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 2015年8月11日 奉仕

 我がファミリーの目には、私は異能の持ち主と見られているらしい。それとも、単なる便利屋として使われているだけなのか?

 日曜から昨日にかけて横浜へ行き、大工仕事をこなしてきた。次女の旦那がやっている歯科の階段で使うスロープを作ってきた。

 「えっ、俺が作るの?」

 そんな会話を次女と交わしたのは、かれこれ一月ほど前のことである。
 なんでも、その歯科に車いすに乗った患者予備軍がおいでになった。とある病院で

 「いやあ、うちは車いすの患者さんは、施設が古いので対応できません」

 と断られ、市内の病院のバリアフリー度を調べているのだそうだ。で、次女の旦那の病院も、待合室までは車いすでも行けるが、そこから診療室に入るには2段の階段を上らねばならない。だから、そんな患者さんにも対応できるように階段をスロープにできるようにしたいのよね、というから、フンフン、今時、それぐらいの備えは必要だろうなと聞いていたら、突然

 「で、お父さん、いつ作ってくれる?」

 いつ? 俺が作るって決まってるわけ? ちょいと待て。俺、そんな話、聞いてないぞ、と答えたら

 「だって、この間お母さんに電話で話したら、お父さんに作ってもらえばいいわよ、っていってたんだから、話は通じてるんだと思って」

 こいつら、俺のいないときにどんな会話を交わしているのか。なんでも、私が製作を担当することで話はずいぶん先まで進み、私には逃げる自由もないらしいと悟った。であれば、やるしかない。

 というわけで、話は冒頭の独白に戻るのである。


 スロープねえ。車いすの人が来たときだけ使うとすると、その時だけ使えるよう、取り外し式にせざるを得ない。しかも、私が加工できるのは木だけである。金属の加工などやったこともないし、そもそも設備がない。
 とすると、合板を使い、それに三角形の足をつけて階段にぴたりと収まるようにするしかない。

 「分かった。とりあえず、階段の横幅と、それそれの段の高さ、足を乗せるところの幅を測ってくれ」

 それがなければ設計図がかけない。

 測った数値が来て、とりあえず図面を書いた。その上で太田市のジョイフル本田まで出かけて、手に入る合板を探した。
 見た目は、ベニヤ板のような積層合板より、木のブロックを組み合わせた合板の方が綺麗である。確か、90p×180pのサイズで売っていたはずだと探したが、ない。我が家のテレビ台は、確かそれで作ったはずなのに、ない。あったのは、幅50p、長さ4mの巨大な異形の板である。厚みは2.5pと3pの2種類だった。このサイズをはずすと、厚みが1.9pの次は3pを超えてしまい、適度な厚みの板がない。しかも、ベラボーに高い
 となると、この板を使わざるを得ない。2.5pに決めた。

 自宅に戻り、この板を買うことを前提に図面を描き、カットする寸法を出す。
 階段の幅は115p。とすると、50p幅の板だから、同じ長さの板を2枚と、同じ長さで幅を15pのカットしたものがいる。これがスロープになる。

 階段の構造は次のようである。まず床があり、高さ10.5p、奥行き30.5pの1段目がある。その10.5p上にある2段目はそのまま床になって診療室に続く。
 だから、スロープになる板に取り付ける三角形の足は、2種類が必要だ。まず、長さ30.5pの1段目にかかるもの。これは底辺が30.5p、高さ10.5pの直角三角形を作ればよろしい。

 だが、その下の床の部分で足になる三角形はどうなる? 板の厚みが2.5pあるので、同じ三角形ではうまくいかない。これは図面で大まかな寸法を出すしかない。

 実物大の図面を起こし、階段の側面図を書いた。そこに、暑さ2.5pの板を描く。あ、そうか。板を置いただけでは、車いすはスムーズにスロープに乗ることができない。お手元の紙に大まかな図面を描いていただければご理解いただけよう。そう、横から見れば長方形である板を、斜めに階段に置けば、下の床と接するところは隙間ができてしまうのである。とすれば、この部分は角度をつけてカットし、スムーズに床にラインとつなげ萎えればならない。
 そういえば、上の部分も、直角三角形の高さを階段の高さと同じにしてしまうと、スロープになる板の角が飛び出してしまうではないか。ということは、板の厚みを考えて三角形の高さはおおよそ7.5pにしなければならないわけで、いや、8pにして飛び出したスロープ板の角を削った方がいいか……。

 木での工作は、おおむねの寸法でパーツを切り出し、あとは現場で合わせることである。いわば、妥協の産物だ。
 と思い決めて再びジョイフル本田を訪れ、板を買ってカットしてもらい、車に積んで帰宅。日曜日に横浜に向かった。


