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 2013年11月6日 食い物

 ここは渋谷である。
 町のつくりは、博多の、西鉄大牟田線福岡駅から少し南に行ったガード下、のような気もする。そんな気もするのだが、いや、ここは渋谷だ。何故か私はそう信じ込んでおり、

 「ひょっとして博多?」

 と考えたがる己を叱りつけたりもする。

 「バカ野郎! ここが渋谷であることは自明の理ではないか」

 とそういわれればそんな気もしてくる。
 目指すのは、掘っ立て小屋をいくつにも区切り、通路まで造ってある一部である。いや、ひょっとしたら地下なのかも知れない。
 分かり難い曲がりくねった迷路のような通路を歩き、最後に右に曲がると、ラーメン屋がある。
 ここのラーメンが飛びきり美味い。全国何処のラーメン屋に比べても、このラーメンの方が遥かに美味い。

 だから、飲んでいい気分になるとこのラーメン屋を目指すのだが、何せ迷路のような通路をたどらねばたどり着かない店である。しかも、こっちは酔っている。うまく行き着けるかどうかは、運次第だ。

 「えーっと、ここを確か右に曲がるんだよな。ん? こんな風景見たことがないぞ。間違ったか?」

 何度もそんなことを繰り返した私である。この角を曲がらずに真っ直ぐ進めば、確か右側におでんの店があったんだよな、あれ、ないジャン。おでん屋、つぶれた?

 どういうわけか、何度もそんな夢を見てきた。さて、見始めたのは30代だったか、40を過ぎてからか。
 記憶しておく必要もない夢なので、いつしか忘れ去る。だが、また同じ迷路を迷い歩く夢を見る。そしてまた忘れる。
 思い返してみれば、この風景は最も数多く私の夢に現れたものだ。そして、何故か連れはいない。いつも、ひとりぼっちで曲がりくねった通路を千鳥足で歩く。やっとたどり着いたところで目が覚めたことも数え切れない。

 昨夜、なのか今朝なのか。
 最新の夢では、無事この店にたどり着いた。
 たどり着くと、意外な人物がスニーカーを履き、Tシャツに前垂れ姿で立っていた。

 「えっ、PANTA、何で君がラーメン店の店員なの?」

 PANTAとは伝説のロック・バンド、頭脳警察を率いた、いや、またカムバックしたから率いている、あのPANTAである。
 だが、このPANTA、ちっとも老けていない。いまのPANTAはシワが目立ち、

 「ああ、一緒に歳をとってきたなあ」

 と思えるのだけど、ラーメン店で働くPANTAはシワ1つなく、20代のPANTAである。

 しかも、だ。
 友人のはずなのに、いや、少なくとも知人のはずなのに、このPANTAは、私が声をかけても振り向きもしない。知らんぷりである。
 おいおい、何をお高く止まってンだよ!

 気分を害しながら店に入る。混んでる。でも、まるで私を待っていたかのように、見目麗しい美女がテーブルに座り、私を見つめているではないか。

 「おっ、久しぶり。○○ちゃん、最近どうしてる?」

 「安堂さんこそ久しぶりじゃない。会いたかった〜」

 いまにも私にかぶりつかんばかりのはしゃぎようだ。よし、そっちがその気ならこっちだって……。
 待てよ、俺、この女と知り合いだっけ?

 さて、私と彼女がどうなったか、何をしたか。
 読んでいるあなただけでなく、私も気になって仕方がないのだが、何故か

 「ああ、夢か。まあ、そうだろうな」

 と私は思ってしまう。いまの私に、そんないいことが起きるわけがない。
 枕元のiPhoneを起動すると、午前6時43分である。あのあと、どうなったのかなあ……。

 ああ、もう朝か。そういえば、今日もラーメン、食わなかったなあ。
 考えてみれば、このラーメン屋でラーメンを食った記憶がない。なのに、何故このラーメン屋が、世界で一番美味いラーメンを出すって、俺が知ってるんだろう?


