●日誌一覧

シネマらかす

グルメらかす

音らかす

旅らかす

スキーらかす

事件らかす

 2015年11月11日 離婚・再婚

 私、肺気腫なのだそうである。
 という経緯は、前の日誌に書いた。まあ、ネットで調べると、肺気腫だとしても極めて初期症状だと思われるが、こいつが進むと呼吸不全になる。ときおり街で見かける、鼻からパイプを入れ、ボンベが取り付けられた車をガラガラ引いている人たちは、これらしい。つまり、ボンベに入っているのは酸素で、空気からは十分な酸素が取り込めなくなったため、純酸素を肺に送り込んでカバーしているわけだ。
 と分かっても、あまり美しい図ではない。

 どうしたらいい? と訪ねた私に、医者は

 「タバコをやめましょう」

 と答えた。
 私は極めて素直な人間で、そりゃあそうだわな、と得心した。なにせ、20歳の時からハイライトを吸い続けているのである。考えてみれば46年。タール17mg、ニコチン1.4mgの、まあ世間的にいえばきついタバコを吸い続けているのだ(昔は、ニコチン、タールともにもっと多かったような気もするが?)。多少の障害が出始めてもおかしくはない。

 しかも、

 「安堂さん、そろそろ軽いタバコにしたら?」

 といってくれた人がいなかったわけでもない。昔で言えばセブン・スター、いまならマイルド・セブンというところか。

 「じゃあ」

 と吸ってみたこともある。が、まったく味がしない。スカスカした煙が入ってくるだけで、何の味もない。

 「こりゃあいかんわ」

 吸った気がしないから、ついついチェーン・スモーキングになってしまう。喫煙本数が莫大に増えて金がかかる割に、満足感は皆無だ。

 「やっぱり、俺はハイライト」

 それが46年続いた。

 無論、浮気も試みた。ピース、ショートホープ、アメリカタバコ、ゲルベゾルテ。キャメルもジタンも吸った。だが、いつかやっぱり、ハイライトに戻る。
 考えてみれば、ポケットにほとんど金がなかった学生時代にお付き合いを始め、多少のゆとりができてあれこれ味見はしてみるが、すぐに元に戻る。私は糟糠の妻を捨てられない律儀な男であった。

 
 「安堂さん、肺気腫なんですって」

 そんなことをいってきたのは、桐生で仲良くなった経営者、Kさんである。彼も愛煙家。見ていると、私の数倍タバコを愛する人である。

 「タバコを吸うのは非国民

 というキャンペーンがすっかり浸透してしまったタバコファシズム寸前の現代社会で、彼が経営する会社ではタバコが吸い放題である。私が尋ねると、御茶の前に灰皿が出て来る。その彼が、

 「だから、このタバコにしませんか?」

 と、彼がいつも吸っている、カラフルなケースに入ったタバコを私の前に押しやった。Natural American Spiritと書いてあった。

 「あのねえ、これ、100%無添加のタバコなんですよ。無農薬、有機栽培の葉しか使ってなくて、しかも燃焼促進剤も入れてない。だから火のつきが悪いんだけど、この燃焼促進剤が体にうんと悪いって言うんですよ。いい葉っぱを使っている分高いけど(一箱480円。ちなみに、ハイライトは420円)、これにしてくださいよ。安堂さんは大事な人なんだから」

 言われたときは、軽く受け流した。

 「だって、タバコでしょ? ハイライトは体に悪いから、っていったって、これもタバコなら多かれ少なかれ体には悪いでしょう。程度問題、五十歩百歩、目くそ鼻くそを笑う、でタバコを変える? 俺らしくないなあ」

 セブンスター、マイルドセブン、どちらも拒否した私である。何で今さら、訳のわからぬタバコに鞍替えせねばならん? 一時の浮気ならともかく、離婚して再婚するほどのことか? それって、どうしようもなくつまらないいまの女房と離婚して、ほんの少しだけましな、でもやっぱりダメな女と再婚するようなものじゃない?
 そもそも、いまの妻も問題だと思うから、夫婦生活はできるだけ制限し、1日10本以下に減らしているのだ。

 が、である。
 彼が私の健康を気遣って入ってくれていることは疑いがない。であれば、己の主義主張と齟齬があるからといって頭から無視するのはいかがなものか。
 と思い直してたばこ屋に足を運んだ。

 Natural American Spirit。棚を見渡すと、これ、結構種類があるのだ。それはこちらで確認していただくとして、私は選択に迷った。

 私の正妻はハイライトである。強さが取り柄である。
 男が離婚して、次の妻に選ぶ女は不思議なほど離婚した妻に似ているという。実生活ではまだ離婚経験も再婚経験もない私は、

 「へーっ。人間って変だね」

 と思うばかりだ。いまの正妻と離婚して新しい妻を迎えるのなら、どうしてまったく違ったものを選ばない?

 と頭の中では考えるのだが、店頭で私は、普通の男になった。Natural American Spiritでも、タール、ニコチンが多いものから選んだのである。
 青箱(タール12mg、ニコチン1.4mg)、黒箱(9mg、1.2mg)を自宅に持ち帰った。どちらも、ハイライトに比べれば弱い。

 「味はしっかりしているか?」

 疑いながら火をつけた。確かに、火の付きは悪い。だが驚いたことに、きっちりと味わいがあり、しかもなかなか美味なのだ。

 「これは、ひょっとしたらいいのかも知れない!」

 正妻を取り替えるのなら、いまの正妻と対極にある女を。そう唱えた私を思い出し、2度目にたばこ屋を訪れたとき、黄箱(8mg、1.0mg)、オレンジ箱(6mg、0.7mg)を購入した。とりあえず、強い方の黄箱から開けた。あれまあ、これもそれなりに美味である。

 「こいつと再婚する手もある」

 長年の糟糠の妻、ハイライトはいまや出番がない。一箱だけ残っていたので、いずれは最後のお付き合いをするつもりだが、それが離婚式となりそうだ。そして、どうやらNatural American Spiritと再婚してしまいそうな勢いなのだ。

 であれば、ハイライトとは、できるだけ対極にあるカラーを選ぶに越したことはない。オレンジ箱でも満足したら、ウルトラライトの3mg、0.4mgを試みよう。その上で再婚相手を決める。

 まあ、これはタバコの話である。実生活もこんなに簡単に○○を切り替えられればなあ。
 
 ブルッ! なんだか妻女殿が後ろから覗いているような気がしたが……。気のせいか? おお、怖わ!



前の日誌                             
無断               メール