった。とりたかったポストかも知れない。しかし、とってはいけないポストだった。器ではない。

 目線の泳ぐ人である。いつも周りの反応を気にしておどおどしているように見える。その割に、出始めのプリウスに愛人を乗せ、横浜のベイブリッジにドライブしてしまう迂闊さもあるのだが。


 さて、民主党が新しい党首を選ぶ。民主党の党首は首相になる。
 現職の菅直人は当然立候補する。いまの民主党では菅直人を担ぐしかないのか、と思っていた。
 ところが、今日になって小沢さんが立つという。彼のことである。120%、いや150%の勝利の確信があっての立候補表明であろう。ここで負けたら、小沢さんの政治生命は危機に瀕する。脱官僚、ならぬ、脱菅直人に、民主党は動き始めた。

 にしても、驚きである。

 小沢という人に首相のポストは似合わない。政治的力量は、ひょっとしたら師の田中角栄をしのぐかも知れない。しかし、田中にあった明るさがない。庶民性がない。カリスマ性も皆無である。
 明るさがない人間、慕われない人間、仰ぎ見られない人間は上に立ってはならない。

 ということは、小沢さん本人が重々承知のはずだ。だからこれまで、常に裏方に徹してきたのではなかったか。

 それが、首相になる。そんなところに追い込んでしまったのは、作り上げられた金権疑惑にオタオタして小沢切りを図った菅直人の失政ではないか?

 小沢さんが率いる日本。私は不安である。

 

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