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 2012年3月11日 新・報道2001

 この番組のキャスターを務める吉田恵ちゃんは、すこぶる付きの美人である。いや、あった
 なにせ、目鼻立ちが美しい。まあ、こんなに美しい顔をした女性がいるのか、と、毎週日曜日朝、テレビ画面に見入っていた。
 が、最近は、どうもいけない。美しかった分だけ、衰えが目に見える。思わず、

 「恵ちゃん、老けた?」

 と口に出しそうになる。
 美人薄命とは、このようなことか。

 ということが書きたくて書き始めたのではない。ま、上に書いたことも気にならないこともないが、気にしたって吉田恵ちゃんが私の愛人になってくれるわけではなし。どうでもいいことである。

 気になったのは、今朝の番組で世論の取り扱いに、

 「あ、この人たち、何も分かってない」

 という点があったことだ。

 問題は、東日本大震災の被災地に山積みにされている瓦礫である。復興の妨げになっているといわれ続け、現地だけで処理するには100年以上かかるので、全国で処理しようといわれながら、受け入れる自治体がほとんど現れない。

 番組によると、世論調査をすると、8割近い国民が、

 「全国の自治体で処理を受け入れるべきだ」

 と答えるという。なのに、なぜ自治体は受け入れないのか。

 鎌田実というお医者さんは、

 「原発村の専門家ばかりが政策を決める立場にいてあれこれ決める。だから国民は政府がいうことを信用しない。そういうところに反原発派の学者を入れたら国民の受け止め方は変わるはずだ」

 という趣旨のことを述べておられた(うろ覚えなので、正確さには自信がない)。
 正確さに自信がないことに基づいてあれこれいうのもいかがなものかと思うが、その発言を聞きながら、

 「あ、この人、専門馬鹿

 と私は思った。
 そんな。そもそも私は、どの学者が御用学者で、どの学者が反原発か、などという基礎知識を持ち合わせていない。おそらく、多くの国民がそうであるはずだ。実は、問題は国民が政府を信用しているかどうかではない。
 ゴミ処理場の周辺で現実に起きている反応は、

 「被災地のゴミを受け入れろなんて、誰が言おうと、いやなものはいや

 という、ガキと同じ反応に過ぎない。そのゴミがどれほど危険なのか、危険でないのかなどは、どうでもいいのである。
 この方は、そのような単純なことが分からずに発言される方であるようだ。

 「だけどねえ、これだけ国民は瓦礫の分散処理を支持しているのに、どうして実現しないのか。政府、国会議員、首長のどこか、あるいは全部がおかしい」

 という趣旨の発言をしたのは、平井文夫解説副委員長である。この方も、世論とはどのように形成されるのかの実態を丸でご存じない。

 いいですか。ゴミ処理場から離れている人たちにとって、被災地のゴミを自分の自治体で受け入れるかどうかは他人事である。

 「ああ、あの人里離れたところにあるゴミ処理場で焼くのね」

 程度のことである。自分に実害がなければ、人は「正義」になれる

 「被災地の人たち顔困っているのだから、人道上受け入れなきゃいけないんじゃないの?」

 と、痛みも感じずにいう。それが8割の人々だ。

 さて、被災地のゴミを受け入れることが暮らしとかかわってくるのは残りの2割の人々である。この方々は自分の暮らしとかかわるから、8割よりはずっと真面目に考える。暮らしを守るためには正義を踏みつけることも辞さない。

 「放射能脳は心配ないの?」

 「風評被害があるのでは?」

 「ゴミを山積みしたダンプがひっきりなしに走るのはかなわん」

 そうした心配を、2割の人だけが引き受ける。だから、8割のごとく、安易に受け入れ賛成とはいえない。
 そんな実情を知りもせず、あるいは想像する能力もなく、

 「8割が賛成しているのに、何故進まないのか」

 とテレビに出演して言ってのけるのは、

 「私はアホウである」

 と自分の真の姿を全国にPRするに等しい。本人にその気はなくても、である。


 あ、いろいろ他人にいちゃもんをつけてきたが、私は、被災地の瓦礫は全国が受け入れるべきだと考える。それは世論がそういうからでなく、被災した人たちが現実に困っていることを、一部でも引き受けてあげるのが、被災していない我々の責任であると思うからである。ゴミ焼却場が我が家の隣にあるか、ずっと遠くにあるかは関係ない。その責任を引き受けずして、

