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 2011年10月6日 終末期

 風邪薬の服用を昨夜でやめた。先週土曜日にひいた風邪は終末期に入ったとの判断による。
 今朝目覚めたら、全身のだるさが軽減していた。咳は出ない。鼻水も気にならない。くしゃみは皆無になった。だから、ほぼ全快したとの判断を下したのだが、ひとつだけ残るものがある。

 

 である。
 ガラガラ声でどうしようもない。ギターを弾きながら歌おうにも、高音部が出ない。無理に歌おうとすると声が裏返り、音程が甚だしくずれる。簡単に言うと、いま、私は音痴である。

 「君の声は、女を口説くための声だよ」

 かつて、会社の先輩に言われたことがある。

 「女性の子宮を振るわせる声だよ。ねえ、君、君は絶対に面と向かって口説いちゃいけない。電話で口説けよ。100発100中だから」

 私の見た目は人並み以下。だが、声は天性の魅力を持っているということらしい。しかし、電話で口説くことができたとして、口説けたら会うのが次の手順である。この先輩が言うような私なら、彼女との関係は長続きするのだろうか?
 あまり尊敬できる先輩ではなかったが、私の声についての評価だけは信じるように努めている。

 そういえば、先日の日誌に登場したPANTA

 「安堂さん、ラジオのパーソナリティやらない? 声がいいし、滑舌もいいから」

 といっていた。
 その声が、いまだに、ガラガラのままである。
 天然の口説き声よ、蘇れ! でないと、女も口説けないじゃないか!


 と考えながら、今朝自宅を出たら、後輩から電話をもらった。
 名古屋時代に一緒だった尊敬すべき先輩が亡くなったとの知らせだった。なくなったのは先月末とのこと。肺がんらしい。ご遺族は周りにできるだけ知らせず、そっと葬儀を済ませられたらしい。

 舟さん、という。

 よく酒を飲んだ。

 「ほら、俺、イギリスに行っただろ。人に聞いたら、イギリスに行ったらマッカラン(MACALLAN)というウイスキーを買って来いっていうのよ。シングルモルトのロールスロイスだって。で、買いに行ったらさ、ほら、あいつら英語でしゃべるじゃない。よくわかんないけど、とにかくこれを買うと伝えて、俺、いっちゃった。『もう少しマッカラン?』って。キョトンとしてたけどなあ」

 そらあ、イギリスの酒屋の店員は、日本語のだじゃれを聞かされてもキョトンとするしかない。同じオヤジギャグを何度も聞かされた。マッカランを飲ませてもらったことはない。

 「ほら、安堂君、俺、岡崎に飲みに行っただろ」

 「私は声をかけてもらえませんでした」

 「あ、悪かった。まあ、それはいい。クラブに行ったのよ。そしたら、クラブの女が踊ろうっていうんだ。それでね、ズボンの右のポケットにライターを入れて、踊りながらその固い奴を女の股間にぐいぐい押しつけてやったのよ。何か、気持ちよさそうな顔してさ。いや−、面白かったな」

 この自慢話も、何度も耳にした。
 ま、私にも、あなたにも似たスケベオヤジであった。が、舟さんが残念なのは、これが舟さんの最大のスケベであったことだ。私の見るところ、結婚後の舟さんは、奥さん以外の女性と関係を持ったことはない。

 「いやあ、悦ちゃんに会いたいなあ」

 飲むとそんな話が出た。ちなみに、悦ちゃんとはテレビ朝日のアナウンサー、小宮悦子のことである。

 「舟さん、俺、たいしていい女だとは思わないけど」

 「何いってんだ。悦ちゃんみたいに綺麗な足をしている女、ほかにいるか?」


 舟さんは。足フェチであった。

 「舟さん、この本読んでみない?」

 塩野七生さんの「海の都の物語」を差し上げたことがある。

 「ま、気が向いたら読んでみて。面白いから」

 最初は気が向かなかったらしい。読んだという話はしばらく聞けなかった。
 が、である。数ヶ月後、

 「安堂君、あの本、面白いなあ。ベネチアって凄い国なんだなあ。行きたくなったよ、ベネチアに」

 それからしばらくの間、飲むたびにベネチアの話になった。舟さんにとっては読んだばかりの本である。記憶に新しい。私はその10年ほど前に読んだ本だった。

 「あのさ、ベネチアの選挙って面白いなあ。住民が代表を選んで、その代表がまた代表を選んで、さらに代表を選んで最終的に代表を選ぶなんて、なかなか思いつかんぞ。直接に代表を選んでいる日本なんて、たいした代表は出てないもんなあ。直接選んだら詰まらない奴しか選ばれないからってあんな仕組みを考えたんだろ? 日本人にはない発想だよなあ」

 と話しかけられても、私は10年前の記憶を必死で思い出すしかなかった。なのに、話を飲むほどに盛り上がった。

 あまり食べずに飲む人だった。

 「舟さん、飲むときは食べた方がいいよ。酒だけだと体に悪い。まあ、俺のことじゃないからいいけどね。舟さんの葬式では俺が弔辞読んでやるから」

 とやんわりと忠告した。

 「何いってんだ。俺のほうが長生きするって。俺が君の弔辞を読んでやる。ありがたく思え」

 憎まれ口をたたき合う友であった。

 その舟さんが、知らないうちに遠くに行ってしまった。弔辞を読むこともできなかった。

 決して頭脳明晰な人ではなかった。だが、多くの人に愛された。義と情の人であったからだ。
 曲がったことが大嫌い。相手が課長であれ部長であれ、正しいと思うことはズケズケとモノを言った。舟さんとつるんで対部長戦線を構築したこともある。
 そんな人柄を慕って、舟さんが飲むといえば、皆、万難を排して駆けつけた。 
 最後には、必ず全員で

 旅姿三人男

 を大合唱した。舟さんの持ち歌である。

 が、亡くなったいま、私にできることは何もない。もう一度、敬愛する先輩と一緒に酒を飲みたかった、との寂しさを抱きしめるだけである。

 ま、舟さん、待ってなよ。20年後か30年後か判らないけど、湊屋藤助を沢山持って慰問に行くからさ。
 だとすると、あれか。これの棺に湊屋藤助を入れておけ、と家族に遺言しておかねばならないなあ。


 という話を知って、名古屋時代の部長だった先輩に電話をした。すると

 「ああ、そうなの。ところがさ、俺、5月に脳梗塞やっちゃってさ。2度ほど死にかけて、口もきけなくなって、リハビリやったおかげでこれくらいは話せるようになったんだ。ある程度回復したので、11日に手術をするんだけどさ」

 知らなかった。

 「元気だったらお線香を上げに行きたいんだが、この体ではなあ」

 ああ、尊敬する先輩が次々に倒れる。私も、そんな歳か?
 もっとも、どうでもいい先輩はいまだに元気でいる奴が多いが。

 

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