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 2014年6月27日 人間ドック

 報告が1日遅れたが、昨日、久しぶりに人間ドックに行ってきた。といっても、簡易コースだから、所要時間は半日、午前8時半頃病院に着き、10時半には終わっていたから、実質2時間だ。健康診断とたいして変わりはない。

 が悪く、右肩が痛み、首筋が凝り、物忘れが進む。おまけに血圧がちと高い。
 どう見ても健康体とは言えないわが肉体ではある。が、なーに、すべては原因がわかっておる。

 腰は、長年上半身の重みを受け止めてきた背骨間の軟骨がすり減ったからである。おいそれと治療できるものではない。

 右肩は、大きなギターを抱きしめすぎたからである。もっと違ったもの(できれば……)を力一杯抱きしめていたら良かったろうに、木製のがらんどうを抱きしめただけならまだしも、抱きしめ続けて、そのまま右手を精一杯早く動かそうと力み続けたのが悪かった。痛みを感じてずいぶんたつが、なかなか全治しない。長年使い続けた体からは復旧力が逃げていく。

 首筋は、頸椎の変形のためだ。これも医者によると経年変化。といわれたって、生きてる間は使い続けるしかないから、この凝り、それに伴う痛みとは付き合い続けるしかない。

 物忘れ。うん、これは誰しも避けられないことである。早く進むか、ゆっくりと現れるかは人によってまちまちで、まあ、私の場合は比較的遅いと、自分では思っている。

 血圧は若いころから高めであった。それはともかく、血圧が高いのは、体が何かの必要があって高くしているのである。それを、勝手に「ここからは高血圧。治療が必要」と決めてしまったのは医者である。私はこれに、根本的な疑問を持つ。
 体のどこかに障害があって、その結果として血圧が許し難いところまで上がっているのなら、その障害部位を治療すべきである。それを根本治療という。ところが現状は、障害の結果である血圧だけを問題視し、薬で無理矢理下げる。血圧が上がった根本的な原因は無視される。これって、岡林信康の歌を引用すれば

 「くみ取り式の便所の仕組みはほったらかしにしておいて、出てきた蝿を追ってるようなものさ」(お巡りさんに捧げる歌)

 そう、蝿が五月蠅ければ水洗便所にするがよい。くみ取り式なら、どうしたって蝿はわいてくる。わいてきた蝿を追っ払ったところできりがない。

 つまり、血圧を上げている根本的な障害の治療が必要なのだ。その障害の結果でしかない血圧を薬で無理矢理下げたって、体が健康になるはずはないのである。故に私は、降圧剤は飲まないと公言するものである。もし、私の血圧が高めである根本的な原因を見つけて、そこの治療をしようという医者がいたら、私は素直に従うのであるが、幸か不幸か、そのような医者にはお目にかかったことがない。

 加えて、である。
 最近、高血圧の基準値を引き上げたがよい、という動きがある。これまで、135(だったよな?)を越えたら高血圧と行っていたのを、147まではOKという。
 それなら、私は高血圧でも何でもない。我が血圧は完全に正常値の範囲内にある。
 ますます、高血圧治療を受ける必要性を感じなくなった。

 これまで高血圧の基準値が低かったのは、やっぱり薬を大量に売りたい製薬メーカーと、そこからいい思いをさせてもらっていた医者どもの仕業であったのに違いない、と合点する私である。
 それが147になった。悪は、いずれ滅ぶ。


 とすべて了解しているから、実は私、人間ドックに行かなくちゃ、という個人的動機が全くない。これから見つかる病気なんて、ありそうにないのだ。
 健康診断は、受けないと雇用を延ばしてくれないので、面倒だと思いながらイヤイヤ受けていた。それなのに今回は何故、さらに面倒な人間ドックにしたのか。


 話は数ヶ月さかのぼる。
 地元の人と酒を飲んでいて、どういうわけか健康診断の話になった。

 「あ、そう。俺も受けてるよ」

 と応えると、

 「安堂さんは、どこで受けるんですか?」

 ときた。別に隠すことでもないから

 「○○病院」

 と正確に答えると、

 「えっ!」

 と絶句した。
 一般的にいえば、ここは絶句するところではない。サラリと流すところである。それを、絶句する。これは何かある。気になって

 「なんか、いけないことでもあった?」

 と聴いてみると、

 「いや、あの病院、評判がねえ……」

 ま、私が受けるのは健康診断である。治療してもらうわけではない。体にメスを突き立てられることもなければ、投薬を受けることもない。せいぜい血液を採るために注射針を突き立てられる程度だから、相手がどんな藪医者であっても危険はないが、絶句までされたことが何だか気になった。

