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 2011年12月5日 知性誕生

 という本を読了した。

 できる人/できない人の差はどこでつく?
 ホームズやポアロのひらめきの源は?
 最新MRIが明かす心の脳の関係とは?

 帯に書いてあったそんなキャッチにひかれて買った本である。

 ・あいつは何故馬鹿なのか? 俺に判ることがどうして理解できない?
 ・その私のひらめきをもっと研ぎ澄ます方法があるのか?
 ・それほど頭脳明晰な俺はあの女に何故惹かれるのか?

 そんな疑問に答えてくれそうだ、という期待があったことは否めない。誰しもが心のどこかに抱いてしまう疑問に、科学の名の下に明快に答えて示唆してくれる本ではないか、と思った。
 著者は、イギリスの脳科学者、ジョン・ダンカン。
 心をときめかせんが羅読んだ結果は……。

 つまらん。最先端の脳科学を、読者の気を惹きながら解説した本でしかなかった。私の知りたかったことに答えるものは皆無であった。

 しかも、文章が堅苦しい。元々堅苦しい人が書いたからそうなったのか。訳者の田淵健太氏の翻訳能力、日本語能力に問題があったのか。
 例えば。

 「動物行動学者の世界では、本能的行動の基本原理は『生得的解発機構(Innate Releasinng Mechanism = IRM)』として知られている。IRMは、環境がもたらす感覚の中にある刺激を検知し、この決定的刺激、あるいはリリーサー(解発インディ・ジョーンズが検知されると、安定したパターンの動産が生じる。動作のパターンはかなり複雑なこともあるが、変わることのない重要な特徴を備えている。動物行動学者はそれを『定型的動作パターン』と呼んでいる。個々のIRMは、動物が生き延びるために必要な種特異的行動を生み出す。一連のIRMは、無限の形と種類、複雑さをもつ行動を生み出す」

 プロローグの一節である。
 遺憾ながら、私の頭脳は、このように曖昧でひねくれた文章をすんなりと受け入れるようにできていない。目で活字を追いながら、

 「なんのこっちゃ、それ!」

 とプロテストの声を発するのが、私の習い性である。

 なのに、読み出すと、とりあえず最後までお付き合いしましょうか、というのも私の属性である。で、最後まで読んだ。
 時間の無駄だったのかも知れない。

 といいながらも、

 「ははーん」

 と思った箇所もある。
 人は、どのように自分の考えを決めるのか? 脳科学者は様々な実験をしている。

 肺がんの患者、医者、統計学の教育を受けている大学院生に、肺がんの2つの治療法について質問をした。

 手術は世路効果的な治療法で、長期で見た場合、よりよい結果が得られる。しかし、放射線治療では誰も死亡しないが、手術だと患者の10%が死亡する。どちらを選ぶ?

 65%が手術を選んだ。

 聞き方を変える。
 手術は、長期で見た場合、より効果的な治療法だ。治療行為自体に関しては、放射線治療後は100%の患者が生存し、手術後90%の患者が生存する。どちらを選ぶ?

 手術を選ぶ比率が85%に跳ね上がった。

 同じことを、違った聞き方で問いかけられると、答えにこれだけの差が出る。

 朝三暮四とはお猿さんの世界のことかと思っていたが、人間だってたいした違いはないらしい。


 リンダは31歳で、独身で、率直で、非常に聡明である。彼女は哲学を専攻していた。学生のときに差別と社会正義の問題に深く関わり、反核デモに参加したことがある。

 これだけの情報を示された人々は、次の選択肢を与えられた。

 1)リンダは銀行の出納係である。
 2)リンダは銀行の出納係であり、フェミニスト運動に熱心だ。

 何と、89%が 2)を、よりありそうなシナリオとして選んだ。 

 与えられたデータの先に、勝手な想像、妄想を膨らませる。ある時期、僧であった人も時間がたてば変わることもある、変わらぬこともある。
 フランスのことわざにいう。

 20代で共産主義者でない奴は馬鹿だ。
 30代で共産主義者でいる奴は馬鹿だ。

 人は変わる。だが、人間の想像力は、過去の延長線上にしか未来を見られないらしい。
 
 「はい、私、一応東大を出ていまして」

 といわれると、あ、こいつ、凄い奴なのかと、何となく目線が下がってしまう私もあなたも、人間の多数派に属しているのである。
 あ、俺、そう言った後輩に、

 「ねえ、一応、ってどういうこと?」

 といっちゃったことがあるなあ。ということは、私は多数派ではないのか? 俺って、少数派?
 

 こんな実験もある。一方は死刑に強く賛成していて、他方は強く反対している。この2つのグループに、死刑には大きな犯罪抑止効果があるという見解を半ば支持し、半ばそれに反対するデータを見せた。
 普通に考えれば、なるほど、自分の知らなかったこんな事実があるのか、と目が開く思いをする人々が現れ、絶対賛成、絶対反対の垣根が低くなりそうなものである。
 ところが、実験の結果は、それぞれのグループが、自分たちの主張をますます強化しただけだった。

 何のことはない。人とは、自分の聞きたい、見たい、知りたい事実しか、自分の中に取り込まない。
 ほら、そこのプレイボーイを自認している、家族持ちのお兄さん。

 「だって、私、結婚したいんです。家庭を持ちたいんです」

 という彼女に

 「君は結婚の本質を理解しているのか? 結婚は幸せを約束するものではない。男と女の結びつきというのは、結婚などという制度に縛られるものではない」

 などと、口を酸っぱくして説いても、効果がないのであります。彼女は、あなたの言説に含まれる、結婚のメリット、だけしか受け入れてないのであります。あとの、あなたが訴えたかったことは、右の耳から入って左の耳から出ていくだけ。彼女の頭には篇言隻句も残っておりませんのです、はい。


 しかし、 人間とは当てにならないものでありますな。
 なのに、メディアは、誘導効果を持つ質問への答えを集めて世論という訳の分からないものを作り上げる。それに応じて政治は、作られた世論によって立つポピュリズムの方向に向かう。行き着く先がファシズムであっても、ちっとも不思議ではない世界に、私たちは生きているのであります。

 まあ、その結果、右往左往する人間の判断力自体が当てにならないとすれば、さて、人間が寄り集まって作る世の中とは、いったいいかなるものなのでしょう?

 考えれば考えるほど、判らなくなりますなあ……。

 

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