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 2014年8月1日 ベン・ハー

 昨夜、意を決して

 「ベン・ハー」

 を見た。
 1959年のアカデミー賞を、脚色賞を除いて総占めした、この年の一押し作品である。
 それは重々承知していたが、これまで手が伸びなかった。なにしろ、長いのだ。ネット上のallcinemaに依拠して作成してる我がデータベースでは、240分、実に4時間の長大作である。
 ということは、夕食を済ませて午後8時に見始めても、終わるのは午前零時。

 「うーん、日付変更線か」

 と考えると、おいそれと手は出せない。

 「だが、これを見ないことには、アカデミー賞を総なめできないんだよなあ」

 と覚悟を固めてテレビの前に座ったのが、昨夜であった。

 で、見終わって一言でまとめる。

 湯水の如く金を注ぎ込んだ、駄作、である。

 そりゃあ、私は期待して見ましたよ。でも、何ですかこれ。
 作家、塩野七生さんみたいに

 「歴史を無視している」(彼女は、「グラディエーター」をこのような表現でこき下ろしていた)

 と拳を振り上げるつもりはない。まあ、映画である。歴史の教材ではなく、これは娯楽作品だ。歴史に依拠したようなふりをしながら、自由に物語を作るのはあり、である。
 が、だ。この、どうしようもないご都合主義はどうだ?

 お話は、主人公であるユダヤの貴公子ベン・ハーと、その親友メッサラのからみ合いを軸に進む。
 恐らく、メッサラもユダヤの民であろう。でなければベン・ハーと幼なじみであるはずがない。そのメッサラはローマに憧れ、都に上ってローマ帝国の中堅幹部に成り上がり、兵を率いてユダヤの地に戻ってきた。
 旧交を温め合おうとした2人は、だが、すぐに仲違いする。だって、メッサラは

 「ローマに反逆する者を教えろ」

 とベン・ハーに求めるのである。おいおい、裏切り者になれってか! ベン・ハーは拒絶する。ここから2人の対立はエスカレートし、メッサラは些細なことでベン・ハーとその母、妹を逮捕してしまうのだ。そしてベン・ハーはガレー船のこぎ手にされ、母と妹は牢獄生活を送る。復讐を誓うベン・ハーは……。

 ねえ、ここまで見ただけでも、ベン・ハーって、主役の割にバカだよね。だって、この程度の男(メッサラ)を親友だと思い込むって、人を見る目が全くないということだろ?
 いや、巨大なローマ文明にいかれちゃって

 「例え我が同胞であろうと、ローマに反抗する者は許さん!」

 というあたりまでは許してやってもよい。
 アメリカまでのこのこ出かけ、大統領の前でプレスリーの真似をして媚びを売り、国内では経済システムをアメリカ型に作りかえようとするような男を首相に担ぐ国もあるのだ。2000年前に同じような男がいても不思議ではない。
 
 だが、主義主張が異なって袂(たもと)を分かつと、己の権力を使って、かつての親友を破滅させようとするのがメッサラである。このような人間を人非人と呼ぶ。

 雀百まで踊り忘れず

 あるいは、

 三つ子の魂百まで

 というが如く、人非人は幼きころより人非人の素質を持つものである。それを見抜けず、親友、などにしてしまうベン・ハーはいかがなものか? 他にも素晴らしい友人はいたろうに。

 話はそれるが、雀も三つ子も、まで、っていうのは面白い。やっぱ、人間は自然に過ごせば100歳ぐらいまで生きるのかな?

 話を元に戻す。
 そういえばベン・ハーには、このメッサラ以外に、同年代の友人が一人も出てこない。大丈夫かよ、ベン・ハー?

 このような映画の作り方を、ご都合主義という。
 確かに、この映画を映画たらしめるのは、この2人の愛憎が絡まり合うところであろう。だから、深い友愛があったからこそ、激しい憎しみ愛が生まれた、という筋立てにしたいのはよくわかる。
 だけど、たったこれだけで、一方がローマの大義に忠誠を誓い、他方は故郷への愛を捨てない、というだけで友情が憎しみに変わるか? 人間って、それほども単純な生きものか?

 もう、この一事だけで、私はこの映画を見捨てた。
 それでも、何かと話題になる戦車競技のシーンは目を奪われる。このシーンを盛り上げるために、ベン・ハーとメッサラは、お互いに信頼を裏返した深い憎しみを持っていなければならないのだが、その憎しみがあまりにも安易に生まれてしまうと、

 「ねえ、お二人さん、そんなに頑張らなくても……」

 と苦笑したくなる。

 そしてこの映画は、キリスト教の宣伝映画でもある。

 牢獄に囚われ続けたベン・ハーの母と妹はライ病に犯され、この時代も、この映画が作られた時代もライ病に対する差別、偏見があったがために、2人は牢を追い出され、確か「死の谷」と呼ばれるところに行く。そこは同じ病を持つ人々が、人里を離れてただ死を待つだけの場所である。
 
 ところが、なのだ。
 このころ、キリストがゴルゴダの丘で磔にされる。ベン・ハーと母、妹はそれを見に行くのだが、あらまあ。不思議なことに、キリストが息絶えるころ、2人の病は癒えてしまうのである。

 おお、奇跡だ。奇跡が起きた!

 とキリスト教徒は神を崇めるのだろうか?
 それも、こんな安易な映画で!?

 そういえば、死の谷にはこの2人以外にも、沢山の患者が生きていた。あの患者たちはどうなったのだろう? まさか、奇跡で全快したのは母と妹の2人だけじゃないよね? 何しろ神様だもん、そんなケチなことをするはずがない。奇跡を起こして患者を助けるのなら、全員を助けなきゃ。
 にしては、他の患者がどうなったかは映画に出てこなかったなあ……。


 無駄な4時間、と思っていたら、ウィキペディアによると、上映時間は212分、3時間32分である。確かに、その程度で終わったような気がする。
 allcinemaさん、調査の上、訂正をよろしく。

 

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