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 2011年12月27日 ノロ

 年末である。だから、というわけでもないが、床屋に行った。有り体に書けば、髪が伸びて煩わしくなったからである。正月前だから髪を整えるという世間並みの思いは、私にはない。

 新しい床屋に行った。一月ほど前、飲み屋で知り合った床屋である。一緒に飲んでいた仲間が、その床屋さんと知り合いだった。紹介されて話すうち、

 「判った。次からはあんたんところに髪を切りに行く!」

 と宣言した。ま、酔っぱらいの宣言だから、守る、守らないというのはどちらでもいいとは思うのだが、私、生まれつき律儀である。たとえ、酔いが原因で発した言葉であっても、覚めたときに記憶していることについては実行しなければならない。記憶に残っていなければ、実行したくてもできない。

 というわけで行った。どうやら、酔った勢いで、

 「俺の頭、デザインして」

 と口走ったらしい。床屋さん、私が椅子に座るなり、

 「あれからデザインをいろいろ考えていたんですけどね」

 と話し始めた。

 「うん、思い通りやって。ヘアスタイルでもてる、もてないが決まるわけでもなし、まあ、最高のヘアスタイルにしたところでもてる年代でもなくなったし、とにかく任せる」

 このあたり、我ながら思い切りがいい。

 出来上がった頭は、何となく刈り上げ風である。

 「ずいぶん、横が短くなったね」

 「はい、エリック・クラプトンのヘアスタイルをイメージしました」


 俺、クラプトンのファンだと話したっけ? それとも私を見て、この床屋さん、エリック・クラプトンを思い出したのか?
 いずれにしても、そういわれては文句も言えない。私、しばらくはクラプトンである。あ、ギターの腕前ではなく、ヘアスタイルだけの話だが。
 でも、刈り上げのクラプトンって、いつ頃のクラプトンだ?


 またしてもノロ・ウイルスが猛威を振るっている。
 おかげで、29日夜に来るはずだった瑛汰一家が来られなくなった。一家全滅らしい。

 プール教室仲間でクリスマス会を開いた。そこに、

 「ノロ・ウイルスにやられたんだけど、やっと治って」

 という母子も参加したらしい。そこで、まず瑛汰が感染した。なかなか流行に敏感な子供である。感染した瑛汰から璃子に移り、次女までがゲーゲーやり始めた。今のところ旦那は大丈夫らしいが、さて、いつまで大丈夫でいられるか。

 「というわけで、行けない」

 ま、残念だが、仕方がない。我が妻殿は持病故免疫抑制剤を服用している。免疫力を押さえているのだから、感染症には弱い。体力も衰えているから、感染したらことである。

 というわけで、次女一家は、多分来ない。それだけならそれだけの話だが、実は続きがある。

 この年末、四日市の啓樹が子供だけによる新幹線の旅を経験する。可愛い子には旅をさせろ、という訳か、啓樹は両親を四日市に残し、友だちと3人で名古屋から新幹線に乗り、新横浜に向かう。29日のことである。
 計画では、次女が新横浜に迎えに行き、その夜、啓樹も連れて桐生に来るはずだった。ところが、ノロ・ウイルスで、迎えには行けない。横浜の自宅に啓樹を一次逗留させるのも、感染の危険があって避けたい。
 というわけで、私が新横浜まで啓樹を迎えに行くことになった。
 やはり私は、労働日より、休日の方が忙しいのである。

 最初は車で行こうと思った。が、車には渋滞の恐れがある。渋滞に引っかかって啓樹が新横浜に着いたときにまだ運転中だったりすればことである。体は大きいとはいえ、まだ小学1年生。新横浜駅のホームに迎える者がいなかったときの心細さは、想像するにあまりある。
 私が公共交通機関を使えばその恐れはない。東武で浅草まで出て、京浜東北線で東神奈川へ。そこから横浜戦で新横浜。この経路で行くことに決めた。帰りはその逆をたどるだけである。

 で、29日に啓樹が桐生に来る。長女たちが来るのは1月3日である。つまり、5日間、覚めても横に啓樹、寝ても横に啓樹である。つまり、啓樹と蜜月を過ごす。
 当初は瑛汰と一緒に来るはずだった。瑛汰と一緒なら、2人で遊ばせておけばいい。しかし、瑛汰がいないとなると……。

 とりあえず、「タンタンの冒険」を見に行こう。スケートをしに行こう。トイザらスにも行くかも知れない。カートに乗りに行こうか。本屋さんも必要か。勉強もさせないと。
 啓樹と過ごす5日間に、アイデアを懲らしているいまである。

 

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