 「スロープを作るのは相模原の歯科医院ではないの? なのに、どうして横浜へ?」

 と疑問をお持ちになったあなたは、我が家の事情に、私以上に通じておられる。
 じつはこの工作、もうひとつ別の目的があった。
 瑛汰の夏休みの宿題である。自由研究の題材に使うのである。この作業の体験記とあわせて、バリアフリーについての研究をするのがテーマだ。とすれば、瑛汰を作業に参加させねばならない。そのため、まず横浜の次女の家に寄り、瑛汰、璃子、次女を乗せて相模原に向かったのである。

 ひとつだけ事前にカットしていなかったところがある。スロープになる板の長さである。
 実物大の図面で大まかな長さは把握していたが、現場で正確に長さを出すにこしたことはないと、少し長めに95pにカットしておいた。
 軽くて取り扱いが簡単なのは、幅15pのスロープ板である。これで正確な長さを出し、幅50pの板はそれに合わせて切る。これで楽勝だと高をくくっていた。ところが……。

 現場では、出せないのである、正確な長さが。疑問に思われる方は、おたくの階段に厚みのある板を置き、3段目までをスロープにするには長さをどうしたらいいか試みられるとよい。厚みのないものなら、合わせればすぐに長さが出る。ところが、厚みのある板はそうはいかない。下を合わせると、上に余る。では、余った部分をカットすればいいかというと、そうではない。下の床に接触しているのは、あとで斜めに削り取らねばならない角っこなのだ。この状態でカットしたら完成品は短小になってしまう。それでは、と上を合わせて長さを出そうとすると、下には床があるから、どうしても階段にピッタリ沿わせられない。つまり、どこからカットしたらいいかは分からないままである。

 それは予想内のことであった。だから私は、自宅で厚紙に、原寸大の図面を書いていたのだ。現場にそれを持ち込み、念のためにもういちど階段の寸法を測り、図面を正確に書き直して原寸大の階段の側面図を切り離し、板をそれに合わせてスロープ板の長さを決める予定であった。

 ところが、事故は起きる。確かに運んできたはずの原寸大図面が何処を見回してもない。
 それでも困らないところが私で、であればと、近くにあった段ボールに再び原寸大の図面を描き、カッターで切り離して階段に合わせ、

 「よし、これで間違いない!」

 と、電動丸鋸を取り出して幅15pの板をカットした。それを階段に合わせる。

 「あれ、これ、短いわ!」

 練りに練ったはずの計画に齟齬が生まれる。何処で何を間違ったのか。瞬時呆然とするのは人間たるものの常である。だが、呆然とするだけでは人間は前には進めない。

 「ま、いいわ。余った板があるし、幅15pのスロープはあとでもういちど作ればいいじゃないか」

 と直ちに気を取り直すのが私の優れた資質なのだ。
 取り直して、50pの板に挑んだ。もう間違いは許されない。これに失敗したら、それを補填する板はもうない。何度も型紙を階段に合わせ、慎重の上にも慎重に測定してカットした。
 端材で、スロープ板の上下の斜めにカットするラインを、現実の階段に合わせて決める。丸鋸で切り、再び階段に合わせる。これでよし。上下のカット角度が決まった。そして、上下のカット角度が決まれば、スロープ板の長さも正確に割り出せる。下の部分のカットした端材を現場に合わせ、そのラインを上に伸ばして物差しで測ればいいのである。

 で、50p板の加工に取りかかった。まず、上の部分の角のカットである。これは、丸鋸のカット角度を調整(目分量でいうと20°から100°程度まで変えられる。通常は90°、つまり直角で使う)して、自作の丸鋸ガイド板に丸鋸を押しつけるようにして切る。2、3度やったら、端材で出した角度とほぼ同じに切ることができた。

 次は下の部分である。これはカット角度がかなり大きい。丸鋸の角度を最大にする。

 「あれ、角度が足りないや」


 かなり重い丸鋸は、右手で使うしかない。右手で使うと、せいぜい45°程度の角度しか切れない。高さ2.5p、底辺の長さ約10pの三角形の鋭角は、さて何度になるのだろう? 私の丸鋸は最大角にしても、必要な部分の半分ほどしかカットできないのだ。

 「……」

 やむを得ない。これは、事後にカンナで削るしかない……。

 こうして、部材はとりあえず出そろった。

 「瑛汰、おいで」

 これまでは電動丸鋸を使った作業であった。電動丸鋸とは、実に危険な道具である。それに重い。小学3年生の瑛汰の腕力では使えないし、使わせて怪我でもされたらことである。電動丸鋸での怪我は、指を切り落とすなど取り返しのつかない事故になる危険が高い。
 しかし、その作業は終わった。あとは、たいして危険のない作業である。

 「瑛汰、まず、ここにカンナをかけよう」

 カンナの刃を調整し、私がまず削る。

 「よく見てろ。ほら、瑛汰がやってみな」

 なかなか削りクズが出てこない。

 「瑛汰、持ち方が違う。それじゃ力が入らないだろ」

 右手を刃に、左手を台において力をこめて手前に引く。10回ほどやっていたら、やっと削りクズが出るようになった。

 「ボス、これ難しい」

 確かに難しい。瑛汰、ボスの偉大さが分かったか?

