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 2013年7月24日 夏休み

 私は明日から夏休みを取る。
 というか、すでに夏休み体制には入っている。明日からは、正式に夏休みを取るというにすぎない。

 実質的な夏休み体制。これはやむを得ないものである。なにしろ、22日昼過ぎに、四日市の啓樹一家が到着した。啓樹がいて嵩悟がいる。仕事などしているゆとりはない。

 22日はまず、到着直後の2人を連れて太田市のトイザらスを訪れた。まあ、何しろ四日市である。年に何度も顔を合わせるなんてできっこない。機会が少ないのであれば、顔を合わせたときに精一杯恩を売っておかねばならない。

 啓樹は、カートリッジ交換型の水鉄砲を買い求めた。
 嵩悟は

 「トミカが欲しい」

 といっていたはずなのに、トイザらスに着くとトミカのミニカーには全く関心を払わず。その反対の棚にあった機関車トーマスのプラレールにご執心だった。これもお買い上げとなった。

 ふと目にして、私が買おうと思ったものが2つある。光線式の拳銃で、これを持って撃ち合いをする。拳銃の一部にある受光部を打ち抜かれるとけたたましい音と振動が発生するという玩具があった。拳銃とは、手にすると誰かを狙ってみたくなるものである。この玩具なら、怪我を気にせずに撃ち合いができる。
 買った。

 もうひとつは、ちっちゃな魚だった。これに電池を入れて水の中に放つと、本物の魚まがいの泳ぎを披露するとあった。これにも心が引かれた。

 「啓樹、やっぱりファインディング・ニモがいいよな」

 と啓樹を説得し、カクレクマノミの玩具を買った。そう、ニモ君は、実はカクレクマノミというちっちゃな魚なのである。これ、知ってた?
 そのカクレクマノミは、桐生市の桐生が岡動物園にあるしけた水族館にもいる。ファインディング・ニモをアニメで見た私は、ここで実物を見、

 「ちっちぇえ!」

 と思わず声を上げてしまった。

 それはともかくとして、それに花火を加え、とりあえず買い物は終わった。

 我が家に戻り、嵩悟は早速プラレールで遊ぶ。一方の啓樹は、トランジスタラジオの組み立てに入った。先日四日市に遊びに行った帰り、名古屋まで送ってくれた啓樹たちと本屋を歩いていて発見、買い求めていたキットである。啓樹宅には半田ごてがないとのことなので、私が桐生に持ち帰って保管していた。それを組み立てるのである。

 啓樹、3年生にして初めて半田ごてを持つ。

 「啓樹、半田ごてが先。半田付けする両方の金属に半田ごてを当てて、充分暑くなったtころで半田をくっつけてやると、ほら、こんなに切れに半田付けができるだろう」

 1カ所だけやって見せ、あとは啓樹に任せた。抵抗の抵抗値を読んで正確に必要箇所に半田付けする。終わるとコンデンサ、トランジスタ……、とパーツを基盤に取り付ける。ここいらは、クリスキットの組み立てて鍛えた腕の見せ所、というか、その腕を使って小学3年生を指導する腕の見せ所である。
 啓樹は2度、半田ごてで自分の親指を熱した。ま、小さな怪我は大きな怪我の予防薬である。それも経験だ。

 その日、私は夜に飲み会があった。組み立て作業途中で家を出て、戻ったのは10時頃。すでに嵩悟、啓樹だけでなく、全員が寝ていた。
 我が家は早寝の家系らしい。

 翌23日は、朝からラジオの組み立てを続けつつ、でも、9時半過ぎに桐生が岡遊園地へ。
 先頃、瑛汰と璃子を連れて行ったら、璃子がこの上なく喜んだ。

 「そうか、しけた遊園地ではあるが、アラス(around threeです。つまり3歳前後のこと)には身の丈に合っているのか」

 そう思い、嵩悟と啓樹を連れて行った。
 確かに嵩悟は喜んだ。一番喜んだのは、乗って動くパンダさんであった。これ、50円。次いで喜んだのは、ヘリコプター。バーにつながれたヘリコプターが回転しながら上下するだけだが、その上下感がいいらしい。kれ、子供100円、大人200円。

 おえてアスカで嵩悟の好きなクッキーを買い、帰宅。戻れば、ラジオ組み立ての続きが待っている。

 ねえ、どう考えても仕事をする暇なんかないでしょ?

