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 2010年10月26日 いじめとは

 桐生市で小学校6年生の女の子が自殺した。23日のことである。
 両親は、

 「学校でのいじめが原因。何度も訴えたのに、学校が対処しなかった」

 と学校を告発している。
 学校側は、

 「人間関係のトラブルはあったが、いじめとまでは認識していなかった」

 と説明し、両者の主張が食い違っている。

 というのは、今日までの新聞などで仕入れた知識である。

 最初に報じたのは、25日の読売新聞朝刊だった。読みながら、

 「父親がそういってるだけ。たったこれだけの材料でいじめと決めつけ、学校を批判するのはいかがなものか?」

 と考えた。だが、メディアの方々はそうは思わなかったらしい。在京キー局を含めて、報道合戦の様相である。
 そして、メディアが目指すのは、

 「犯人捜し」

 としか思えない。誰がこの女の子を死に導いたのか? メディアの目は、そこに集中する。そして、それは学校である、と彼らは直接、間接にいう。いじめを見逃し、きちんと対処しなかった学校に原因がある、という主張である。

 ま、この方々の主張は、相も変わらず

 正義の味方、月光仮面

 に似る。
 絶対の正義を担うのは自分たちだけ。我々が正義を実現する。ほら、そこにいるウジ虫、道を空けなさい、とでもいわんばかりだ。
 でもねえ、人が作る世の中には、絶対の正義もなく、絶対の悪もない。人びとの行動、言動は、白から黒へのグラデーションの中にしか存在し得ない、という知恵は、彼らの頭の中には皆無である。
 そして犯人を特定すると、

 「あ、いい仕事をした!」

 と酒を飲んで盛り上がる。

 ねえ、あんたら、いったい何者なのよ?

 亡くなった女児は、遺書も日記も残していない。彼女がいじめに遭っていたというのは、父親がそう主張しているだけである。
 マスメディアは、父親の発言の上に乗ってはしゃぎ回る。

 だけど、何の物証もない関係者の発言を証拠として採用できるか? とは彼らは考えない。
 検証しようにも、いじめを受けたといわれる女児はすでにこの世の人ではない。彼女から、直接の証言を聞くことはできない、ということも考慮の外だ。

 彼らは、父親の話をほぼ唯一の根拠として学校を責める。被害者と目される人に身を寄せて、強者と思われる存在を撃つ。メディアの使う常套手段である。

 だけど、これ、似てないか? 自ら描いたストーリーに沿って証拠を集め、沿わない証拠は改ざんまでして犯罪を立証しようとした大阪地検特捜部に。


 まあ、新聞を読んだだけでも、いいたいことは山ほどある。が、今日は違ったことを考えてみたい。

 いじめ、とは何なおだろう?

 新聞によると、亡くなった女児は5年生の時、

 「臭い」

 「そばに来るな」

 などの言葉を、クラスメートに浴びせられたと両親に訴えた。両親が学校に抗議、学校で調べたところ、ほかの子供に向けて発せられた言葉を自分向けだと誤認していたことが分かった。

 今月21日、2日間続けて休んでいた彼女が登校し、校外学習に参加した。その彼女に向かってクラスメートが、

 「なぜこんな時だけ来るんだ?」

 といった。

 彼女のクラスでは、班単位で給食を食べていたが、9月18日に開催された運動会の後、というから21日から、彼女は自分の班から排除され、1人で給食を食べるようになった。

 報じられたいじめの事実は、これだけである。

 1つ目は、誤解であることが分かった。
 2つ目は、担任が発言した児童に

 「いわれた人のことを考えて発言しなさい」

 と注意したという。
 3つ目は、異変に気がついた担任が、9月28日に、班の編制替えをした。それでも彼女が1人で食べていたので、

 「一緒に食べたあげようね」

 と口頭で指導した。それでも彼女が1人で食べているので、22日に再び給食を食べる班を編制替えした。この日、彼女は連絡しないまま学校を休んでおり、給食を食べる班が変わったことを知らないまま、翌23日に自らの命を絶った。

 これが、これまでに報じられた「いじめ」のすべてである。

 「えっ、たったこれだけ?」

 そう、たったこれだけである。

 で、私は思う。これ、「いじめ」っていえるのか?

 1つ目は誤解だった。
 2つ目。いじめとされた言葉、私だっていいそうな気がする。いや、いまだって似たようなことはいっている。

 「なーに、2年も音沙汰なしなのに、俺が大枚投じて78年のリオハのワインを手に入れた瞬間に遊びに来るってどういうこと? お前、頭は働かないのに鼻だけは働くのか?」

 あなたもそんなジョークを飛ばしたことありません?
 クラスメートが投げかけた言葉、それっていじめか?

 3つ目。
 それは運動会の後で起きた。ということは、運動会で何かがあったとしか思えない。しかも、班の編制替えをしても彼女が1人で給食を食べなければならなかったということは、ひょっとしたら、運動会での何かを引き起こしたのは彼女ではなかったのか?
 亡くなった彼女には酷かも知れないが、そう考えないとつじつまが合わないのだ。だって、運動会までは班でみんなと一緒に給食を食べていたのだから。

 彼女は、本当にいじめが原因で自らの命を絶ったのか?


 と思っていたら、今日の読売新聞夕刊に、

 「へーっ」


 という記事があった。該当部分をそのまま書き出す。

 「2006年に全国でいじめによる自殺が相次いだため、文科省は、いじめの定義について、加害行為の有無よにる認定ではなく、被害者側が苦痛を感じていることと改めた」

 へーっ。ということはあれか?
 俺が誰かに心底嫌われて

 「あんたがそこにいるだけで私、許せないんだから! どっかに消えてよ」

 って罵声を浴びせられたとき、浴びせられた私は「いじめ」の加害者で、無礼な言葉を発した女は「いじめ」の被害者だってか!

