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 2013年2月28日 あ、春

 季節感とは、土地土地のものである。
 札幌はまだ雪に閉ざされているに違いない。2年間暮らした経験からして、

 「いつになったら冬が終わるのよ」

 とジリジリする時期のただ中にいる。

 沖縄では、もう海に入りたいほどの気候かもしれない。仕事で年に5、6回通っていた経験から判断して、沖縄の人たちには、ウチナンチュウが春を恋い望む気持ちは理解しがたいかもしれぬ。

 行ったことはないが、南半球の国々では、

 「この暑さ、もう耐えきれぬ。早く涼しくなってくれ!」

 と人々が悲鳴をあげていることだろう。
 日本は、地球は広いのだ。

 で、桐生である。
 桐生には、今日春が来た。朝から温かく、日中の最高気温は16℃を超えた。

 「安堂さん、あなたの肩も温かくなってくれればねえ、うん、もう少し楽になると思いますよ」

 私をマッサージしてくれている接骨院の当主の言葉である。

 「寒いとねえ、どうしても筋肉が縮んでしまうんで、なかなか凝りが取れないんですよね」

 私の右肩痛が発症したのは、昨年の春であった。もう1年。発症した時期が巡ってくれば治るものなのかしら?

 明日も温かいそうだ。来週は一時寒の戻りがあるらしいが、まあ、そこは

 三寒四温

 季節が春をめがけてまっしぐらに疾駆していることは疑いない。


 クリント・イーストウッド、という爺さまに感心している。
 夜ごとに、アカデミー賞受賞作を逆から、つまり近年のものから鑑賞していることはすでに報告した。
 今週、たまたまイーストウッドが監督した作品を2本見た。

 「ミリオンダラー・ベイビー」

 2004年の作品賞、主演女優賞、助演男優賞、監督賞を得た作品だ。貧しく育った女性ボクサーと、嫌嫌ながら彼女の育成を引き受けた老トレーナーの話である。ご覧になった方も多かろう。
 不器用な二人をつなぐのはボクシングだけである。だが、不細工な女性ボクサーと老いたトレーなの間には、口には絶対に出さないが、確かな愛が育っていく。恐らく、二人とも戸惑ったろう。

 「こんな爺さんを?」

 「おいおい、娘の年代の女だぜ」


 だが、愛の不思議さは、そんなものは苦にもせずすくすくと育つことだ。戸惑うのは、自分の中で育つものに驚く人間の方である。
 だから二人は、愛の言葉を交わすことはない。二人ともいい歳をしているのに、いじらしい愛である。

 女性ボクサーが、タイトルマッチ戦で瀕死の傷を負い、呼吸すら機械頼りになる。再起の見込みはない。それを知った彼女は、これまで一度も甘えたことがない老トレーナーに頼む。

 「死なせて」

 人と人の巡り会い、突然生まれる愛、それを口にもできない苦しみ、最愛の人に

 「死なせて」

 と頼む信頼。
 そして、頼まれる不幸。
 イーストウッドは、生きることの不可解さを、見事に作品に仕立て上げた。

 もう1本は

 「ミスティック・リバー」

 2003年の主演男優賞、助演男優賞受賞作である。
 3人の悪ガキ仲間が大人になった。一人は刑事に、二人目は悪の道から足を洗って商店主に、三人目はしがない家主に。
 商店主が目に入れても痛くないほど可愛がっていた19歳の娘が、ある夜、惨殺される。そこから3人の悲劇が始まる。引き金になったのは、子供のころに起きた、ある事件だった。

 「思うんだ。これは全部夢で、目が覚めたら、またあのときのように俺たちはガキで、遊び回っていたらいいなって」

 正確ではないが、そんな台詞があった。そういいたくなる運命に、3人は落ち込むのである。

 思い出したくもない子供時代の出来事を引きずりながら大人になり、子供を持ってしまった大人たちを襲ったとつぜんの不幸。イーストウッド監督の世界は重く、暗い。だが、重厚である。観客の目を引きつけて放さない。

 夜映画を見るのは、当然晩酌の後である。映画に勢いがないと、途中で眠り込むこともしばしばだ。
 しかし、この2作は、全く眠気を感じなかった。

 イーストウッドを、ハリー・キャラハン刑事のその後と思って眺めると、決定的な間違いをしでかす。彼はいまや、時代を代表する映画監督になった。
 私は、自分の判断を疑わない。

 今日もそろそろ9時である。さて、今日は何を見よう?

 

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