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 2013年11月12日 寒みぃ〜!

 本日のタイトル、日本語の表記法としては誤りである。が、だ。今日の寒さを表現するには、こんな書き方しかなかろうと、あえてこう書いた。

 というほど、寒かった。
 それなのに、どういう星の巡り合わせか、外での仕事があった。

 この寒さに備えて、我が家は昨日、床暖房に点火した。
 灯油を使い、温めた水を床の舌に循環(多分)させる床暖である。一度火を入れたら、春になって暖房が不要なる前で消すなといわれている代物だ。
 今年は例年になく早めの火入れだから、暖房費もかさむはずである。が、高齢者夫婦、冷えで病に捉えられるよりましである。というのが、私の判断である。

 なので、家の中は寒くない。
 と、頭では分かっているのだが、その勢いで外に出ると、すぐに車に乗ることも手伝って外気温の低さに気がつかぬまま行動してしまう。季節の変わり目に、起きるべくして起きることである。

 で、現場に着いた。

 「あれ、あの女性、ダウンコートを着てる。何やってんだよ、まだ11月だぜ。いくら何でも大げさだろう」

 最初はゆとりがあった。
 が、徐々に人が集まり始めると、なんか、みんなそれなりの防寒対策をしている。
 最初に現れた同業者は、ダウンジャケットを纏っていた。

 「何だよ、11月に。ジジイ臭いぞ!」

 2人目の同業者はスーツ姿だった。それはいい。が、首の周りにきっちりと、松井ニットのマフラーを巻いている。

 ……。

 一方、我が身を省みれば、ベストは着込んでいるというものの、単なるジャケット姿だ。マフラーを考えなかったわけではないが、

 「まだ11月前半だぜ」

 と思うと、何となく早すぎる気がして、それもない。
 要は、初秋の身なり、寒さに無防備なままなのであった。

 それでも、10分か15分はそれで良かった。本を読むゆとりもあった。
 が、だ。
 風が吹く。日がかげる。

 「安堂さん、寒いね」

 防寒用のブルゾンを着込んだ知り合いが声をかける。
 うん、確かに寒い。寒いのだが、私はこれしか身につけるものがない……。

 吹きっさらしに身を置くこと、約1時間半。

 やっと仕事が終わった私を待っていたのは

 「おい、腰が叛乱を起こしかけてるぜ!」

 冷えは腰に悪い。悪い腰にはなお悪い。

 夕刻、早めに風呂に入り、じっくり暖めた。
 いつものように薬を服用した。
 久しぶりに湿布を貼った。

 それでも、我が腰のは、まだ文句を言っている。

 「おい、ダウンジャケットを出しておいてくれ」

 と、我が妻殿にお願いする私であった。

 おい、地球よ、本当に温暖化しているのかね?


 「『兵士』になれなかった三島由紀夫」(杉山隆男著、小学館文庫)

 を読んだ。

 作家、三島由紀夫が、自ら組織した「楯の会」の会員とともに東京・市ヶ谷の自衛隊市ヶ谷駐屯地に押し入り、バルコニーからクーデターを呼びかけるアジ演説をしたあと、切腹という、時代錯誤ともいわれかねない方法で自ら命を絶ったのは、1970年11月25日のことである。

 当時、私は大学生。一部の左翼学生や言論人には大きな衝撃を与えたようで、三島の自死を解読しようという雑文が、当時は横行したものである。

 左翼学生の尻尾のあたりにいた私は、だが、全く衝撃を受けなかった。元々感受性が鈍いこともある。加えて、己の死で世を動かそうという発想が、まるで理解できなかった。
 だって、死んでしまったら、世の中が変わるかどうか、見極めることが出来ないではないか。世を変えようと思うのなら、生きて、徹底的に生きて、世の行く末を見据えるしかないではないか。

 生きとってナンボ

 の世界であるとしか、私には思えないのである。

 あれから43年近い。現状を見るかぎり、三島の死は無意味であったというしかない。
 もっとも、意味のある死、などというものはそれほどないものではあるが。

 もう、三島由紀夫を思い出す人もそれほど多くはあるまい。
 それなのに、なぜこの本を手に取ったのか。

 実は、テーマの三島より、書き手である杉山隆男の方に私は感心がある。

 読売新聞記者を辞めたあと、彼は自衛隊ライター、とでもいうべきものになった。憲法違反の自衛隊、としてずっと日陰に置かれ続けた自衛隊にまともに視線を向けるライターなど皆無のうちから、彼は何故か自衛隊に密着、ルポを書いてきた。つまり杉山隆男とは、インテリとは左翼でなければならなかった時代に決然と背を向け、荒っぽい分け方をすれば、インテリ右翼、右翼ライターの道を選んだ、変わり者、よくいえば硬骨漢である。

 先にも書いたが、私は左翼学生の尻尾の方にいた人間である。それが、何故、本来なら敵陣営の一翼にいる杉山の本に手を伸ばしたのか、今となっては判然としない。
 国家権力の具体的暴力装置である自衛隊を、少しでも知っておかねば、とでも考えたのか。

 最初に読んだのは
 
 「兵士に聞け」
 
 であった。
 日陰者と自覚せざるを得ない自衛隊員たちは、何を思って日々の過酷な訓練をこなすのか。紛争地のPKO(国連平和維持活動)に駆り出される彼らは、自分の仕事をどう考えているのか。
 もうかなり前に読んだ本である。詳細はほとんど記憶にない。が、1つだけ記憶に残ることがある。
 私はこの本で、滂沱の涙を流したのである。
 