 気になったので、他の地元の知人にも聞いてみた。

 「えっ、安堂さん、あの病院に行ってるの? やめなよ。やばいよ」

 数人に聴いたら、皆大同小異で同じ事を言う。そうか、やっぱりやばいのか。


 「と、地元の人は言うのよ。でも、あの病院、会社からの指定だよね。何でそんな評判の悪いところにしたのか分からないけど、俺も何となくいやだから、病院変えてよ」

 と会社の担当者に告げたのが、確か2ヶ月ほど前のことだ。

 「えっ、そうなんですか。何故決まったか、そもそもいつ決まったかも分からないので何とも言えませんが、そうなんですか。でも、今回の健康診断は、もう病院は変えられないんですよ。いまからじゃ病院の変更はできないんです」

 「えーっ、そうなんだ。ま、健康診断だから、それほど心配することはないけど……、でも、だったら、今回だけサボっちゃだめかな?」

 「いや、それは……。そうだ、その病院に行かなくて済む方法が1つだけあります」


 「何、それ?」

 「人間ドックを受けて下さい。で、次回からは違った病院で健康診断を受けられるよう、これからやってみますから、今回だけは人間ドック、ということでどうでしょう?」

 という展開が昨日につながったのである。

 前夜8時以降は、水、茶など一部の飲み物を除いて、飲食禁止。必要な薬は、当日午前7時までに服用のこと。受付は午前8時半。

 という説明書を見たのは、前夜のことである。そこに、検便容器があった。2つ入っていた。

 「失敗したときのためかな?」

 開けてみたら違っていた。
 
 「2日分の便を取って下さい」

 おいおい、いまからじゃ2日分の便は採れないぜ。

 「ということで、便は1日文しか持ってこなかったんだけど、これでいい? だめなら、明日の朝の分を明日の朝持ってくるけど」

 「では、明日の朝持ってきて下さい」
(というわけで、今朝、我が便の入った検便容器をお届けした)

 というやりとりで始まった人間ドックは、終わってみれば

 「健康診断と何が違うの?」

 というほど簡便なものだった。胸部レントゲン写真、心電図、目の検査、耳の検査、身長、体重、腹回りのメタボ検査、そして採血に問診。こんなもの、健康診断だってやることだ。違いは、超音波で内臓の状態を写真に撮ることぐらいしかない。
 そして、料金は4万円強。はっきり言って、高い。たった2時間で4万円だぜ! 8時間だと16万円。ということは、月に20日だと320万円。
 何だか、私一人で運営する人間ドックを作りたくなっちまう料金だ。それができたら、私は大変なお金持ちになる。
 あとで会社の健保組合が払ってくれるから、私が気にすることでもないのかも知れないが……。

 当日の所見は、特に問題なし、であった。
 血液検査を含めた結果は、そのうち届くだろう。


 I君が、パソコン用のDAコンバータを作ってくれることになった。I君、ありがとう。
 3500円と1万円のどちらがいいか、と問い合わせてきたので

 「一番音のいいヤツ」

 と答えておいた。
 ちなみに、H氏が持ち帰ったのは、3500円のものらしい。

 で、そのうちDAコンバータが届くはずだが、いま困っているのは、iMacで使うflacプレーヤである。現在、Audirvana Freeというフリーソフトを使っているが、これ、ファイルの整理が苦手だ。
 音楽を私は、ジャンル別、アーチスト別などに区分けして整理しているが、このプレーヤーに読み込ませると、私が整理したことなんて完璧に無視して、アルバム名でしか並べてくれない。ざっと1500枚前後はありそうなアルバムがずらりと並ぶと、さて、どうやって聴くアルバムを選ぼうか、と呆然とする。

 ネットにあった評価によると、Audirvana Freeは音がいいらしい。こいつの有料版(74ドル)はもっと音がいいとあるが、ファイル整理がこんなに苦手なソフトは使いたくないなあ、というのが今の心境である。

 どなたか、素晴らしいソフトを御存知なら、是非紹介していただきたい。伏してお願いする。

 詰まらぬことで、次の日曜日が仕事になった。
 自分の都合だけで、回りの迷惑を考えない取引先。困ったものだが、仕事とあればイヤイヤながらでも出かけざるを得ない。
 すまじきものは宮仕え、かもしれないが、私、60歳以降は臨んで宮仕えをしてるんだもんなあ……。

 

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