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 2015年6月28日 このごろ

 しばらく更新が途絶えていた。訳あってのことだ。

 実は23日に更新しようとした。原稿も書き終え、時々見落としはあるが点検もして、さてアップしようとしたらサーバーにつながらない。何度やってもダメ。それではとMacを再起動して挑んだがダメ。というわけで、身動きがとれなくなったのだ。

 さて、私がDreamweaverで作成した原稿が、どのような科学的成果を利用してサーバーと呼ばれる大型記憶装置に送られ、それがどのような手順で皆様のお手元に届くのか。そのあたりには門外漢の私には、魔法の世界としか思えないから、このような不具合が出たらお手上げである。宮沢賢治は「寒さの夏はおろおろ歩き」をしたが、このような問題にぶつかったときの私はウロウロするばかりである。

 「どうする?」

 と頭の中を駆け巡るのは、誰の助力を得たら不具合が修正できるか、という人頼みの案だけである。が、私の周りには、そのような知識を持ち合わせていそうな人物が払底している。
 で、とりあえずは知り合いに

 「というわけで、しばらく更新できないから。どうしようもなかったら、これをきっかけに『らかす』やめちゃおうかね」

 などと話ながら、

 「俺が見てやるよ」

 と申し出る、頼りがいのある有士を心待ちにした。だが、出てこない。

 出てきたのは、今朝になってからである。
 桐生市のO氏にそんな話をしたのは、ネットワークオーデイオ談義のついでだった。我が友I君がつくってくれたネットワークプレーヤーがO氏の元にも届いた。それなのに彼は、なかなかネットワークに接続しない。

 「いや、Iさんからも、音の感想を聞かせてくれって言われてるんだけど、我が家のネットワークが無茶苦茶になっていて、まずそれをちゃんとしないと身動きがとれないんだよね」

 という彼が頼りにするのは、知人の、ああ、この人も頭文字はOだ、ややこしい。ちなみにこの人をOSさんと呼ぼう。そのOSさんの息子さんである。東京で働いていて、週末にはしばしば親の元に戻ってこられる親孝行者だ。

 「彼にやってもらってからネットワークプレーヤーを接続しようと思ってるんだ」

 ふと思いついた。

 「だったら、それが終わってから俺のうちに回ってくれるように頼んでもらえるかな。実は『らかす』が更新できなくなっててさ」

 そんな話をしたのは3、4日前のことだ。そうしたら今朝、そのOS息子さんから電話が来た。

 「なんか、困ってらっしゃるンですって? Oさんにメールをもらいまして」

 そうか、O氏はちゃんと対応してくれていたか。
 と感謝しつつ、症状を告げた。

 「ふむ、まず考えられるのはソフトのFTP(サイトに接続する機能を持つ部分=多分)が壊れているか、パソコンのOSに起因する不具合か、それとも何らかの原因で、ソフトのパスワードやサイトのアドレスが書き換わったか。そうそう、あなたのサイトがアタックを受けて、アドレスが勝手に書き換えられ、そいつが勝手なことを書いているってことも心配しなきゃいけませんね」

 俺の「らかす」がアタックされる? そんなに目だってはいないと思うけど……。

 とすれば、まずやってみるのは、サイトのアドレス、ID、パスワードを再入力してみることか。

 「はい、お困りになったら、また電話してください」

 OS息子さんは実に親切である。
 だけど、サイトのアドレスとか、パスワードとか、どこかに書きとめていたっけ? と、机の中を引っかき回す。おお、あった、あった。これに違いない!
 そこまでは順調だが、でも、Dreamweaverって、どうやってサイトのアドレスやパスワードを設定するんだっけ? こういう時は、Webで検索するに限る。おお、なるほど。そうやるのね。ここをクリックして、さらにダブルクリックして。出た出た。これだ。

 だけど、サイトのアドレスも、パスワードもちゃんと入っているぞ。
 そうか、こういう時は、念のためにサイトの運営会社に問い合わせてみるか。なにしろ、俺は客だもんな。問い合わせる権利ぐらいあるはずだ。

 電話に出てくれた女性に症状を伝え、サイトのアドレスを読み上げると、彼女はいった。

 「お客様。そのサイトは22日に工事を受けておりまして」

 工事? 知らんぞ、そんなこと。

 「その結果、アドレスが変更になっております。電話でお知らせしているはずですが」

 電話で知らせを受けた? 記憶にないぞ、そんなこと。
 いや、待て。言われてみればしばらく前、車を運転中に電話が来たので、

 「いま運転中。大事なことだったらメールで放っておいてよ」

 と言ったような気がする。さて、そのメールを出すのを向こうが忘れたか。それとも、メールは来ていたのだが、いつものように直ちに廃棄したか。

 「新しいアドレスは、○○○○です」

 言われた通りにアドレスを書き直すと、おお、つながった、つながった!
 というわけで、この日誌がアップされたのである!!

