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 2012年10月22日 なるほど

 それがアメリカであるか。

 「それをお金で買いますか 市場主義の限界」(マイケル・サンデル著、早川書房)

 を読んで、そんな感慨にうたれた。
 何しろ、禁酒法を施行した国である。とにかく、一度走り始めたら、とことんまでいってスッテンコロリンとこけなければ自らの過ちに気がつかない。誠に子供じみたお国柄というしかない。

 とにかく、自由が好きな方々の集まりだ。すべてにおいて制約を嫌う。銃規制? とんでもない。あんたらは、俺たちの自衛の権利を奪おうってのか? 俺の自由を押さえつけようってのか?

 そのチャイルディッシュな傾きが、経済の世界に及んだのが市場主義である。すべては、売人と買人でできる市場に任せればいい。それが自由ってもんだ。なーに、市場には神様がいらっしゃる。みんなが勝手に売ったり買ったりする。そうすりゃあ、世の中丸く治まるってものよ。

 そうかな? とサンデルさんは異議を申し立てる。君たちは、こんなものまで市場で売り買いを始めている。それでいいのか?

 ・アメリカの一部の刑務所では、一晩82ドル払うと、清潔で静かな独房に入ることができる。
 ・50万ドルをアメリカに投資すれば永住許可書が手に入る。
 ・1500ドルから2万5000ドル払えば主治医の携帯電話の盤五を教えてもらえる。
 ・お金を積めばいくつかの一流大学に入れる。


 いやいや、ことはアメリカにとどまらないのだ、とサンデルさんは指摘する。

 ・6250ドルでインドの妊娠代行サービスが買える。
 ・排出権取引で、13ユーロ払えば1トンの炭素を排出できる。
 ・南アフリカでは15万ドルで、絶滅危惧種のクロサイを撃てる。


 いかがであろう。私の常識では、

 「えっ、そんなものをお金に換えたら終わりジャン」

 というものがずらりと並ぶ。だが、それだけではないのだ。

 アメリカでは、企業が従業員に生命保険をかけるのがあたり前になっている。保険料はもちろん企業が払うのだが、その代わり、その従業員が死んだときは、保険金は遺族ではなく、企業に支払われる。できるだけ早く従業員が死んだ方が企業の利益が上がるシステムである。

 コロラド州のある学区は、子供の通知表の空きスペースに広告を載せた。

 マクドナルドは、成績がABの子供、欠席日数が3日以内の子供に景品を出すと提案した。

 学校内を広告スペースとして売る学校がある。

 いやまあ、本を読んでいただければいいのだが、とにかく、ここに列挙したものを遥かに超えるものが、お金で取引されている。日本でも

 「そんなものまで売っちゃうの?」

 という事例が増えつつある。群馬県でもっとも神経に触るのは

 「上毛新聞敷島球場」

 だ。命名権を上毛新聞が買ったらしいが、しかし、だからといって、ほかの新聞やテレビまでが、上毛新聞敷島球場、って報道する必要があるのかね。もちろん、上毛新聞が金を払い続ける以上、正式名称は上毛新聞敷島球場である。だけど、それによってほかのメディアは得するか? 県民は得するか? 
 とどのつまり、ほかのメディアに嫌われ、県民に違和感をもたれ、上毛新聞は得するか?

 話がそれたが、何でも金で売る風潮を後押しするのは、市場至上主義を標榜する経済学者である。

 ある経済学者は、贈り物を不効率であると切り捨てたという。
 その論によると、贈るにいちばん相応しいのは現金である。なぜなら、物を贈ると、相手が欲しくないものであったり、サイズが合わなかったりという無駄が生じる。そもそも、何が欲しいかは個人で異なるので、その決定権は当人に委ねるべきだ。現金を贈るのが最も効率がいい。

 ははん。プレゼントとは、単に物を買い与えることらしい。
 この経済学者、女に惚れたことがないんだね。彼女に何をプレゼントしよう、と悩んだことがないんだね。贈り物とは、物に想いを乗せて届ける物なのだ。
 もっとも、この方なら、想いだって金で買えるというのかも知れないが。

