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 2013年7月15日 モテ期

 というものがあるという。
 私が初めて実感したのは、大学3年、結婚を決めてすぐのことであった。大げさに言えば、我が暮らしは女で溢れた

 私の住む博多まで遊びに来るという女性が、その時沢山いた。いま妻女殿となったのも、その一人である。
 旅の途中、山口県岩国市の喫茶店で2週間ほど滞在したときに知り合った女の子たちである。私の方には下心はあっても恋愛感情はなかった。今の妻女殿を含めて全員が同じ条件であった。
 であっ
ても、来たいという女性に向かって、来るなという冷たさは、私の所持せぬところである。あとになってそれで大変な思いをしたことがあるが、それは別の話。

 何しろ、今思えば1週間ごとぐらいに女性が我が部屋を訪れた。泊まっていくという女性が現れれば、

 「では」

 と部屋を明け渡し、同じ下宿に住む知人、友人の部屋に泊めてもらった。下心はあっても、危機管理にも細心の注意を払うのが私である。
 さて、そのような女性の数は、いま指を折れば片手では足りないほどだ。ただし、この数には見えも含まれていることをお断りしておく。勢いよく筆が滑り出したのに、

 「2,3本」

 というわけには行かない事情をご推察いただきたい。

 うち一人は、私が結婚を決めたことを告げると、顔色が変わった。私の部屋で一泊した彼女を、翌日博多駅まで送った。ホームまで見送ると、ポロポロ涙まで流すではないか。
 恋愛感情はなくとも、胸がキュンとすることはある。やむなく、なのか、喜び勇んでなのかはともかく、列車のデッキに立った彼女の唇に、羽根が触れあうほどの軽い口づけをした。
 淡い青春の思い出である。

 後に彼女は我が友人と結婚し、その友人は

 「安堂さん、手を出しちゃだめだからね」

 といきりたっていたのに、何故か彼らは数年後離婚した。男女の関係は一筋縄ではいかないものである。

 だがそこまでは、まだ私がモテ期にあることを自覚しないままだった。
 モテ期にある。私に自覚させたのは、初めて会った女性であった。

 我が友人に、全く女っ気がない男がいた。何とかせねば。夏休みにアルバイトをした工務店の娘に

 「おい、君の友だちでいいのはいないか?」

 と聞くと、いるという。そんなわけで、この娘、その友人と4人で酒を飲んだ。
 私は開けっぴろげである。席について飲み始めると間もなく、婚約状態にあることを公言した。すると、その直後から、この新たに我が人生に登場した女性の飲み方が変わった。
 ウイスキーの水割りを、まるでウイスキー抜きの水割りであるかのごとく痛飲し始めた。あまりの飲みっぷりの良さに唖然とし、やがて心配になって

 「少しペースを落としたら」

 と忠告しても

 「放っといて」

 ととりあわない。あれよあれよという間に出来上がってしまった。そうなれば、あとはお決まりのコースである。
 彼女はトイレに駆け込んだ。そのまま、なかなか出てこない。

 「おい、お前、行ってみてきてやれよ」

 その日の主役であるべき我が友人に、私はアドバイスをした。飲み過ぎた女を介抱するのはその日のヒーローの役目である。
 なのに、彼はすぐにトイレから出てきた。

 「俺じゃだめなんだってさ。あんた、行ってやってよ」

 やむなく、私が代わってトイレに行く。すると、べろべろになった彼女は、何故か私にしなだれかかるのである。

 「ん? 何だこりゃ?」

 ではあるが、若く見目麗しい(確かに美しい女性であった)女性にしなだれかかられるのは、つまり、しなだれかかられるということは、体のあちこちが密着することであって、女性の体が描く美しい曲線、肌の柔らかさ、肌触りの良さを全身で受け止めることであって、これはいい悪いを超越した至福であることも事実である。

 至福を全身で感じながら、でも、婚約した身であることを自覚しながら、加えて、この修羅場を何とかしなければならないことも計算しながら、やがて私は、彼女を抱きかかえるようにしてトイレを出て席に戻った。彼女、吐き気は治まったというが、これ以上の時間を飲み屋で過ごすことは不可能である。

