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 2014年4月5日 西瓜

 「農協の販売店に行ってくるけど、何か買ってくるものはあるか」

 昼食を終えて、妻女殿に問いかけた。

 「何買いに行くの?」

 ま、これは予想範囲内の質問である。

 「いや、この前あるところで西瓜を出してもらったら、結構甘くてさ。それに、西瓜って利尿作用があるじゃないか」

 そうなのである。昨日の日誌をお読みいただいた方は御存知のはずだが、妻女殿は昨日より利尿剤を服用されている。薬の副作用でむくみが出ているためだ。昨日、病院から戻ってすぐに服用され、

 「むくみが取れない」

 と嘆いていらっしゃった。今朝もその嘆きが続いていた。ま、薬とは、それほど急速に効くものではない。目に見える効果が出るまで、数日は必要である。
 だから、妻女殿の嘆きはうっちゃっておくしかない。耳に入っても聞こえないふりをするのが最も利口な対処法である。
 が、だ。利尿。そうである。西瓜には利尿作用があるのである。西瓜を食べれば、トイレに行きたくなるのである。であれば、利尿剤+西瓜というのは、賢明な組み合わせであるはずである。

 が、だ。私は上の「」の中身は口にしなかった。いや、正確に表現すれば、口にする前に反応が返ってきた。

 「西瓜? いらない!

 明瞭な拒否宣言である。

 「だって、西瓜には利尿作用が……」

 そこまで口にしたら、次の反応が襲ってきた。

 「西瓜なんか食べたら体が冷えてしょうがないの。西瓜なんかいらない!!」

 とまでいわれては、こちらも動きようがない。で、事務所に行こうとすると

 「時間があるのなら、クリーニング出してきてよ」

 ふむ、そうきたか。立ってるものは親でも使え、ってか。

 いわれるがまま、ジャケットが2着はいった袋を下げて、すぐ近くのスーパー「ベイシア」に向かった。うちのクリーニングはここに決めてある。カウンターに行ってうちの電話番号を継げると、

 「ああ、安堂さんですね」

 と帰ってくる。行きつけの店とはそのようなものである。
 ついでながら、このクリーニング店に足を運ぶのは、我が家では私だけである。そして私とは、背の高さ、スタールの良さ、髪の多さ、顔つきの端正さ、美しさ、どれをとっても一流である。だから、目立つ
 なのに、いまだに電話番号を告げねば

 「安堂さんですね」

 と帰ってこないのが寂しい。行きつけの店なのに……。
 おばちゃん、眼鏡の度が合わなくなってるの? それとも、一流って理解できない?

 ジャケットを出して家に戻り始めた。まだ、体は店内である。否応なく生鮮食品——野菜、果物——のコーナーを通る。通らねば外に出られない。
 そこに、あった、西瓜が。小玉である。だが、紛れもなく西瓜である。
 うん。

 が、だ。ほぼ10分前に、あれほど明瞭に拒絶された西瓜である。一玉下げて帰ろうものなら、何をいわれるか分かったものではない。切って赤くなかったら追い出されかねない。食べてうまくなかったら殺されかねない。これに手を出すのは危険である。

 が、だ。素通りする? 西瓜だぜ。
 意を決して、カット済みの西瓜に手を伸ばした。透明の樹脂製のケースに入っている。398円。これなら、危険も少ないのではないか?

 「ベイシアにも出てたから、買ってみた。熊本産だって」

 そのまま私は事務所に向かい、ギターを弾き始めた。練習に夢中になるのはいつものことで、やがて西瓜は頭の中から消えた。

 西瓜が我が頭に戻ったのは、ギターを弾き終え、腰痛体操をこなし、ついでに40回のスクワットを仕上げて息を弾ませながら、風呂に入ろうとしたときだった。

 「あ、そういえば、西瓜食ってみた?」

 と妻女殿にお尋ねした。

 「うん、食べた」

 へえーっ、あれほど拒絶していたのに、あれば食べるんだ。

 「冷蔵庫に入れておくと冷たくなって体がいっそう冷えるので、冷蔵庫から出しておいて食べた」

 なかなか手の込んだ食べ方をされる。で、味は?

 「酸っぱかった」

 熊本産でもか?

 「だって、あれだけあって、甘いなと思ったのは2切れだけ。あとは全部酸っぱかった」

 あとは全部って……。俺の分は?

 「もうないわよ」

 危険を覚悟して買ってきた西瓜を一かけらも口にできぬまま、私は風呂に入って、昨日から熱中している

 「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」(増田俊也著、新潮文庫)

 を湯船に浸かりながら読み継いだ。

 平和な土曜日であった。

 

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