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 2013年2月22日 読書案内

 何かあれば時事問題を、暮らしに変化があれば身近な問題を、と工夫しながら書き継いでいるのだが、どうにもネタに困る時期がある。

 何しろ私、朝起きて新聞各紙を読み、飯を食って、歯を磨き髭を剃って、とりあえず、仕事と称して外に出る。
 夕方戻ってからは、風呂に入り、夕刊に目を通しつつ晩酌をして飯を食うという暮らしである。

 外に出てなにもやることがなく、本を読んでいることも多い。晩飯を食って以降は、この日誌を書くか、撮り貯めた映画を見るか、場合によっては日誌を書いた後で映画を見て時間を過ごし、最後は布団に入って本を読む。

 これが決まった日常である。夕方、ギターを抱くこともあるが、まあ、この決まり切った日常の中でネタを見つけるのは至難の業といっていい。

 さて、今日はどうしよう? と考えて、しばらく本を取り上げていなかったと気がついた。そこで、本日は最近読んだ本を。

 「あっぱれ! 懲りない朝日新聞(笑)」(勝谷誠彦著)

 私だって、朝日新聞にはいちゃもんをつけてきた。同好の士がいたかと、買って読んでみた。
 いかん、この本はいかん。朝日新聞を問題していることはよくわかるが、でも、これって、朝日新聞のブランドを利用して本を売ろうとしているだけじゃないの?
 全編、おふざけの連続。なんでも、朝日新聞「築地をどり」というコンセプトで書き進められているためか、とにかく分かり難い。それを判読しつつ読み進めると、中には

 「そりゃあそうだ」

 という部分もあるが、どうでもいい、それこそ行数稼ぎ(それによって原稿料が決まるとあらば、仕方がないことかもしれないが)としか思えない余分な文章が多すぎる。その分だけ、伝わってくるものが少ない。
 もっとガチンコ勝負してみれば?

 「白檀の刑」(中公文庫、莫言著)

 莫言(モオイエン)とは、ノーベル文学賞を受賞した中国の作家である。その作品が早くも文庫になった。読まずばなるまい。なにしろ、芥川賞ではないのだから。
 文庫本とはいえ、上下巻で1000ページを越す大著である。根性がなければ読める分量ではない。
 たまたま根性に溢れた私は読み通してしまった。

 清朝末期の話である。主な登場人物は、科挙に通った、日本のキャリア官僚よりはるかにエリートである県知事殿。その愛人であるいい女。彼女の父で地方芝居の座長。彼女の旦那の薄ら馬鹿。薄ら馬鹿の父親の処刑人。そのほか、雑多な登場人物として清朝の西太后、袁世凱。
 物語が始まる舞台装置は、この上ない。

 女狂いである地方芝居の座長に捨てられた娘であるいい女は、生きる術として薄ら馬鹿と一緒になる。薄ら馬鹿は肉屋だ。動物なら、ウシでも豚でも犬でも、何でも包丁でさばいて売り物にする。
 そこに戻ってきた薄ら馬鹿のオヤジは、清朝の処刑人である。この男は自分の仕事に誇りをもち、法治国家である清朝を、実行部隊として支えているのは俺だ、と自負する。見事な処刑手法を西太后に、また袁世凱に賞賛されたことも、さらに誇りを高めた。

 女狂いの地方芝居座長は、娘を放り出した後、自慢の髭を県知事に引っこ抜かれたのをきっかけに芝居を諦めて妻を娶り、商売をしている。そこに持ち上がったのが、租借権を手に入れたドイツによる鉄道敷設だった。
 沿線住民は鉄道を不安がり、やがてドイツとの間に小競り合いが起きる。それに巻き込まれ、座長の愛妻と子供が殺されてしまった。怒るまいことか。元座長は義和団に加盟し、復讐を誓い、住民を巻き込んで清朝政府、ドイツと一戦を交えるが、蹴飛ばされ、捕縛される。
 その処刑を命じられたのが、あの薄ら馬鹿のオヤジである。ヤツは、中国伝来の、ただ殺すだけではない処刑に中国文化の粋を感じ取るサディストだ。死刑囚を499回切り刻み、500回目の刀で命を絶つという処刑もやったことがある。最初左右の乳首をすぱっと切り落とす。497回目に鼻をそぎ落とし、498回目、499回目で両目をえぐり出し、500回目の刀を心臓に突き刺してえぐる……。

 そのオヤジが、元座長の処刑に採用したのは、白檀の刑であった……。

 極めて面白い。純文学的な面倒臭いご託がほとんどなく、清朝末期という時代に生きた男と女をビビッドに生き返らせた。
 のはいいが、どうも人物造形が一面的である。スケコマシにしか能がなかった元座長が突然ヒーローになる。粒々辛苦のすえ科挙試験に通ってエリートの道をばく進する県知事殿が女の色香に迷い、挙げ句、住民たちに心を寄せる。処刑人は人を殺す美学に酔いしれ、その薄ら馬鹿の息子は、薄ら馬鹿のままだ。袁世凱は血も涙もない人非人で、彼に処刑される反乱軍の将校たちは純粋な愛国者……。
 何か、絵に描いたような人たちばかりなのだ。
 
 あわせて、正義は民にしかない、というストーリーもいかがなものか。これでは、まるでプロレタリア文学である。あ、中国ってプロレタリアの国だっけ?
 これがノーベル賞?

 「ケンブリッジ シックス」(チャールズ・カミング著、ハヤカワ文庫)

 ジョン・ル・カレ、グレアム・グリーンに比肩する作家だ、というワシントン・ポストの評に惹かれて買ったが、どうも文章がまだろっこしい。それは一部翻訳者の責任かもしれないが、筋書きも、

 「たかが大学教授が、そんなことまでするか?」

 と疑問符のオンパレード。

 「楚漢名臣列伝」(宮城谷昌光著、文春文庫)

 中国人の名前は覚えにくい……。

 「法然親鸞一遍」(釈徹宗著、新潮新書)

 内田樹氏との対談、「いきなりはじめる仏教入門」「はじめたばかりの浄土真宗」で釈徹宗氏に関心を持ち、読んでみた。これ、入門書の入門書。もう少し高度の議論が欲しかった。

 「名作うしろ読み」(斎藤美奈子著、中央公論社)

 私、斎藤女史のファンである。彼女ほど、本を縦横に読みこなしている人はいないのではないか、というほどのファンである。
 これも、最後の文章に多着目するという意外な切り方で古今東西の名著を紹介しているのだが……。
 正直、退屈だった。

 こんな日本をつくりたい(石破茂, 宇野常寛著、太田出版)

 サブカル系の評論家として売り出し中の宇野常寛は、不思議なことに、我が妻女が

 「撮っておいて」

 といった教育テレビの番組で見た。この番組に、何故か石破茂氏が出ていた。ネットで2人の対談が本になっていると知り、読んでみた。政治家の独白より、突っ込み手がいて、それに答える方が、その政治家の本質をよく表すのではないかと期待した。
 前回の自民党総裁選にも現れたように、石破氏への期待は、意外なほど高い。あの三白眼のためか、なかなかトップに立てないのが現状だが、しかし、この本を読む限り、なかなかまともな政治家であると判断した。
 その方面に関心のある方は、読んで損をすることはないと思う。
 なお、私はamazoneの中古で買った。さて、いくらだったか。送料込みで7、800円だったような記憶があるが、確かではない。

 でも、こうやって並べると、俺ってやっぱり雑読だな、全く。
 では、今日はこのあたりで。

 

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