 「おい、この娘、いつもこんなに酒癖が悪いのか?」

 工務店の娘に聞いた。

 「この人がこんなになるの、初めてよ」

 「そうか。でも、これ以上は無理だよな。送って行かなきゃ帰れないよな」

 工務店の娘も同意した。
 で、店を出た。払いは我が友人である。そりゃあそうだろ。結果はどうあれ、今日はこいつのための飲み会だったのである。

 「タクシーじゃなきゃ帰れないよな」

 で、送っていった。近くまで行ってタクシーを降りた。タクシー代も、友人の支払いであることはいうまでもない。とにかく、彼のために開かれた飲み会なのだ。

 肌寒い季節だった。タクシーを降りると、べろんべろんになった彼女は小刻みに震え始めた。

 「おい、寒いみたいだからさ、お前、ちょっと軽く抱きしめて暖めてやれよ」

 主役であるはずの彼にいった。

 「いいのかな?」

 「いいも悪いも、彼女震えてるじゃないか。何とかしてやるのが男だろ」


 なあ、お前、これが最後のチャンスなんだからさあ。
 彼は彼女にそばに行き、怖ず怖ずと抱きしめていた。と思う間もなく、彼は私のそばに来ると、いった。

 「俺じゃいやなんだってさ。あんたがいいって。行って抱いてやれよ」

 再び、至福の時が私に訪れた……。

 若き日の、あとになって自覚した私のモテ期の話である。


 で、なんで今日、こんなに古い話を持ち出すか。

 本日、無事横浜から戻ってきた。瑛汰は今回も、私が去ると大泣きしたらしい。
 私が戻り支度を始めると、

 「ボス、将棋やろ。ボスが勝ったら帰っていいけど、瑛汰が勝ったらもう一回将棋をするんだよ。ボスは勝つまで帰っちゃいけないんだよ」

 そうして将棋が始まった。1局目、私が勝った。

 「あ、いまの、やりなおし。今度が本気だよ」

 また私が勝った。瑛汰の顔が曇った。それでも、私の前でなき顔は見せなかったが。
 で、一方の璃子は、クールである。いる間は、

 「あのね、璃子たんね、ボスがだーい好き」

 とまとわりついていたのに、私が帰るというと、

 「バイバイ、またね」

 女はクールである。冷たさが璃子だけの特性でないことは、重々思い知らされた64歳が私である。

 と思っていたら、午後7時過ぎ、璃子から電話が来た。

 「あのね、璃子たんね、ボスのところに遊びに行くからね」

 ほほう、璃子にも可愛いところがあるじゃないか。
 そう思っていたら、今度は四日市の嵩悟から電話だ。

 「こんばんわ。嵩悟よ」

 「おお、嵩悟か。こんばんわ。どうした?」

 「あのね、嵩悟ね、トミカ買ってもらった。ママに」


 「そうか、トミカ買ってもらったのか。よかったね。嵩悟、トミカが好きなのか。じゃあ、ボスのところに来たらトミカを買いに行って遊ぼうか」

 「うん、遊ぼうね」


 そんな会話を交わして電話を切った。
 数分後、また嵩悟から電話だ。

 「どうした?」

 「あのね、お休み」


 そうか、お休みの挨拶をしなかったのが心残りだったか。そのために電話をかけ直したか。

 「うん、お休み。いっぱい寝ると大ききなるからね」

 何か返事があるはずなのに、答えがない。しばらく待っていると、電話の向こうから長女の声が聞こえてきた。

 「嵩ちゃん、どうしたの? ボスとお話ししながらどうして泣いてるの?

 泣いている? 嵩悟が? 別に泣かせた記憶はないぞ?!
 嵩悟は突然、ボス恋しさが募ったか。20日すぎには桐生に来るはずだが。

 というわけである。
 どうやら私は今、第2のモテ期にいる。
 ホットな瑛汰に、クールな璃子、それに嵩悟までが加わった。
 啓樹は

 「ボスはずるい」

 と徴発して私を四日市に呼び寄せる知能犯である。それも私に逢いたいがためである。

 第2のモテ期。
 4人が誘い水になり、妙齢の美女が流れに加わることを望みつつ、本日はペンを置く。

 

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