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 2014年4月27日 富岡製糸場

 が、世界遺産に登録される運びとなった。
 テレビや新聞で見るかぎり、地元だけでなく、あちこちで浮かれている人がいる。そのニュースが昨日流れたためか、今日の富岡製糸場には開館以来最多の客が押し寄せたと、テレビで言っていた。
 それでも、たった5000人弱である。なのに、現地はてんてこ舞いらしく、やれ駐車場が足りないだの、開館前に100人以上が並んだだの、案内の間隔を短くしただの、混乱したという。
 大丈夫か、富岡製糸場?

 その混乱は別として、根っからの天の邪鬼である私は、この出来事に根源的な違和感を持っておる。

 富岡製糸場が、世界遺産? 何で?

 さて皆様、熱心に勉強をされたかされなかったかは別として、「世界史」なる教科書を手にされたとこはあるはずだ。何しろ、週1時間の授業で、たった1年で人類の歴史を頭に入れようという欲張った本だから、著者が要点と思っているものしか書いていない。手に汗握る歴史ドラマが展開されるはずもなく、無味乾燥、ここまでかというほど干からびた事実の羅列だから、読んで面白いものではない。それなのに、なぜ「山川の世界史」が単行本となり、そこそこ売れているのか、私にはトンと理解が届かぬ。楽しく世界史を知りたいのなら、もっと相応しい本はいくらでもある。選りに選って、味も素っ気もない高校教科書を、何故に読み返さねばならぬのか?

 まあ、それはいい。
 で、世界史である。あなたが学ばれた世界史の教科書に、「富岡製糸場」は出てきたであろうか?
 私は高校で、先ほどの「山川の世界史」を手に取らされた。その教科書には、富岡製糸場の「と」の字も出てこなかったと記憶する。恐らく、あなたがお使いになった世界史の教科書も、同じであろう。何故か。

 富岡製糸場ができた、などというものは、世界史的な事件ではないからである。
 欧州列強の植民地政策で世界中が埋め尽くされようとしていた19世紀、阿片戦争でイギリスが中国の国土の一部をぶんどった事件に、

 「次は日本がやられる。徳川幕府ではそれを阻止できない」

 と危機感を募らせた若手武士が明治維新を成功させた。これも、教科書で学んだようなきれい事だけではないようなのだが、いずれにせよ、歴史は勝者の都合のいいように作られるものだし、ここのテーマとは直接関係がないので、横に置く。

 徳川幕府を倒して権力を握った成り上がり者どもは、しかし、視野は広かったようだ。どうすれば西欧列強の植民地とならずに生き延びることができるか。それには国力を強くするほかない。軍事力を拡充し、近代国家としての経済力を身につける。それにはまず、近代工業を興すべきである。

 ま、ここでも脇道にそれると。
 そもそも、工業とは西回りに地球を回る者である。技術が成熟すると、次はコスト競争となる。欧州で生まれた絹織物工業はやがて米国に移り、それが日本にやって来た。日本のコスト、つまり賃金が欧州だけでなく、米国よりも安かったからである。
 日本が高賃金の国になると、その技術はさらに西へ、韓国であり、北朝鮮であり、中国、ベトナム、インド、バングラディシュへと移る(ここ、正確さには自信がない。とにかくそのように「賃金の安いところへ」流れていくものである)。明治維新直後、日本が絹織物で成功したのは、たまたまその時期に近代工業の導入を図ったという幸運に恵まれてのことである。

 ということで、政府のお声掛かりで作られたのが富岡製紙工場であった。ここで作り出された絹糸、それを原料とした絹織物は日本の戦略輸出物資として、日本国力を高める一助になった。

 というのが、富岡製糸場のおおむねの概略である、と記憶する。間違った点があればご指摘いただけると助かる。

 つまり、日本の近代史を考える上では極めて重要な遺産であることに疑いはない。
 しかし、世界遺産? どうして世界が、日本の片田舎にある、英国流の製糸工場を真似た煉瓦造りの施設を、大切な遺産として認識しなければならないのか?

 私の違和感は、その1点にある。
 何でこんなものが世界遺産なのかね? こんなもを世界遺産にしていたら、すでに世界遺産になっているものの価値を引き下げることになりはしないかね?


 加えて、である。
 富岡製糸場の運営の評判がよろしくない。
 職員のやる気がない。市営だから、職員は市職員、あるいは市が雇用したアルバイトである。市職員からすれば、富岡製糸場という職場は本流から外れた職場である。中には熱心に取り組んでいる人もいようが、全体としてみれば、覇気のない職場であることは容易に想像できる。鬱憤を内包した連中の中にはやたらと役人風を吹かせたがる者もいるに違いない。

 だから、であろうか。仕事で富岡製糸場と付き合わざるを得ない人たちの間で、製糸場の評判が悪い

 「安堂さん、あそこ、ひどいんだぜ! 何かというと、富岡市の地元優先という。なかなか、市外の俺たちお入れてくれない。かと思うと、物販だけは、平気で市外の、しかも県外の業者を入れて、なかなか俺たちの製品を入れてくれない。ま、あそこに並べたって、売る気のない店員しかいないからたいして売れないんだけどさ。でも、気分悪いじゃないか」

 ま、これまでは単なる富岡製糸場(それでも、国指定の史跡、一部は重要文化財)だったから客も少なく、土産物だってたいして売れはしなかったろう。
 しかし、これからは「世界遺産」のブランドに引きずられて、きっとこれまで以上に人が来る。

 同じ建物であるにもかかわらず、世界遺産になるまでは関心もなかった連中が、「世界遺産」となると、我も我もと足を運ぶ。実に滑稽な風景で、何処の誰とも知らぬ連中が勝手に決めたことに動かされて、自分の時間と金と体力を使って暇つぶしをする連中を、アホウと呼ばずに何と呼べば良かろう。
 ま、そのようなアホウが多数いるから観光地は成り立つのではあるが。

 で、多数の人が来るようになり、世界遺産だから外国からも沢山人が来るようなって、さて、今のままの運営で切り回しができるのか。二重三重の不可思議なスタンダードで取引企業を選ぶのがいつまで許されるのか。
 それとも、最近は改善されたのかな?

 私は生来、観光を好まぬ人間である。それも手伝って、これまで富岡製糸場には全く関心を持たず、群馬県内で暮らしているにもかかわらず、行こうと思ったことがない。それが、世界遺産になったからといって、そわそわと出かけるはずもない。恐らく、死ぬまで足を向けないのではないか。だから、富岡製糸場がどのように運営されていようと、私は無関心である。

 都道府県別で、最も知名度が低い群馬県の役に立てば幸いと思う。
 そして、世界遺産である。世界に恥じない運営をしていただきたいと願う。

 

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