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 2015年7月15日 夏本番

 かと思いきや、まだ梅雨は明けていないのだという。

 「そりゃあないだロー」

 と言いたくなるが、なるほど、太平洋高気圧はまだ梅雨前線を北に押し上げてはおらず、前線は日本列島の南にある。気象上は、確かに梅雨明けはしていない。

 では、何なんだ? この暑さ!

 その最中、日曜日から昨日まで、屋内のような屋外のようなところで朝から夕方遅くまで過ごす仕事をこなした。まあ、体の置き所にはエアコンも入っているのだが、時には炎暑のもとに我が身をさらし、夏本番以上の熱を送り届ける太陽にさらされた。

 まあ、汗が出ればタオルでふけばいい。我慢できないほど暑くなればエアコンの効いた部屋に飛びこんで涼めばいい。
 そんな中途半端な仕事なのだが、目だけは常に、炎暑の屋外を見つめていなければならない仕事であった。
 これ、疲れるんだよね、目が。
 いや、疲れるという言葉でも表現できないほど、目の奥に疲労がたまる。たまりかねて、眼鏡にサングラスを装着(私の眼鏡は、そのような器用なことができる)したのだが、それでも太陽光は偏光グラスを遠慮なく押し破って我が眼底に届き、ジリジリと焼く。
 という次第であったのではないか。とにかく、目をつぶろうと、目薬を差そうと眼底の疲れは一向に消えない。
 恐らく加齢によって、カメラでいえば絞りの役割を果たす光彩の働きが鈍り、外から入る光量の調節がうまく行かなくなっているのではないか。だって、若いころはこんな目の疲れ、体験したことがなかったもんなあ……。

 いや、疲れたのは目だけではない。たいして体を動かしたわけでもないのに、太陽光に身をさらしたわけでもないのに、夕刻になるとがっくりと疲れた。午後6時半、7時過ぎに我が家にたどり着くと直ちに風呂に入り、晩酌をして夕食、という暮らしをたった3日やっただけなのに、昨夜は9時半には布団に入り、10時には夢の世界で踊っていた。

 今朝起きても、まだ疲れが抜けていなかったのは、夢の中で踊りすぎたせいか?
 ために、今日は自主的に

 安息日

 と決めた。それでも、仕事中に治療した歯にかぶせていたプラスチックが割れたために、朝は歯医者に行って修理し、この3日できなかった買い物(もちろん、妻女殿の指令による)を済ませ、午後からはO氏にビッグコミックと音楽データの入ったUSBメモリーを届けた。

 私のプランではそれだけで終わるはずだった本日も、しかし、前橋から仕事の指令が来て、

 「えーっ、この上、まだ仕事をするのかよ」

 と不満を吐き散らしつつ、仕方なくこなしたのである。

 ふっ、疲れたときは休ませてくれよ。もう66歳だぜ!


 と、疲れた体に鞭打っていた今日、政府は安全保障関連法案を、衆議院の委員会で強行採決した。
 野党の方々は様々に抗議をされていたが、まあ、冷静に考えれば、民主主義とは、数を持って結論を導き出す政治システムである。前回の選挙で惨敗した弱小野党が、いくら声を揃えて

 「暴挙だ」

 「民主主義を踏みにじるものだ」

 と叫んでみたところで、まあ、彼らが多数与党になれば同じ事をするに決まっているのだから、こちらとしてはしらけるばかりである。

 万が一、100人中20人が反対し、80人が賛成している法案を、20人が反対しているからと行って廃案にしたら、それは民主主義か?

 全員が一致しなければ国の方向が決められないとしたら、国の方向を決めるには挙国一致内閣を作るしかない。つまり全体主義である。安保法案に反対される方々は、民主主義を否定して全体主義の復活をお求めになっているのであろうか?

 メディアの世論調査によると、今回の安保法案では、反対が賛成を上回っている。であるのに、国会で絶対多数を誇る与党が法案の成立を図る。
 私見によると、問題は、このズレである。今のような代議制民主主義というシステムを採用している以上、このズレは解消できないのだ。

 だから、問題は強行採決ではない。このズレである。なのに、どうして皆さん、今の政治システムに疑問をお持ちにならないのだろう? 戦後70年の間使ってきた政治システムには、致命的な欠陥がある。だったら、どうすべきか、とお考えにならないのだろう?

 確かに、世界中見回しても、この民主主義政治システムの欠陥を乗り越えた国はない。また、私の狭い知見の中では、

 「こちらの方が優れたシステムだ」

 との提案も出てきていない。
 加えて言えば、民主主義は、それまで人類が経験してきたどの政治システムに比べても優位性を持つものであると私は思う。
 だからこそ、問題は深刻なのだ。

 長年続いてきた自民党一党支配を打ち破り、

 「やっと日本の政治にも夜明けが来た」

 と我々に思わせた民主党政権が誕生して自滅したのは、ほんの先頃のことである。宇宙人とアホ菅とドジョウ首相が日本をどん底に陥れた。我々には、その記憶がくっきりと残っている。

 政治の常道は、安倍政権が国民の意思と違う方向に国を持っていこうとしているのなら、そのために安保法案を強行採決しようとしているのなら、次の選挙で、自民党を野党にたたき落とすことである。そして、一度成立した安保関連法案をすべて廃棄する。それしか道はない。

 だが、安保法案への国民の信を問う選挙が年内に行われたとして、さて、自民党を少数野党に叩き落とすことができるか? 
 民主党の、そしてその他弱小野党の体たらくを知る私には、自民党が惨敗する図を思い描くことがどうしてもできない。選挙になれば、国民は安倍政権を信任したという結果にしかならないのではないか。
 とにかく、野党がダラしなさ過ぎる

 それはそれとして。
 戦後70年、平和とは水や空気と同じでただであった。だが、ひょっとしたらただでは平和は守れない時代に、我々は否応なく入っているのかも知れない。中国の動きは不気味である。
 その時代に、日本の平和をどう守るのか。
 
 安倍政権は安保法案の強行採決という形で、日本の平和を守る手立てを示した。それが正解かどうかは、ひょっとしたら神のみぞ知ることである。
 だが、神頼みでは、いつまでたっても神ならぬ身の人間が正解にたどり着くことはできない。たどり着かぬうちに血が流れては元も子もない。もっと現実的に、武力を使わずに日本の安全を守る方策を考えねばならぬ。

 日本国民の大多数は平和を願っていると思う。だが、願うだけで平和が手にできる時代はまだ続いているのだろうか?
 日本の平和の守り方をプラグマチックに考得ざるを得ない時代に入ったような気がするこの頃である。



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