 「絆」

 などと大げさな言葉を使う連中は殴りつけたくなる。

 私が住む桐生市も、年間1万6000トンの瓦礫を受け入れる能力があると聞く。なのに、受け入れるかどうかの方針をはっきりさせていない。
 いま受け入れが問題になっているのは、岩手県。宮城県の瓦礫である。放射性物質の影響はまずない。仮にその恐れがあったとしても、受け入れる瓦礫の放射線量に上限値を設け、搬入前に検査をして安全を確かめたら何の問題もないはずである。

 ゴミ焼却場周辺に、被災地の瓦礫受け入れに難色を示す人々がいることは私も知っている。だが、その人たちを、データでもって説得するのが役人の、あるいは首長の責任であろう。あなた方は、そういう仕事をするために、そこにいるのではないのか?
 自分の仕事を粛々と進められるがよろしい。


 昨夜からが痛い。
 いや、原因ははっきりしている。就寝前の体操である。
 確か、昨日のどこかの朝刊に

 体側を鍛えよ」

 という記事がった。人の体のバランスをとるのに体側の筋肉は大いに役立っている。だが、ここの筋肉を鍛える人はほとんどいない。サッカー選手は意図的に体側の筋肉を鍛える。だから体のバランスが良く、無理な姿勢からでも強いシュートが打てる。
 そこまでなら、なるほど、と読んでいればすむ話である。だが、なるほど、だけではすまないことが書いてあった。

 体側に筋肉を強化することは、腰痛の防止にも役に立つといわれる。

 この部分に目が吸い寄せられた。そうか、私は腰痛に捕らわれた身である。確かに、体側に筋肉を意図して鍛えた記憶はない。であれば、今日からやってみるか?

 さらに悪いことに、体側に鍛え方が図入りで解説してあった。
 
 横たわり、下になった腕の肘で体を持ち上げ、かかとを支点にして体を一直線に伸ばす。つまり、かかと、肘、肩で三角形を作り、そのままの姿勢を30秒維持するとあった。

 まず、右を下にし、肘をついて体を直線にした。そのままの姿勢で30数える。15ぐらいから右の脇腹がぶるぶる震え、いかにも筋肉を鍛えている実感がある。
 続いて左を下にして30秒。
 いつものようにマッケンジー体操をして、布団に横たわったときだった。

 「あっ、腰が痛い」

 整形外科に通い、薬を飲むようになってから遠ざかっていた痛みであった。

 「やばい。朝までに治るか? 治るはずだ。なにしろ、腰痛に効く体操をしたんだから……」

 朝。布団から起きるのに気を使った。いつものように立とうとすると、腰に響くのである。そろそろと、まずうつぶせとなり、腕で上体を押し上げて膝に手を置いて立つ。立ち上がる。

 「うーん、ちょっと痛いみたい」

 朝から鎮痛剤を飲んだ。昼過ぎにはほとんど普通に動けるようにはなったが、腰の違和感は残ったままだ。ふとした瞬間に、ギクッとくる。

 前回のギター肩といい、今日の体側トレーニングの副作用といい、なかななか敏感な体になってしまった。この野郎! とは思うが、残念なことに、私の身体はこれ一つしかない。肩が痛もうと腰が痛もうと、この体とつきあうしかない。

 これからも付き合いは長くなるんだからさあ。頼むよ、明日は多少でも痛みを遠ざけてくれな!

 と願いながら布団に入る私である。

 

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