 しかし、であるある。カンナで削る作業は実にまだろっこしい。薄皮を1枚ずつ剥いで行く作業だ。このラインまで削りたいと思っても、なかなかそのラインに到達しない。
 それに、基本的な舞台設定ができていない。カンナをかけるときは、手前の出っ張りで削る板を止めてくれる作業台があるから、カンナを力一杯手前に引けるのである。ところが、歯科医の一隅、幅1.15mほどの廊下にそのような作業台があるはずもない。勢い、低いテーブルに板を乗せ、こちらは低く椅子に座って足の膝の部分で板を壁に押しつけながらの作業である。やりにくい、膝が痛い、足の筋肉がこわばる……。

 「よし、瑛汰、次はこの三角の足を板に取り付けるぞ」

 まず、ドリルで少し穴を開ける。ねじの頭を外に出さないためである。次はドリルをプラスねじに付け替え、これで木ねじをねじ込む。

 「瑛汰、こっちから支えているから、このドリルでねじを回せ。ほら、ドリルの先をこのねじに合わせて、前に押しながら引き金を引け」

 ブイーン、ガタガタガタガタ

 「ほら、もっと力を入れて押さない外れるだろう。もういちど」

 ブイーン、ガタガタガタガタ

 歯科医のパパが登場した。

 「瑛汰、斜めになってる。だから外れるんだよ。真っ直ぐに押しつけて。引き金を一気に引いちゃだめ。少しずつ回して、そうそう、少しずつ……」

 ブイーン、ガタガタガタガタ

 「こら、また外れたじゃないか」

 作業の様はママが写真に納めている。夏休みの自由研究、瑛汰君奮闘の巻だ。

 何とか片がついたのは午後4時をかなり回ってからだった。
 後片付けは瑛汰のママに任せ、汗だらけ、木くずだらけになった私は上半身裸となり、濡れタオルで汗をぬぐって着替えた。横浜の家に戻りついたのは午後6時を待ってからだった。疲れた。


 翌日。
 瑛汰は朝から、自由研究のレポートづくりに取りかかった。

 「だったら、瑛汰。まず、図面を描きなさい。階段の図面を描いて、次に、木の切り方の図面を描くんだ。さあ、やれ」

 「ボス、どうやってやるの?」

 「そう、階段を横から見た図を描くんだ。まず、下の床がある。そこから10.5pの高さで1段目があり、1段目の奥行きは30.5pだな。そして10.5p上がって上の床がある。それを縮尺して、縮尺って分かるか? 10分の1の縮尺にしたら、10.5pは1.05pになる。30.5pのは3.05pだ。それじゃあ小さすぎるから5分の1にするか。そうしたら2.1pと6.1pだ」

 「ボス、描いたよ」

 「じゃあ、それにスロープになる板を乗せてみよう。板の厚みは2.5p。だから5分の1で0.5pだな。ほら、こうすると、昨日瑛汰がカンナで削った部分が、こことここ、ってわかるだろう」

 「描いた」

 「よし、木をどう切ったかの図面が次だ。幅50p、長さ4mの板をどう切って必要なパーツを作ったか描くんだ」

 そこまで指示をしてソファで読書を始めたら、妻殿の声がした。

 「お父さん、瑛汰、泣いているよ。ちゃんと教えてやらなくっちゃ」

 そうか、木のカット図面を描かせるって、小学3年生にはまだ無理だったか。しかし、泣くか? こんなことで……。

 「瑛汰、まず、板の縮尺図を描きなさい。そう、長さを20pにしたら幅は2.5pだな。必要なのは、長さ95pの板と、こんな長さの三角形だ。どう切ったら、そんなパーツができる? 考えろ」

 涙で仕上げる自由研究。美しい、幼年期の一コマである。

 そういえば今日、瑛汰から電話が来た。

 「ボス、使った道具って、何だっけ?」

 「道具? うん、電動丸鋸、電動ドリル、電動サンダー、カンナ、鋸、それに定規に鉛筆、ってところかな」

 「板は?」

 「板は道具じゃない。あれは材料だ」

 瑛汰の自由研究、出来上がったかな?

 で、私は腰を心配しながら作業をした。とにかく、私がやらねば、この歯科医院には車いすが乗り入れられないのである。世のため人のための、尊い自己犠牲精神である。
 という善行を施したからだろうか。心配したほど腰へのダメージはなかった。
 ダメージは別の場所に出た。腰からしたの筋肉痛である。膝で板を壁に押しつけながらのカンナがけが響いたものと思われる。歩くのが辛い……。

 ま、1週間もすれば元に戻ると思うが。
 善行とは、筋肉痛を伴うものらしい。



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