 結果からいえば、ラジオの組み立ては私のミスで失敗。私が部品を間違って取り付けたのが原因で、

 「啓樹、御免」

 と謝ったのはいうまでもない。私が買い与えたものではあるが、謝罪するのは当然である。

 で、ラジオで失敗した我々は、その日届いたタミヤの工作パーツでリモコンカーの製作に取りかかった。モーターを2個搭載し、前進後退はもちろん、ハンドル操作もリモコンででき、しかも、すべてを組み立てねばならぬという難物で、基本は啓樹に任せたが、やはり3年生ではどう考えても無理という作業もあり、そこは主に啓樹のパパが取り組んだ。
 
 「ん、電池を入れても動かないぞ」

 という状態を放置したまま、夕食は鰻のこんどう。戻って啓樹、嵩悟と入浴し、2人を寝かしつけたあと、啓樹のパパは動かぬリモコンカーと格闘、

 「ギヤの組み合わせがうまく行ってないですね」

 とあちこちさわり、

 「動きました」

 啓樹の夏休みの工作。本来はトランジスタラジオを提出する予定だったらしいが、急遽リモコンカーに取り替え。といっても、まだギヤもハンドル操作部分もモーターもむき出しのまま故、

 「啓樹、四日市に帰ったら、ボディをデザインして作り、この上にのっけな。格好いいヤツをな」

 一家は今日昼過ぎ、横浜の次女の元へ。明日は2家族でディズニーランドに行くらしい。


 で、実は私も、明日横浜へ行く。
 26日、啓樹と瑛汰を引き連れ、九州のお袋の元へ行く。お袋もすでに91歳。ますます頑固になり、あちこち痛いといいながら、でも元気ではあるようだ。とはいえ、いつお迎えが来てもおかしくない年齢でもある。

 「生きてるうちに、ひ孫を見せてやるか」

 とふと思い立った。
 あわせて、啓樹と瑛汰に阿蘇の雄大な景色を見せてやりたい。阿蘇の草千里で馬に乗せてやろう。
 というわけで、私は明日夕刻横浜に行き、この日は原宿の「小菊」で知人と会食。翌26日午前9時の飛行機で福岡空港に向かう。
 空港でレンタカーを借り、大牟田でお袋と弟嫁を拾って阿蘇へ。ホテルに一泊して啓樹と瑛汰を遊ばせ、27日に大牟田へ。翌28日は福岡で2人に買い物をさせる。

 「啓樹、嵩悟とパパとママにお土産を買いなさい。瑛汰は璃子とパパとママにお土産を買いなさい。何がいいか、一生懸命に考えるんだぞ」

 土産とは、義理だけで持って帰る物ではない。お土産を渡したときの相手の笑顔を想像しながら選ぶ物である。それを2人に教えたい。これは社会科の勉強である。

 というわけで、私が桐生に戻るのは29日になる。再び、しばらく日誌が書けなくなる。

 お許しいただきたい。

 しかし、民主党。どうでもいいけど、政党というより、グループとしての体がなってないね。
 菅が自分からやめるのか、除籍処分とするのか。周りから見ればどうでもいい内紛で、報道する価値があるのかどうか疑問だが、メディアは律儀に報じてくださる。
 報じられれば報じられるほど、民主党のくだらなさばかりが目につく。あんな連中に期待を持った自分がいたことが、今となっては恥ずかしい。早く融けてなくなってくれないか。

 ではまた。  

 

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