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 2015年6月30日 再インプラント

 わが玉体に、始めて異物を入れたのは2013年4月8日のことであった。このお釈迦様の誕生日、私は初めてインプラント手術なるものを受けた。左下の奥歯である。
 自前の奥歯はすでになく、それを補って働いてきた奥から2番目の歯も悪くなった。

 「ああ、この歯、後ろ半分が良くないですね」

 そんな歯科医師の話を聞きいて提案を受けた。
 すでにない奥歯はインプラントにし、半分生きている歯は半分に割って生きている方だけを残し、悪くなった方は抜歯する。奥歯部分のインプラントに、1本半分の歯を取り付ける。

 歯がなくては食事ができぬ。食事ができねばやせ細るだけである。いまの私の体形からすれば、多少はやせ細った方が好ましいのかも知れないが、好ましい域を越えてやせ細れば、待つのは死だけである。

 「やりましょう」

 こうして、玉体に異物が入ったのである。


 異物はチタン製の歯根である。チタンは骨との親和性が高く、時間がたてば骨と一体化する。その上に歯を取り付けるのである。だから、根っこである歯根が、顎の骨としっかりくっついていることが前提となる。

 いつ頃からだったろう。当初は快適に噛めていた左の奥歯に違和感を感じ始めた。長く続くので同じ歯科で見てもらうと、

 「ありゃあ、これは歯根がグラグラしていますねえ。やり直しましょう」

 ということで、確か昨年のうちに、せっかく植え込んだインプラントを抜き去る手術をした。玉体内の異物からは解放されたが、何のことはない。元の歯なしに戻っただけである。食べ物を左の奥歯では噛めない。勢い、右の奥歯に負担がかかる。

 「歯根を抜き取った部分に骨が戻ったら、もういちどインプラントしましょう」

 そう、人間の骨というのは不思議なもので、穴を開けて金属を差し込んだあと、その金属を取り除くと、自動的に穴を塞いで元の状態に戻ってしまうのである。

 で、計算からすると、今年の初め頃には、再インプラントができるはずだった。だが、一度失敗したとなると、なかなか次の踏ん切りがつかない。

 歯科医をしている次女の旦那に相談した。

 「だって、お父さん。上に乗せたのはプラスチックの仮歯ですよね。それなのに歯根部分が緩むなんてありえないですよ。歯根は骨と一体化して頑強になっています。どんなに固いものを噛んでも、歯根が動く前に、プラスチックの仮歯が割れます。強度を計算してそうなるようにつくってあるのですから」

 では、なぜ歯根が緩んだのか。次女の旦那も、この問いには答えられなかった。自分で手術したのではないから当然と言えば当然である。

 ということがあって、なかなか

 「では、再インプラントをして下さい」

 と歯科医を尋ねる気にならなかったのである。
 だが、いつまでも放って置くわけにもいかない。酷使したためか、右上の奥歯が少し痛み始めているのである。そこを修復するためにも、左で噛めるようにしなければならない。

 「もういちどインプラントするのなら、歯根は一番太いものにしてください」

 という次女の旦那のアドバイスをひっさげて歯科医師と話し合い、今日、手術を受けてきた。直系4.3o、長さ18o、これが一番太いのだという。

 しかし、だ。歯科医の治療技術とは、本当によくなった’。
 子どものころの歯医者は、地獄の別称であった。麻酔もせずに、回転力もそれほどないドリルで歯を削って穴を開けるから、痛いの痛くないの……。
 神経も薬で少しずつ殺してから取り去るので、何度も痛い思いをしなければならない。
 歯医者の玄関を出るたびに、

 「今日から、一所懸命歯を磨く!」

 と固く心に誓いながら、でも数日するとあれほど固かった誓いも忘却のかなたに消え失せ、

 「えっ、ここにも虫歯ができた?!」

 と地獄に何度も通った私である。
 
 あの時代を思い浮かべれば、今の歯科医はまるで天国。
 今日も、顎の骨にドリルで穴を開けられ、そこにチタンの棒を突っ込まれ、挙げ句に針と糸で患部を縫い合わされたにもかかわらず、患者である私が感じたのは、最初に麻酔を注射するときのチクリとする痛みと、ドリルが骨を削る振動と、口中に溢れる液体(恐らく、血と骨髄液の混合物ではなかろうか)の不快な味だけ。

 「はい、終わりました」

 までわずか30分である。
 痛くない歯の治療。きっと、

 「今日から、一所懸命歯を磨く!」

 という子どもが減って、虫歯の患者が増えるのではないか、と心配になるほどである。

 明日は傷口の消毒、1週間後に抜歯、それが終わればチタンが骨と一体化するのを待つだけである。


 にしても、だ。
 自殺するのは勝手だが(もちろん、自殺しようと思い立つ人が皆無になるのがベストだが)、寄りにも寄って新幹線の中で灯油(多分。ニュースでは「油」といっていた)をかぶって火をつけるとは、言語道断の振る舞いである。
 人間、生まれるときも死ぬときも一人なのだ。自殺も一人ひっそりやるのが人の道ではないか?
 わざわざ新幹線の乗車券を買い、大勢の人が見ている前で死ぬ必要が何処にある?
 という程度の、当たり前の考え方ができないから、自分を自殺に追い込んでしまったのかも知れないが。

 でも、だ。
 こんな、頭のネジが何本か飛んだ男が引き起こした人騒がせな事件を、大々的に報道する必要が何処にある? 世界の常識からすれば、トップニュースはギリシャのデフォルト、次いで箱根山の噴火、ではないのか?

 しかし。
 箱根の噴火がしばらく続いたら、正月の箱根駅伝はどうなるのだろう? 正月の暇つぶしの手段が1つ減るのではないかと心配する私であった。



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