 仕事とは、生活の資さえ稼ぐことが出来ればいい、というものではない。
 始まりはそうであっても、人間とは、自分は何故この仕事をするのか、それは自分にとって、社会にとって何の意味があるのか、と何度となく考えてしまう生きものだ。途中で挫折して、

 「いいじゃん、飯が食えて楽しければ」

 と己を甘やかす輩も、最初から

 「より多くの金を得ること。それしかないじゃないか」

 とうそぶく者もいる。
 だが、本当にそうなのか? 偽悪家ぶる行動の背景には、深い絶望があるのではないか?

 というのは、どうでもいいとして。

 私はこの本で、世間から後ろ指を指される自分の仕事と向かい合い、それでも自分が自衛隊にいることの意味を探る隊員たちの真摯さにうたれてしまった。

 「ああ、これほどまでに自分を追いつめ、自分の生きる意味を追い求める人間が、どれほどいるか」

 彼らの姿が限りなく美しく思え、比べて自分を恥じ入った。
 以来、時に触れて、杉山隆男の本を読むのである。

 三島由紀夫もその1冊であったに過ぎない。
 が、だ。読んで、なるほど、と頷いてしまった。

 かつて三島の死を論じた頭でっかちたちは、自分の頭がでっかい分だけ、三島の頭もでっかかったのだ、という前提で論じていた。要は、すべてが頭の中の出来事で、体はたまたまそのために使われたに過ぎない。
 いや、私はすべての三島論に目を通したという気はない。それに、読んだのも遥かに昔のことだ。誰が何を書いていたかなんて、当然忘却の彼方にある。
 が、観念的に論じられていた、という印象が残っている。

 杉山は、肉体から三島を解剖した。
 頭脳明晰だが小柄。それが、長じてボディビルにふけるようになり、三島の上半身は、筋肉の割れ目が見えるほど鍛え上げられていた。

 その三島が、自衛隊に体験入隊する。杉山は、その時三島と時間をともにした元自衛隊員たちを執拗に取材した。

 三島は、鏡の前に行くと、周りに誰がいようと、必ずポーズをとった。いわゆるボディビルのポーズである。筋肉が最も隆々と見えるよう、両腕で円をつくるようにして胸の筋肉を緊張させ、三角筋を怒張させる。
 それは、見事な上半身だったという。

 ところが、それに比して、下半身は貧弱だった。
 いや、下半身といっても両足の真ん中にあるあの下半身ではない。お尻から足にかけての下半身である。だから、三島は走る訓練が苦手だった。若い隊員に混じって走り、遥かに置いていかれて、それでも必死の形相で走ることをやめなかったとはいうが。

 ある時三島は、ロープを伝っての他に渡り訓練をしたいと申し出た。
 一見簡単に見えるが、これはかなり過酷な訓練で、自衛隊員でも一定の技量を身につけなければこなせない。それをやるという。
 当日三島は、訓練地に妻を呼び、知人を呼び、メディアまで呼んだ。自分の美しさを皆に見せつけようというのだろう。
 上半身の筋力には自信がある三島である。たかがロープにまたがり、前に進むだけだ。俺の腕力さえあれば何とでもなる、と高をくくったに違いない。
 
 前半は良かった。しかし、ロープの半分を過ぎると、体の重みでロープは三島の体を頂点にする逆三角形となり、向こうの谷にたどり着くには、上に上らねばならない。ここからが腕力の出番、だったはずだ。
 ところが、三島は上れない。腕に力を入れるとロープが揺れる。ベテランはロープが揺れるに任せるというのだが、三島は揺れるロープを自分で制御しようとする。ために、ロープはさらに揺れを強め、やがて三島は一歩も進めなくなり、必死にロープに縋ったものの、落下する。
 落下すると、腰に結わえられた命綱1本でロープからぶら下がる。こうなった隊員はロープに足をかけ、逆上がりの要領でロープに戻るのだが、下半身が弱い三島にはそれが出来ない。出来ないと、腰に巻かれた命綱が腰を締め付ける。ために、全身に力が入らなくなり……。

 こうして、三島はベテラン隊員に救出される。
 助け出された三島は

 「情けない!」

 と何度も口にし、涙を流した。

 杉山は、こうして、三島の肉体から、三島の心の奥底にあったはずのをえぐり出す。
 それは、肉体的コンプレックスであった。
 それは、太平洋戦争に志願できなかった己の臆病さへのコンプレックスであった。
 それが、三島を奇矯な行動に走らせた原点ではないか。

 杉山はそういっているように思える。

 いや、私の読み間違いかも知れない。
 まあ、それでもいい。私の拙い紹介で関心を持たれた方は、是非この本を手にとっていただきたい。

 しかし、だ。
 かつてのエリート校、日比谷高校を卒業して防衛大学に入り、自衛隊に入隊したという人がこの本に出て来る。
 人の行き様は様々である。エリートは必ずしも左翼にならず、富貴や地位、名誉を求めるとも限らない。

 身のまわりに、すっかりいなくなった人種である。こんな人に会えば、私は心から惹かれてしまうに違いない。

 

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