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 2013年1月26日 インフルエンザ・その2 

 詰まるところ、人生とは、幅広い知識と、それに基づいた的確な行動判断をする人間に微笑むものである。
 無論、幅広い知識を身につけるには、人に倍した努力をしなければならない。的確な判断を下すには、可能な限りの場数を踏まねばならない。間違い、傷つきながら、人間は成長する。

 22日午前7時半、ダラダラと続く数字の無限世界から目覚めた私は、しばらくの間自分の体を検証し、快哉を叫んだ。

 「俺は、幅広い知識に基づいた正しき的確な判断で風邪を乗り切ったぞ! これぞ知性の勝利ではないか!!」

 前夜、あれほど高かった熱はすっかり下がり、脇の下に体温計を挟んでみると、36度にも達しない。やや低すぎる嫌いはあったが、なーに、39どの高熱に比べれば問題ではない。

 脇を見ると、夜中に着替えた下着が3枚、まだ濡れたまま放置されている。昨夜の、高熱との闘いを表す記念碑である。
 室温を上げて汗をかき、熱を下げる。見事に成功した結果をいま、私は享受している。

 風邪、治ったわ。熱は下がったし」

 茶の間に出て行き、朝食の準備中だった妻女殿に勝利宣言した。私は、私だけの力で風邪を乗り切った。

 まあ、多少熱っぽく、時折咳き込み、鼻水が垂れ、加えて何となく全身がだるい。でも、これは仕方がない。わずか10時間ほど前には39度の高熱に襲われていたのだ。体力を消耗し、多少の後遺症が残存したとしても、理解できる範囲である。

 が、山は越えた。私は朝食を済ませ、仕事に出かけた。

 「あ、安堂さん、体、大丈夫ですか?」

 昨夜、歓迎会で一緒だった仲間が声をかけてきた。

 「ああ、心配かけてゴメン。家に帰ったら39どの熱が出たんだけど、おかげさまで今朝は平熱に戻ったよ。それはそうと、金も払わずに返っちゃったけど、俺の負担分、いくらだったのかな?」

 そうなのだ。前夜は金を払うゆとりもなくタクシーに乗り込んだのであった。

 「ああ、俺、幹事じゃなかったんで。さて、いくらだったんですかね」

 「誰が俺の分を立て替えてくれたの?」

 「それも、ちょっと……」


 まあ、仕方がない。精算は幹事役の彼に出会うまではできそうにない。

 夕刻、家に戻る。まだ、ギターの練習ができるほど回復したとは思えない。ギターを抱く気力が起きないのである。仕方なく、何となく時間をつぶし、前夜は入れなかった風呂で全身を温め、夕食をとる。晩酌はビールをやめて、熱燗。何をする気力も起きない。

 「こんな日は、映画だな。それも、肩の凝らないヤツがいい」

 取り出したのは

 「リーサル・ウェポン4」

 4作目ともなると、メル・ギブソン演じる狂気を宿した刑事・マーティン・リッグスにも同棲する女性ができ、彼女のおなかには2世が宿っている。それでも、2人は結婚しない。
 リッグズは亡くした妻が忘れられず、その気持ちを理解する彼女は、子供が生まれるから結婚しろとは迫らない。実に大人の関係なのだが、その大人の関係を辛く思う2人でもある。
 それが、中国マフィアとの闘いに巻き込まれて……。

 布団に入ったのは11時半頃であった。残る風邪の症状は、時間とともに消え去る。あと数日の我慢だ。それにしても、なぜ風邪をひいてしまったのか?
 そんなことを考えているうちに寝込んでいた。


 異変が起きたのは翌朝であった。

 「ゴホン。ゴホン。ゴホン」

 妻女殿の部屋から、盛んに咳き込む声が聞こえてきた。ありゃ、

 「風邪だから近づくな!」

 と宣告してあれほど注意してたのに移しちゃったか?

 「どうした?」

 「移ったみたい」


 ま、それは、咳き込む声を聴けば分かる。

 「お医者さんに行く」

 となると、私の出番である。8時前に着替えをし、まず診察表だけを病院に持って行って名前を書いてくる。この日は名前の順序は4番目であった。とすると、受診は9時20分頃か。
 自宅に戻って朝食を済ませ、9時に妻女殿を内科医まで送り届けた。

 送れば、迎えに行くのは当然である。何しろ、一人では出歩けない妻女殿である。このような場合、私は「足」にならざるを得ない。

 自宅に戻って待った。まあ、9時半に受診しても、どんな長くても10時には終わる。そう思って待ち続けた。なのに、10時半になっても連絡がない。11時になっても音沙汰がない。

 「いくら何でも」

 病院まで車で行ってみた。

 「安堂ですが」

 「ああ、いま、入っていらっしゃいますから」


 4番目に並んだはずなのに、いまごろ受診してる? そんなに抜かされたわけ? なんで?
 と、いろいろ疑問がわき起こるが、口にはできない。
 だが、ただいま受診中なら、10分もすれば出てくるはずだ。私は、駐車場の車の中で待った。

 ねえ、皆さん。ボーッと車の中で時間をつぶしているだけのオヤジにしてからが、この程度の読みと計算はしているわけです。ここまでの読みと計算には、いまもって欠陥は見あたりません。手持ちのデータから推論する限り、誰だって私と同じ結論に達するはずなのです。
 ところが、なのです。妻女が病院の玄関を出てきたのは何時だと思います?

 なんと、12時10分すぎだったのであります。

 「お前な、何やってたんだよ!」

 送り迎えをするだけの足だって、怒ることもあります。

 「先生がね、どうせ昨日は寝てないんだろうから、ここで寝ていっていいとおっしゃるものだから、1時間ばかり眠ってた。あ〜あ、助かった」

 さて、このような展開を、どうすれば予測できたでありましょう?

 「だったら、どうして電話をしない? 俺がここで何時間待ってたか。わかってんのか?」

 「電話はしたんだけど、つながらなくて」

 「つながらないんなら、病院の電話を借りるという手もあるだろう」

 「……」


 利害関係者の利害を無視してその刹那に生きる。いくら女性とはいえ、もうそんな生き方が許される年でもないのですよ、妻女殿は。

 こうして23日、我が家の歯車は大きく軋み始めたのであります。

 なお、帰宅後調べたところ、妻女殿の携帯電話はフリーズしておりました。これでは、電話がかかるはずはありません。
 一度電源を落とし、再び入れ直したら、なんということはなく通話ができるようになりました。

 ということで、23日に大きく暗転してからの我が家は、次回ということで。

 

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