 あっちこっちで、食品偽装事件が起きている。
 メニューや品書きでは、いかにも高級な素材を使っているように書いてあるのに、その実、産地も等級も、あるいは種類すら違っている食材が使われていた。
 次々と頭を下げるのは、これまで

 一流の味

 を売り物にしてきたところの責任者ばかりである。

 メディアは、偉そうな顔をしてきた連中がドツボにはまるのが大好きだ。やれ、そこのホテルの社長が頭を下げた、こっちは辞任した、と書き連ねる。

 が、だ。私は少なからぬ違和感を憶える。
 だって、この事件、高い金を出して食った人が、

 「これ、素材が違うんじゃないのか?」

 とクレームをつけたから発覚したものではない。私の記憶では、厨房にいた従業員が告白したのがきっかけである(だったよね?=ここ、余り自信がない……)。
 つまり、高い金を出して口に入れた連中は、

 「ああ、やっぱり高い金を取るだけのことはある」

 と満足していたわけだ。
 ひょっとしたら、鬼の首を取ったような原稿を書いているメディアの連中も、その偽装食品を出していた店で食ったことがあるんじゃないの? 食って、気がつかなかったのか?

 だったら、何が問題なんだろう?
 だって、食ったんだろ? 美味かったんだろ? 
 だったら、車エビのはずがブラックタイガーであっても、地鶏が何処にでもいる鶏であっても、ステーキが接着剤でくっつけられたクズ肉であってもいいではないか。むしろ、劣った素材を美味く食べさせる技量を持った料理人に敬意を払うべきではないか?

 というのは極論かも知れぬ。
 が、人間の味覚とは、その程度のものである。
 被害を受けたと言われる数千人の方々は、己の味覚を疑われた方がよろしい。

 かつて「グルメらかす」の監修をしてくれた我が畏友カルロスはいった。

 「自分で味が分かるヤツは2割。残りの8割は人が言うことを鵜呑みにしてるだけ」

 つまり、今回の偽装食品を食べた連中は、8割に属していたと見られる。8割とは、財布から出した金銭と味は正比例すると信じ込んでいる方々である。
 だとすれば、安い素材を使って高い金を取ってやることは、彼らのためでもある。同じものを10分の1の価格で出したら、きっと

 「ああ、安物はやっぱりこの程度の味か」

 というに決まっているのだから。

 そもそも外食産業では、素材にかける費用は売値の2割前後である。それを超えると採算を取るのが難しい。都会の一等地にある店なら、さらに素材の費用を引き下げないと、土地代を含めた店舗費用が出ない。

 まあこの際、素材の価格を3割と見よう。とすると、5000円のステーキに使われている肉は1500円である。いや、ステーキとはいっても、ソースもかかっていれば(私は塩、胡椒だけが一番美味いと思うが)、付け合わせの野菜もある。セットメニューなら、ライスやパン、スープにサラダ、デザートにコーヒーもついていよう。とすれば、せいぜい、肉の仕入れ価格は1000円。
 
 私の経験上、ステーキにして美味い肉は、1人前1000円以上である。それを下回る肉は、どう焼いても肉の味がしない。1000円を超せば、きちんと肉汁が舌を喜ばせる。それ以上になれば、舌の歓びは増す。
 つまり、レストランで5000円のステーキは、自宅で焼く1000円の肉と同じである。差額の4000円は、その場でもてなされるサービスと、

 「私はこれだけの金を出して飯が食える」

 という見栄に支払うものである。
 そんな無駄な金、私の財布には入っていない。

 といいながら、一連のニュースで最も笑ったのは、小さな海老はすべて芝エビと呼ぶのが中華業界の常識、という事実だった。
 おいおい、ちょっと待て。そりゃあ、業界仲間でどう呼ぼうと構わないよ。だけど、客は芝エビは芝エビと思っているし、そもそも、芝エビって高いんだと思い込んでる。
 業界の常識は世間の非常識、はよくある話だが、市場に価格の安いものと高いものがあり、業界内では両方を同じ呼び方をしているからと、

 世間では高い方を指し示す名前で、世間しか知らない客に安い方をに出す

 のは、やっぱ、犯罪じゃないか?

 陳建一が会長を務める日本中国料理協会が、そのような呼び方の根源らしい。事件後、慌てて、本来の芝エビを使っていなければ芝エビの表示はしない、と会員に通達したらしい。
 ふむ、これまでは自分の見せでも、小さな海老を芝エビと表示していたに違いない陳建一が今年、黄綬褒章を受けた。こんなに笑える話はない。この人、料理人ではなくコメディアンか?

 そういえば、六本木にある彼の店にもいったことがあるが、感心するほどの味ではなかった。中華なら、川崎の「松の樹」の味が、遥かに上である。
 その程度だから、ま、いいか。


 という私の味覚も、一度も食べたことがないラーメンを

 世界一

 と認定してしまう程度の味覚しか持ち合わせていない。
 余り人のことはいえないのかも知れないが……。

 

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