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 2014年9月29日 ダメ!

 土井たか子というおばさんが死んだ。元社会党委員長、日本で初の女性衆議院議長。85歳であったという。

 数々の名言(迷言?)を残した。私の記憶にあるだけでも

 ・山は動いた

 ・ダメなものはダメ

 威勢のいいおばさんであった。各界から追討の言葉が湯水の如く集まっている。

 さて、山が動いたのは1989年。リクルート事件、消費税導入などのあおりで参院選挙で自民党が大敗し、単独過半数を割ったときの言葉である。野党第一党の党首として、意気揚々たるものがあった。
 が、だ。本当に山は動いたのか? 翌年の衆議院選挙では自民党が安定多数を占めただけではない。その後社会党は社民党と名前を変え、福島瑞穂を党首に担いだが、いまや全く存在感のない政党に落ちぶれた。山は動いたように見えただけで、実は土井おばさんの立つ地面の方が陥没を始めていたのではないか?

 ダメなものはダメ。これも、世に喝采をもって受け入れられた言葉である。しかし、よくよく考えると、これほど没論理な言葉もない。何故ダメなのかの説明もなしに、

 「ダメなものはダメ」

 とは、勢いはいいが、中身が何もない言葉である。ダメなものはダメといえる強さ、などともてはやす向きもあるが、世の中はそれぞれ価値観、感受性、仕事、所得、学歴、家族構成などが異なる人々の集まりである。自分が「ダメ」と思っても、ほかの人が「ダメ」と考えると期待してはいけない。だから言葉があり、言葉による議論、説得があるのだ。
 そのようなものを全く無視し、自分がダメだと考えるから、全員がダメだと考えるべきであるというのはよくいっても世間知らずであり、普通にいえばエゴの押し売りである。

 縮めていえば、土井というおばさんはその程度の知性しか持ち合わせない人物であった。まあ、若くて可愛い子なら

 「その思い込みぶりが何とも可愛くて」

 といってあげてもいい。しかし、土井のおばさんは、若くもなく、可愛くもなく、ましてやセクシーでは全くなく、困ったことに政治家であり、野党第一党を率いる実力者であった。

 それがこの程度の知性しか持ち合わせていなかった。その不幸せの受け手は国民である。

 唖然としたのは、憲法についての発言である。

 「日本はね、平和憲法、憲法9条があるから、戦争しなくてすんでいるんですよ。私は憲法を守ります」

 テレビで聞いた発言だから正確ではない。だが、趣旨はこのようなことである。それを聞いた瞬間、私は

 「ああ、平和ボケした阿呆!」

 と、口には出さないが罵っていた。
 憲法に戦争放棄をうたっているから日本は戦争をしなかった? この程度のことしか思いつかない低レベルの人間が、日本を代表する政治家であったのか? おばさん、世迷いごとはいいかげんにしなはれ!

 さて、乱暴な例えをしよう。
 最近、イスラム国というのがならず者国家として有名になった。なんか、何もしないままで2期目を務めているオバマ大統領ですらが、空爆に踏み切らざるを得なくなるほどのならず者国家である。

 アメリカの空爆が成功したとしよう。そしてイスラム国は降伏し、アメリカが進駐した。この好戦的な国をどうするか。アメリカはかつて日本のために作った平和憲法をモデルに、新しい平和憲法を起草し、イスラム国に押しつけた。こうして、新生イスラム国が誕生した。

 さて、平和憲法を持ったイスラム国は、戦争をしない国、巻き込まれない国になるだろうか?

 誰しも、戦争は避けたいものである。家族や恋人が犠牲になるのは避けたいし、自分が戦場にいくのもできれば御免被りたい。だが、それでもなお、戦争にしか活路はないと考える人々が多数になることがある。いまのアラブ圏を見ていると、そのような個々の思いが複雑に絡まり合い、どこからほどいていいかよくわからない状態である。
 そして、その状態が続く限り、どのような憲法を持とうと、戦争にしか活路が見いだせない状況が続けば銃を持って走り出す多くの人々がいる。憲法違反? だったら憲法を変えればよい。それが間に合わなければ、アウトローとして戦うさ。

 戦争がないのは交戦権を放棄した憲法があるからではない。戦争をする必要がなかった、戦争に巻き込まれることから巧みに逃れた結果でしかない。

 よくよく考えてみよう。戦後の日本は、自ら戦争を起こす必要があったか? 貿易で世界の国とつながり、共存共栄を通じて日本の経済復興を測ってきた歩みから見るかぎり、日本には戦争を起こす必要はなかったと考えるのが当然ではないか?

 では、戦争に巻き込まれる危険はあったか? あった。朝鮮戦争で、アメリカはできれば日本を巻き込みたかったろう。だが、自らが押しつけた平和憲法がそれを許さなかった。いくらなんでも、朝令暮改はできない。というより、朝鮮戦争に参戦させることで、軍国日本が再生することを恐れたといった方が正確かも知れない。太平洋戦争に負けた余禄(?)みたいなものだ。
 おかげで日本は、戦争特需を経済復興の足がかりとして今日を築いた。
 
 ベトナム戦争も危なかった。オーストラリア、ニュージーランド、タイ、フィリピン、韓国はベトナムに兵を送った。アメリカは多分、日本にも参戦を打診したはずである。では、なぜ日本は参戦を免れたのか?
 ベトナム反戦デモ(私も参加した)があったからか? アメリカもに反戦運動があった。なのに戦争を継続したことから見て、多分そうではなかろう。
 憲法九条があったからからか? うん、これはあるかも知れない。だが、当時の為政者が参戦せざるを得ないと考えていたら、何らかの手で参戦への道筋をつけていたのではないか。恐らく、参戦することとしないことを秤にかけ、しない方が日本のためになると考えた。局外にいてベトナム特需の受け皿になった方がメリットが大きい。
 そう考えたとき、憲法9条は道具になった。

 「これ、あんたが日本用につくった憲法でっせ。為政者である我々は、アメリカの正義を信じるが故に、この憲法に縛られざるを得ないんです」

 といわれれば、アメリカだって無理押しはできまい。

 憲法は国の最高法規である。しかし、つまるところは道具に過ぎないのではないか。道具は、あれば役に立つというものではない。その道具を、使うべき時、使うべき場所でうまく使わねばさっぱり役に立ってくれないのである。

 土井のおばさんは、世界1性能がいいというアメリカ製の電気洗濯機を神棚に上げて毎日拝み倒していただけである。だが、道具である以上、使わねば意味がない。そして、憲法9条という道具を、アメリカ向けに巧みに駆使して戦後日本を作ってきたのは、実は自民党ではなかったか。

 憲法に書けば、法律をつくれば、条例を制定すれば、理想の社会が実現する、とは法律専門家というバカの戯言である。禁酒法は、アメリカのアルコール消費量を全く下げず、ギャングの懐を豊かにしただけであった。どのような決まり事を作ろうと、世の大多数がそれを支えない限り、有名無実の決まり事になる。

 憲法9条は、それがあるから戦争と無縁でいられるのではない。それを武器に、道具にして戦争から無縁でいようという思いと知恵がなければ、単なる絵に描いた餅でしかない。

 憲法学者であった土井のおばさんは、憲法に何が書いてあるかを至高のものとした。が、世の中は憲法を定めた後、様々に動く。それは、憲法に何を書いたところで止められるものではない。そこに思い至らず、憲法にしがみついたかに見えるおばさんは、どこかドン・キホーテに似る。

 それでも、冥界に入られた。ご冥福を祈る。



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