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 2011年8月17日 喪失

 桐生の知り合いが死んだ。自殺であるという。


 少し聞きたいことがあって、週明けの15日、職場に彼を訪ねた。

 「夏休み、取ってんですよ」

 16日、再び訪れた。

 「あ、まだ夏休み中で」

 「いつまで?」

 「今日までの予定ですから、明日は出てくるはずです」


 今朝訪ねた。いない。一緒に夏休みを取っていた彼の上司が出社していた。

 「彼、夏休み伸ばしたの?」

 気軽に問いかけた。答えがない。ばかりか、ボーッとしている。私の話が聞こえなかったのか?

 「いやだなあ。まだ休み気分? あなたの夏休みは昨日で終わったんでしょ」

 そんな口がきける知り合いである。その上司が私を見た。

 「死んだんですよ」

 え? 何? 何か聞き違えた?

 「昨日死んだんです」

 そんな。10日ほど前に元気な顔を見たぞ。何で? 急死するような病気持ってた?

 その上司が席を立った。改めて表情を見ると、眼が赤い。恐らく、私が顔を出すまで、密かに涙していたに違いない。
 会議用のテーブルの端に座る。私もそのそばに腰を下ろした。
 持参したメモ紙に何やら書き始めた。

 「あなただから本当のことをお伝えします。自殺

 ?!

 職場で机を並べる人たちも知らない話らしい。小声で話した。
 原因は不明。遺書もない。亡くなったのは昨日、つまり16日の午後3時半頃。自宅近くのビルから飛び降りた……。

 自殺とは、人に残された最後の自由である、みたいなことを学生時代に読んだ記憶がある。誰の著書だったか思い出せないが、ま、そうであるかも知れない。
 しかし、人は生きることに執着する。自分が生きていられる余地がもうどこにもないと、究極の絶望に至るまでは何とか生きようとする。

 私は子供のころ、自殺の道連れにされかけた。自殺しようとしたのは我が母である。暮らしに疲れ果て、私の手を引き、生まれたばかりの弟を抱いて鹿児島本線の線路を目指した。線路が見えてきたころ、抱いていた弟が火がついたように泣き出した。

 「それでフッと、死んだらでけんとたい、ち思うたつよ。我に返った、ちいうかね」

 こうして私は、今日まで生きながらえてきた。後に母に聞かされた話である。

 ま、それはよい。我が母は、亭主の酒乱、無収入、それによる生活不安、姑との確執、そんなものが重なり、子供を連れて死のうと思った。それでも、幼子の泣き声で我に返り、子供のためにも生き抜こうと心を決めた。
 
 なのに、彼は、何故跳んでしまったのか?

 50代半ば。課長の席にあり、そのまま行けば部長に昇格するのは確実なポジションにいた。

 「追い詰められるような仕事もなかったはず」

 とその上司はいう。
 とすれば、彼を追い詰めたのはプライベートな問題だということになる。

 人は何があれば自らの命を絶とうと思うのか?

 金? ギャンブルにはまって首が回らなくなっていた? 悪い女に吸い取られていた? ありそうにない。

 女? 死ぬほど惚れた女との未来がうまく作れないことに絶望した? それも、想像しがたい。

 では?              

 幸いなことに、もう生きてはいられない、とまで思い詰めたことがない私の想像力では解きようがない謎である。

 彼はビルの屋上から跳んだ。夏の青い空を見ながら落下したのであろうか? ぐんぐん迫ってくる地表を眺め続けたのだろうか? 目を瞑って何も見なかったのだろうか?

 跳んで、俺にはこの選択肢しかないと確信しながら重力に身を任せたのだろうか? えっ、違うぞ! ちょっと待て、元に戻せ! と焦りながらなすすべがなかったのだろうか。

 残された人間はあれこれ考えるだけである。 

 人の心は柔軟である。どれほど酷いことがあっても、それを人に話すと心が軽くなる。いや、人に話せるようになるのは治癒の最終段階で、自力でそこまで這い上がり、最後に人に話して解放される。自分だけで抱え込んでしまうと、些細なことが人生の重大事に思えてしまう。

 なあ、君。俺に、何か話したいこと、愚痴りたいことはなかったのか?

 冥福を祈るだけである。

 

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