 とにかく、したり顔で馬鹿なことを説くこうした学者たちに背中を押され、企業は札束で関係者の頬をひっぱたきながら闊歩する。

 「でも、そんなものまでお金に換えていいのですか?」

 サンデルさんは、行き過ぎた至上至上主義を嘆き、なぜそれが間違っているのかをあぶり出そうとする。それがこの本だ。

 「そや、そや、あんたのいう通りや。やれー、もっとやれー!」

 私は知的義憤に駆られながら、この本を読んだ。
 なるほど、金がなければ何ともならないことは世の中に現存する。だからといって、金ですべてが買えるようになったら、世の中は歪む。

 いま、セックスは金で買える。でも、愛まで金で買えた方がいいか?
 いま、健康はかなりの部分まで金で買える。だが、臓器移植が常識なりつつあるいま、その恩恵に預かれるのが一部の金持ちだけでいいのか?
 そもそも、排出権取引なんて欺瞞の最たる物だ。地球環境への負荷を減らすために二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの排出量を減らそうというのに、金を払えばより多く排出していいなんて、おかしいではないか。

 と興奮したのだが、1つだけ、

 「ん?」

 と思ったところがあった。

 「マネーボール」

 と見出しがついた章である。
 マネーボールは、ブラッド・ピット主演の、実話に基づいた映画だ。
 貧乏球団アスレチックスを任されたビリー・ビーンが、イェール大経済学部を卒業したピーター・ブランドの、経済学的分析に依拠したチーム作り案を採用、者苦笑チームの立て直しに挑む話である。

 アスレチックスには金がない。だから有名選手は取れない。ヤンキースやレッドソックスなど、有力チームが名のある選手をかっさらったあと、残り物で勝てるチームを作ることができるのか。

 「できる」

 といったのが、ピーター・ブランドだ。
 重視すべきは打率ではなく、四死球を含めた出塁率である。バントや犠打、盗塁は得点確率を下げるから採用すべきではない。得点圏打率は、もともと母数が少ない中での数字なので揺らぎが大きく、打者の能力とは関係ない……。

 それまでの野球の常識とはかけ離れた選手評価を元にしたチーム作りは成功するのか。

 この物語を、サンデルさんは

 「作品としてつまらない」

 と切り捨てる。数値分析に、市場至上主義と同じ臭いをかぎ取り、

 「野球って、そんなものではないだろう」

 と違和感を持ったからである。

 そうか? 実は昨夜、この映画を自宅で見た。私には面白かった
 何より面白かったのは、それでもアスレチックスが勝てなかったことである。この戦術を採用した初年度、アスレチックスは20連勝という破竹の勢いを見せる。だが、ワールドシリーズには出ることができなかった。それ以来、毎年チャレンジはするのだが、いまだに全米チャンピオンへの道は閉じられたままだ。

 そりゃあそうだろう。貧乏球団で、安い年棒で雇えるろくでもない選手しかいないアスレチックスが快進撃をしたら、相手チームは

 「何故だ!」

 って探る。金には糸目をつけずに分析するから、やがてその秘密は暴かれる。暴いたら、金持ちチームの勝ちである。同じ事を、より金をかけてやれば、アスレチックスより強いチームを作れるのはあたり前だからだ。
 つまり、数値分析もチーム強化の1つの手段なのだ。それを他に先駆けて実験したすれチックスには、私は頭が下がる。
 そこまで否定したら、著書の価値が下がると思いますが、サンデルさん、一度白熱教室で議論でもやりませんか? 私、英語はダメですけど……。

 
 土曜日はアルコール・オフで、日曜日は晩酌にビール1本。今日はカツオの刺身があったので2本、ついでにこの原稿を書きながら焼酎の水割り。
 酒との付き合いがまた、元に戻りつつある。これでいいのか?
 休肝日のカレンダーでも作ろうかなあ……。

 

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