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 2012年8月12日 避暑

 といっても、

 「今年の軽井沢は、極めて涼しい。快適な夏を過ごしておる」

 などという、鼻持ちならない自慢話を書こうというのではない。
 そもそも、書きたくても、軽井沢に別荘を買う
はなく、ホテルの長期滞在するゆとりはなく、現地には知り合いもいないから、人の迷惑を顧みずに避暑をするもなく、わざわざ軽井沢まで出かけようという根性もないから、書けないのであるが。

 そうではない。
 夏が大嫌いな私が、なぜか今年はそれほど嫌な思いもせずに、もう8月も中旬にさしかかったということをご報告しようというのである。

 なぜ、今年の夏は、それほど辛くないか。

 まず、昨夏に比べて、
気温が低めである。

 直射日光が降り注ぐ
快晴の日が少ない。都会に比べて大気が正常である桐生では、日差しが強いことはしばしばご報告した。ために、車がチンチンに熱せられ、車に頼るしかない暮らしが不快なこともこれまで書いた。ところが今年は、薄曇りの日が多い。直射日光が降り注がないから、しばらく車を運転していれば、車中は快適な温度になる。

 暑さへの感受性が、昨年に比べて鈍った。恐らく、
齢を重ねたせいである。エアコンで25℃の冷気を直接体に受けるのが辛い。昨夏までは、23℃の冷気でも平気だったのだが。
 従って、いまでテレビを見るときの冷房温度は26.5℃〜27.0℃である。昨夏に比べれば2℃〜3℃高い。その程度の温度にしなければ体が冷えるのである。
 昨夏までは、職場でも競うようにして冷房温度を下げた。会社が

 「冷房温度は28℃にする」

 といっても、独立して冷房温度が設定できる部屋ででは23℃〜24℃に設定した。
 同じ部屋に、冷え性の女性がいて、

 「寒いんですけど」

 とクレームが来ても、膝掛けでしのぐようお願いした。私はそれほど暑がりだった。
 今年は、あの女性とも同じ部屋で仕事ができそうな体になった。

 こうした体質の変化を奇貨として、眠るときの冷房も変えた。
 昨夏までは、寝室のエアコンを24℃あたりに設定して眠りについた。そのまま朝までかけっぱなしでは体に悪いだろうと、タイマーで2〜3時間後に切れるように設定した。そのため、タイマーが切れて部屋の温度が上がると、目を覚ますこともしばしばだった。覚ました場合は、再びエアコンを付けて眠った。
 今年は、そんなことはしない。
 寝室のエアコンは、
一度もスイッチを入れていない。
 代わりに付けるのは、
隣の事務室のエアコンである。こいつを、25℃〜26度でつけっぱなしにする。寝室と事務所の間には幅80cmほどの通路があり、ここを通して事務室の冷気が寝室に流れ込む。体に冷気が直接あたることなく、かつ冷えすぎることもなく、極めて快適である。おかげで、途中で目覚めることもほとんどなくなった。

 以上が、この夏の私のコンディションである。
 加齢で体質が変わるのも、まんざら悪いことばかりではない。


 そうそう、これも書いておかねばなるまい。

 とはいえ、夏は夏である。外に出れば汗が噴き出す。汗っかきの私は、ハンカチでは間に合わないほどに、体中で汗をかく。
 このため、タオルが欠かせない。ハンカチと同じサイズのタオルでは、すぐに使えなくなる。だから、もっと大きなタオルが離せない。
 困るのは、ハンカチサイズ以上のタオルは、しまう場所がないことである。ポケットには入らない。首に巻いては建設現場の労働者みたいだ。ではどうするか?
 私は、腰のベルトに挟んでいる。昔でいう
腰手ぬぐいである。ただ、昔の腰手ぬぐいは右腰の後ろにぶら下げるのが主流であったが、私は左腰につける。

 「みっともないからやめてよ」

 と妻殿はいう。が、やめる気はない。
 みっともない? 若いときならそう考えたかも知れない。が、もういい。見た目、見栄えを気にする年代は過ぎてしまった。
 まずは、わき出る汗を効率的にぬぐい去ることを重視する。
 なーに、私の腰手ぬぐい姿を、怪訝な目で見る女どもには、

 「見た目ででしか判断できない可愛そうな者どもよ。それほど見た目が大事なら、まずあんたが美容整形に行った方がいいのではないか」

 といって遣ればすむことである。

 そういえば先日、まだ若い女性に聞かれた。

 「安堂さんは、やっぱり若くて綺麗な子が好きですか?」

 質問には真摯に答えてあげた。

 「一発やって終わり、なら、そりゃあ綺麗な子がいい。でもね、男と女って、少なくともしばらく、悪くすればずっと続くじゃない。そうすると、いくら綺麗でも頭の中が空っぽだと、多分飽きちゃうんだよね。人間として関心を持ち、惹かれなければ関係を継続しようって気にはならないよ。そうじゃない?」

 という哲学で、私は
左腰にタオルをぶら下げて歩く。遺憾なことに、そういう私に、

 「あのー、お食事だけでもご一緒させていただけませんか」

 と恥じらいながら語りかける見目麗しい女性が、この地ではまだ現れないのだが。
 桐生の女どもは
見る目がないのか?


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