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 2013年6月17日 週末暇なし

 しかし、私の週末は過酷である。とにかく、空いた時間がない。平日は、ひょっとしたら何処のどなたにも負けないぐらい暇なのだが、週末となるとやることが山積みで、

 「ああ、終わった!」

 と一息つくと、もう時計の針は夜中の12時近い。
 どう考えても変な暮らし方である。

 例えば昨日の日曜日。
 目覚めたのは7時半近かった。起きると新聞が待ち構えている。朝日、毎日、読売、日経、東京、上毛。これだけあると、ざっと目をっとしても結構時間が取られる。
 新聞をながめながら朝食を済ます。テレビではフジテレビの「スタジオ2001」が放映中だ。なーにこんなもの、いまや電波芸者と化した経営者や学者、シンクタンクに所属する連中、時には政治家が、好き勝手な放言を重ねているだけの番組に過ぎぬ。新聞をながめながら、食事を口に運びながら、ふと気になる一言があったときに注意を向ければ済む。

 朝の一連の儀式を済まし、昨朝の私は、庭の草取りを思い起こした。庭の一隅に花壇らしきものがあり、そこに雑草が伸びている。それを抜こうというのだ。前夜来の雨で土は湿っている。格好の雑草抜き日和である。

 とはいえ、腰に問題を抱える身だ。そこに配慮しつつでないと、作業を終えたあとでひどい目にあう。
 まず、コールマンのチェアを取り出す。確か1280円で買ってきたものである。座面が地上20cmほどであり、庭で作業するにはもってこいだ。

 こいつを花壇らしき場所の前に設置してやおら腰を下ろす。両手に軍手、道具は潮干狩りに使うような小さな熊手。こいつで雑草を根こそぎしようという魂胆である。

 が、焦ってはならない。いくら腰の低い椅子に座ってみても、雑草を抜くとなるとさらに腰を曲げねばならぬ。これがいけないのだ、腰に。

 「これぐらい深く曲げても反抗しない?」

 まず、我が腰にそうお伺いを立てずに作業を始めるととんでもないことになる。庭は綺麗になったが、我が身は寝付いてしまった、では格好がつかない。64歳の色事師はそう考える。

 腰をひねるもの考え物だ。立ち上がってチェアを動かすのが面倒なものだから、ついつい、腰をひねって手の届く限りの草を抜こうとするものだが、

 「安堂さん、あなたの腰、ひねるのが一番いけない。そんな運動はやめて下さい」

 とは我が掛かり付けの整形外科医の言である。守らざるを得ない。

 小1時間で、花壇らしきところの雑草は抜き終えた。が、庭での作業はまだ終わらぬ。せっかく始めたのだもの、きちんとしなきゃ、ということで、次はジョーロに除草剤を充たし、庭や玄関先、駐車場の回りで育ち始めた雑草に振りかける。

 「あのね、君たち、もう少し場所柄をわきまえて生えてきたらどう? ここは迷惑なの」

 ってなものである。

 終えてシャワー。作業でかいた汗を流し落とすためだ。首の左右に激しいかゆみ。作業中に蚊に食われたらしい。そんな季節である。

 終えて、次は買い物。そう、我が家の買い出しは私の仕事である。妻殿は、半紙に必要な物をメモされるだけ。

 「では、行ってくる」

 半紙を受け取った私は、車上の人となる。
 そういえば、先頃までは、半紙と一緒に現金を渡されたものだが、最近渡されるのは半紙のみだ。ん、どうやって買い物するの?
 ま、我が家は財政が一本化している。収入は会社からの雀の涙ほどの、つまり額面で月額16万円の給金と、あとは年金のみだ。すべて私の働きによるものである。もともと妻女殿が持っている現金もこの中から出ているわけだし、ま、買い物のたびに渡されなくてもどうでもいいのだが。
 要は気分の問題である。

 戻って、中学数学。1問やったところで昼食。

 現在、中学数学は確率、統計まで進んだ。確率というのは場合の数を数え、その中である一定の条件にあったことが起きる割合を計算するのだが、これ、計算しながら、何となく落ち着かない。
 
 「これだけしかなかったっけ?」

 という残尿感が常につきまとう。問題によっては、ツリーを書いて、起きるすべてのケースを書き出さねばならないものまである。
 数学は、もっとこう、スパッと行きたい。確率は、私の性格に合わない分野である。
 統計? 知らない言葉が沢山出て来る。そのたびに、言葉の意味を調べないと解けない。言葉の意味が分かってしまうと、なんということもないのだが。

 食事を終えても問題に取り組み、ふと時計を見ると、もう午後3時ではないか。中学生向けの数学にこれほど手間取るとは、私はたいしたものではない。

 「おう、ギターの時間がなくなるぜ!」

 まずチューニングし、直ちに運指練習に入る。このところ毎日続けている基礎練習である。左手の人差し指から小指までが自由に動くよう、

 「1,2,3,4」

 「2、4,1,3」

 などと唱えながら繰り返す。最近は割とうまくなった。これも練習の成果である。

 終えて、練習曲。軽くTears in Heavenをかまして(ね、ね、読んでくれた? 「Tears in Heaven」を「軽く」だぜ!)、次に押尾コータローの「黄昏」。何とか全曲を演奏できるようになった。といっても、多くの場所でひっかかる。スーッと行きたいのに、ス、ドコドコ、スッ、テンテン、などと随所でひっかかってしまう。
 ま、ギターを弾いてお金をいただいている暮らしではない。間違おうと、ひっかかろうと、何の問題もない。要は、私が楽しめばいいのである。

 間に、「天国への階段」、「Hey,Hey」、「Layla」など。
 ふと時計を見ると、もう5時半だ。風呂の時間である。

 あがってビールを飲みながら「八重の桜」。私は大河ドラマをBSで見る。薩長連合はとうとう二本松まで攻め込み、国土防衛に立ち上がった少年戦士たちが銃弾に倒れる。

 高校までの歴史では、明治維新が日本を開化させたと教わったが、さて、この薩長連合の暴虐ぶりはどうだ。歴史のコマを一歩進めるには、少年の血まで流さねばならないのか。これは語り継がねばならない裏面史である。
 飲みながら、つまみながら、流れ落ち始めた涙を拭きながら、そういえば、今の首相も山口、つまり長州であったことを思う。
 歴史は常に、勝者の歴史ではある。だが、その裏の出来事を知らねば、人間は深まらない。
 会津、二本松に行ってみたい、と最近思う。行くと、大河ドラマに毒された観光地にがっかりするのかもsれないが。

 食事を終えて、一考。

 「今日も日誌を書くか?」

 今月は15日までに、すでに7本書いている。2日に1本である。

 「だったら、ま、今日はいいか」

 テレビの前に座り込み、映画鑑賞。

 「アビス」

 171分もある大作で、早々とテレビの前に座れる日でないと見られない。

 つまらぬSFであった。
 よせばいいのに、人類が核爆弾を持ったことを、軽ーく、批判するものだから、

 「おいおい、核問題っていうのは、そんなに軽く批判するものではない。映画の彩りとして核問題を取り入れて批判的なポーズをとるって、大変に犯罪的なことであるのが分からないのか?!」

 とお説教の一つもたれたくなってしまう駄作であった。

 終えて、歯を磨き、布団に入る。

 ね、とにかく忙しいでしょ? 時間内でしょ?
 平日は、

 「今日は何をしようか?」

 と考え込むほどに暇なのに。
 逆転の暮らしを続ける安堂がお送りしました。

 

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