 確かに、この定義に従えば、自ら命を絶った女児はいじめに遭っていた。なにしろ、上に上げた3つを、泣きながら親に告げたというのだから。
 
 だけど、そんなことを「いじめ」と認定していたら、何でもかんでも「いじめ」になっちゃうぞ。算数が不得意で、数字を見ると頭が痛くなる子に算数の宿題を出すのも「いじめ」ってか?

 辛いことはいや。しんどいこともいや。
 そんなことを認めていては、世の中、快感追求人間ばかりになってしまう。

 「覚醒剤を打ってセックスすると最高!」

 なんてのを実践した、○○ピーみたいな人間ばかりになってしまう。

 というのは行きがかり上の冗談としても、俺たち、そんな子供を大量に育てたいか?

 いいかね、君たち。世の中には、辛いことも、苦しいことも、たくさんある。でも、この言葉を知ってるかな?

 艱難汝を玉にす

 辛いこと、苦しいことを減ることで人間が磨かれるのだよ。似たような先人の言葉はたくさんある。

 獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす

 というのもそうだし、

 若い時の苦労は買ってでもせよ

 というのも同じだ。ねえ、砥石にかけられた刃物は痛い痛いと叫んでいるのかも知れない。なにしろ、自分を削られているのだからねえ。でも、削られて刃物は切れ味を増すのだ。

 などと悟り済ます気は全くない。
 だけど、ほんのちょっとしたことで折れてしまう幼い命が気がかりだ。

 私だって、いじめたこともいじめられたこともある。皆さんもそうではないですか? でも、自ら命を絶とうとは思わなかった。だから、いまでも生きている。

 私がいじめたのは、竹下君といった。確か、小学校2年生のころだ。
 竹下君は、肌が抜けるように白く、肉付きがよかった。まあ、ひと言で言えば、白豚だ。しかも、成績はそれほど悪くないのだが、頭の回転がやや鈍いおっとりしたタイプだった。落ち着きのある家庭で、可愛がられて育ったに違いない。
 が、我々悪ガキにとっては、格好のいじめの対象だった。走っても遅い。相撲を取ってもすぐに転ぶ。白豚! といっても、

 「うん、僕、お肉がたくさんあるんだよね」

 とニコニコしている。これは格好のいじめの対象ではないか。
 でも、仲間はずれにすることはなかった。いじめながら一緒に遊んだ。2人で遊ぶときはいじめなかった。友だちだからである。あるいは、2人だけになれば、自分がいじめ集団の構成員ではなくなるからである。
 そのうち転校していった。転校先でもいじめられたかも知れない。でも、竹下君はいまどこかで、私と同じ中年のオヤジになっているのではないか。そんな気がする。

 いじめられたのは5年生の時だ。私が仕切っていると思っていたクラスで、突然革命が起きた。反乱軍の首謀者が、

 「もうお前とは遊ばんばい!」

 と宣言したとき、クラスの男の子の99%が反乱軍の戦士となっていた。革命軍の敵は、私と、なぜか知らないが洋一君であった。私と洋一君は家が近くだった。でも、それほど親しかったわけではない。なのに、洋一君は安堂一派と見なされ、パージされた。
 誰も遊んでくれない。口をきいてくれない。話すのは洋一君とだけ。話しても、たいして面白い友ではなかったが、なにせ突然少数派になったのである。そうするしかない。
 そんなことが続いたのは1年だったか、1年半だったか。今となっては記憶はあやふやである。でも、私も洋一君も、死のうとは思わなかった。

 そんなこと、あんなことを思い出しながら、12歳で命を絶った少女を思う。なぜ彼女は耐えられなかったのか?

 いまの世の中は、無菌室である。痛いこと、辛いこと、嫌なこと、すべてを排除する。それが正義だということになっている。
 でも、それは本当か。痛みを知らねば、他人の痛みも理解できない。辛さを知らねば、克服したときの充実感が分からない。嫌なことに直面しなければ、己を知ることができない。
 ひょっとしたら、生きる歓びを知らない若者、馬鹿者を育てているだけではないのか?

 12歳の少女には、もっとたくましく生きて欲しかった。彼女からたくましさを奪ったのは何か? 
 彼女に死を選ばせたのは、周りの子供の言葉ではない。私にはそうとしか思えないのである。


 以下はついでだが。
 昨日、すぐ近くに住む読者から抗議を受けた。前回の日誌で彼女が引っかかったのはこの一節である。

 「第一、桐生で土曜日に、そんなに印象に残る女性に会うなんてことは、望んでも起きない。それは私が保証する」

 そして、彼女の主張はこの1点だ。

 「私、土曜日に貴方に会ったでしょ?」

 いわれてみれば、確かに会った。でもねえ、私はその前に、

 「昨日見かけた姉ちゃん、なかなかいい女だったな」

 とも書いているのです。そして、私の姉ちゃんの定義は、うーん、アラサー、まで。
 あなた、私の定義による姉ちゃんですか?

 とはいえ、不快感を引き起こしてしまったことには、心からお詫びを申し上げます。
 でも、やれいじめだとか、セクハラだとか、パワハラだとかいって言葉狩りをするより、少し相手を刺激して、時には多少傷つけて、それから産まれるものを大事にした方が、人間関係は、より濃くなるというのが私の主張なのではあります、はい。
 だから、許してね!

 

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