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 2013年3月3日 ピアニスト

 いつもの習慣に従って、昨夜もアカデミー賞受賞作を鑑賞した。

 「戦場のピアニスト」

 まず、データから書きとめておこう。

 2002年に主演男優賞、監督賞、脚色賞を受賞した。それだけでなく、同じ年のカンヌ国際映画祭では晴れのパルム・ドールにも輝いている。
 ちなみに、パルム・ドールとは「黄金のナツメヤシ」のことだそうだ。なんじゃ、そりゃ? と思わないでもないが、ナツメヤシは西洋で、勝利・栄誉の象徴とか。月桂冠以外にも、いろいろあるんだね。
 あ、月桂冠は、あの、それほど美味しくない日本酒ではないので、念のため。
 ま、いずれにしても、欧米が認めた2002年の映画であるわけだ。

 で、である。
 見た印象を一言で言えば、

 「ロマン・ポランスキー監督よ、遊びが過ぎてないか?」

 ポーランドに生きるピアニスト、シュピルマンが主役である。ラジオで生放送される彼のピアノ演奏は人気が高く、初めて会った友人の妹までが憧れの表情で見つめる。まあ、ピアノ演奏の腕前で我が世の春を謳歌していたといってもいい。
 彼はユダヤ人だ。ポーランド、ユダヤ人、と来れば、ここからはナチスが登場するのが定食コースで、やっぱり出て来ちゃう。出て来たドイツ軍はユダヤ人の隔離政策をとり、やがてシュピルマンは家族と引き離され、家族は全員、収容所で殺されてしまった。
 別の収容所に入れられたシュピルマンはしぶとく生きる。収容所の仲間達は密かに武器を集めて叛乱の準備をするのだが、シュピルマンはそれを手伝いはするが、

 「僕はここから出たい。音楽の仲間が助けてくれるはずだ。連絡をつけてくれないか」

 と叛乱グループのリーダーに頼み、計画通りに収容所を抜け出す。

 シュピルマンを迎え入れた音楽仲間は、もちろんユダヤ人ではない。音楽家ではあるが、いまでは地下組織を作り、ナチスに抵抗する兵士達である。彼らは、シュピルマンを温かく迎え入れる。
 ここがだめになりそうなのであちらへ。ここも危ないから次はここ、とシュピルマンは次々に隠れ家を変える。その間、シュピルマンをかくまう仲間達は次々にナチスに摘発されて命を落としていくのだが、シュピルマンは逃げる。ひたすら逃げる。

 最後にナチスの高官に見つかるのだが、その高官はシュピルマンのピアノ演奏を聴いてシュピルマンを見逃してくれる。こうしてシュピルマンは、とうとう戦争を生き延び、平和になったポーランドで、オーケストラを従えてショパンの「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」を演奏、聴衆のやんやの喝采を受けるのであった……。


 って、ねえ。何なの、この男?!

 家族を全員殺されてもしぶとく生き残る。それはまあ、理解できないこともない。
 だけどねえ、収容所の仲間が、適わぬまでもポーランド男の心意気をナチスに見せつけてやると叛乱の準備を重ねているときに、

 「僕はここを出ていきたい」

 それは大目に見ることにしよう。
 でも、収容所を出た後のシュピルマンをかくまってくれたポーランドの男も女も、すべてがナチスへの抵抗運動に携わっている。彼らが自分たちの命をかけてシュピルマンの安全を守り抜こうとするのに、シュピルマンご本人は、全く闘わない。ただ逃げるだけ。逃げて、逃げて、逃げて、最後はピアノ演奏で急場をしのいで。
 それだけの男なのだ。そして、シュピルマンを守った人たちは次々に命をなくしていく。それでも、シュピルマンは自分だけを大切にするのである。
 こんな、守ってもらうだけの男、生き延びる価値ある?

 それに、ドイツ兵の残虐さの描写がすごい。とにかく、ドイツの野郎どもは、平気でユダヤ人を鞭で殴りつけ、競い合うようにユダヤ人から物を奪い、ごく当たり前のこととしてユダヤ人を殺す。

 「ロマン・ポランスキー監督よ。ドイツ人全員を絵に描いたようなサディストとしか描かないなんて、あんた。ヤキが回ったのかい?」

 と思っていたら、最後に登場する高官は、ピアノの音色に酔いしれてシュピルマンを見逃すだけでなく、食料を与え、戦況不利になって自分たちが撤退するときは、

 「寒いだろう」

 と自分のオーバーコートをくれたりする。
 おいおい、ドイツ人って、いったい何なのよ?
 それとも、裕福な家庭で育ち、学歴も高い高官は文化への理解があり、異人種へのやさしさもある。学識も経済力もない野蛮な兵士どもとは人のできが違うのよ、とでもいいたいのか?

 戦争が終わった。シュピルマンは生き抜いた。
 だが、シュピルマンが、命を捨ててまで自分を守り抜いたポーランドの人々、国の政策に従わずに見逃してくれたドイツの高官など、自分を生き延びさせてくれた人々に感謝の一つもしている描写はどこにもない
 あたかも、

 「僕、ピアノがうまいんだから、みんなが命をかけて僕を守るのは当たり前だろう? 僕だっておなかがすいたり、怪我をしたり、それなりに苦労したんだから」

 といってるみたいだ。
 いったい何なんだ、この男?
 いったい何なんだ、この映画?
 いったい何なんだ、こんな映画に賞を出すカンヌ国際映画祭、アカデミー賞ってやつは?

 見終わってしばらくは、分満やるかたなかった。
 が、である。
 しばらくして、ふと思いついたのだ。

 「これって、自称芸術家、自称文化人に対するロマン・ポランスキー監督の皮肉じゃないのか?」

 へっ、芸術家ってんで偉そうな顔をしているあんた。実のところ、あんたはクズだってことに気がつかないのかい? あんたは役立たずだ。ほら、あんた以外の人間は、みんな必至に生きて闘ってる。あんただけだよ、自分は生き延びるのが当たり前の特権階級だって思ってるのは。ホントに偉大なのは、シュピルマンを守り抜いた人々だとは思わないか?
 シュピルマンって、あんたの達の代表なのさ。

 であれば、すごい映画である。
 それに気がついて授章したカンヌ国際映画祭もアカデミー賞もたいしたものだ。

 でも、本当に気がついていたのかな……。
 独自の見方をしてしまう私は、ここで考え込んでしまった……。

 

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