 すぐにOS息子さんに電話をして経緯をお知らせして感謝申し上げたのは言うまでもない。

 というわけで、予期せぬlong time no see you.であった。
 以下に、23日にアップしようとしてできなかった文章を、そのまま掲載する。また、サイトとの接続が確保できたので、従来ペースで日誌をご提供することを、改めてお約束する。


 23日
 最近、何となく生気がない。
 しばらく前までは、時間があれば数学の問題に取り組み、ギターをかき鳴らしていた。その分仕事をさぼっていたわけだが、しかし、仕事をないがしろにしてまで個人的な趣味にうつつを抜かすのは、生気の表れである。

 それなのに、このごろは時間があっても、数学(現在は三角関数)の問題集をめくることもあまりなく、タブ譜を見ながら必死でギターを奏でることも少ない。

 微妙なお年頃なのである。

 考えてみれば、定年後再雇用制度を利用して、極めて薄給ながら

 「ま、多少は年金も出るし、まだ体が動くのだから、働くのが当たり前。小人閑居して不善を為す、ともいうではないか。どう考えても俺は小人である。であれば、仕事からすべて離れて閑居してしまえば、世間の厄介者になるに決まっている」

 と仕事を続けてきたのだが、それもそろそろ「年限」が近づいた。

 「安堂さん、もうお仕事は結構です。ゆっくり老後を楽しまれてはいかがですか?」

 と、会社が猫なで声でいってくる日も、それほど遠くはない。

 で、だ。その時どうする?

 それが、このところ鬱々として楽しまない最大の理由である。

 仕事を離れて横浜に戻る、というのは1つの選択肢である。だが、これには問題が付属する。
 私が桐生に来る際、我が家を次女一家に明け渡した。当時、高額の賃貸料を払って鶴見のマンションに住んでいた一家だから、

 「家賃を払うのはもったいない。加えて、家というものは、住んで使っていないと朽ちる。こちらに引っ越して管理をしなさい」

 と話をして移り住んでもらった。
 その家を拠点に、瑛汰は小学校に進み、璃子は幼稚園に通う。いずれは次女一家も終の棲家を築いて引っ越すとしても、今では瑛汰も璃子も悲しむだろう。それに、次女一家にはまだその準備が整ってはいない。

 では、その近くにマンションでも借りて老夫婦で暮らすか? 2人だけなのでそれほど広いスペースはいらない。せいぜい3LDKもあれば御の字である。
 が、だ。鶴見である。どの程度の家賃を求められるか? 仕事をやめれば、こちらは完璧な年金生活者である。その家賃を捻出するのに四苦八苦しないか?

 いや、それとは別の問題もある。
 私は働きたいのだ。
 仕事とは、個人と世の中をつなぐドアのようなものである。各人は、それぞれ選んだ、あるいは、やむを得ずに選択した仕事で世の中とつながる。

 仕事をやめれば、そのドアが閉じる。残るのは家族、親戚との関係、それまでに培った友人との飲み会、程度しかない。義務もなければ責任もない世界だ。
 長年連れ添った妻女殿と詰まらぬことで諍い、

 「あんな奴と2度と口をきくか!」

 などと意を決するものの、数時間もすると

 「おい、今日は買い物しなくてもいいのか?」

 といつもの会話を始める。
 
 友人と酒を飲むのは楽しい。無駄話をしながら、ある時は虚仮にし合い、知ったかぶりをし合い、毒のある言葉で相手を刺しし合い、でも、酒を流し込んで何事もなかったかのように笑いあい、再会を期す。

 それはいい。でも、何となく、何かが足りないのだ。
 24時間、それだけしかない毎日だと、俺、世の中に必要なのか? という空虚感に包まれそうな気がするのだ。

 だから、体が動くうちは、誰かの役に立って、その代価を金銭で受け取りたい。

 金銭とは実に不思議なもので、実際に相手の役に立つことをしないかぎり、絶対に手に入らない。金銭とは、己の社会的活動に対する世の中の評価なのだ、と思う。
 金銭を介在させないボランティアの世界には、往々にして自己満足と自己顕示欲、権力争いがつきまとう。そんな下らない世界より、例え月に1万円でもいい、自分の働きに対価を得る活動の方が遥かに健康である、と私は思う。

 と順序立てて考えてくると、選択肢はあまりない。
 とりあえずは、桐生に住み続けるか。そして、桐生で収入を得る手立てを考えるか。
 しかし、経済的に反映の極みにあった桐生は、もはやない。衰退が続く桐生である。その場で、私が考えるような暮らしが、果たしてできるのか?

 数人の知人に話してみた。

 「俺さ、そろそろ会社クビになるんだよね」

 ありがたいことに、一様な反応が返ってくる。

 「桐生にいてよ。あんたがいられる方策、俺も考えるからさ」

 さて、世間知らずの私が桐生で生きていく方策が果たして見つかるか。見つかったとして、60代も半ばを越えた私にそれができるか。

 鬱々の時は、しばらく続きそうである。



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