●日誌一覧

シネマらかす

グルメらかす

音らかす

旅らかす

スキーらかす

事件らかす

 2016年1月18日 雪

 であった。
 深夜前後に振り始めた雪が明け方まで残り、目が覚めると、隣家の屋根、庭、テラスなどがうっすらと雪化粧していた。

 「なるほど。最近の元気予報はよく当たるわ」

 雪に足を濡らしながら新聞受けから新聞を取り出し、降雪のため薄暗いままの居間に電気をつけて新聞を読み始めたのは、午前7時過ぎのことであった。

 雪が降る日は暖かいというが、今朝は肌寒かった。床暖房だけでは足りず(石油節約のため、設定温度が低いから仕方ないが)エアコンをつける。少しずつ温もり始めた部屋で思うのは

 「ほっ、俺の車はスタッドレスをはいていない。桐生勤務では会社の補助対象にならないからだ。だから外出できない。ということは、今日は胸を張って仕事をさぼれるなあ」

 何とも不埒な男ではある。

 まあ、いずれにしても朝のうちは車に乗るわけにはいかなかった。スリップ事故でも起こしたら目も当てられなくなるからだ。
 やむなく、朝から算数。啓樹と一緒に取り組んでいる問題集を解き進んだ。

 が、机に向かいっぱなしでは体に悪い。ふと思いついて外に出た。玄関から門口まで続く煉瓦敷きの通路の雪を溶かそうと思いついたのだ。

 外に出ると、雪は雨に変わっていた。そして、寒い。
 屋内にとって返し、ダウンジャケットを着込み、正月の苗場行きのために買ったスノーブーツを履く。それに傘を差して、このスタイルで水道のホースを握り、煉瓦道に張り付いた雪を洗い流そうというのだ。

 考えてみれば、我が家屋は老夫婦しかいない。おまけに、同居の妻女殿は足が悪くてヨタヨタとしか歩けない。あの歩行能力でこの雪の煉瓦道に出れば、悪くするとスリップ事故が起きる。打ち所が悪ければ悲惨なことにもなりかねない(の方が楽しいかも、という心の内を決して口にしてはいけない)。
 という私だって、かつてに比べれば足腰は弱っている。妻女殿の心配をする前に私が滑って転んだりしたらお笑いぐさだ。

 ホースから勢いよく水をほとばしらせ、少しずつ雪を押し流す。

 「だけどよ」

 と頭のうちでもうひとりの私がささやきかける。

 「あんたさ、いつもは『若い者に負けるか!』って肩肘はってんじゃないの? それなのに、たったこれしきの雪で転ぶ心配をするのかよ?!」

 まあ、もうひとりの私の言葉だけあって、正論である。正論には正論で答えねばならぬ、とささやかれた私は身構える。

 「あのなあ、ある程度の歳になったら、少しずつ若いヤツに負けなくちゃならんのだよ。それがわからないなんて、あんた、まだまだ未熟だな」

 反論されてムッとしたか、もうひとりの私がムキになって突っかかってきた。

 「それは聞き捨てならん。なんで、あんなひ弱な奴らに負けなきゃならんのだ!」

 そこで私は、もうひとりの私に懇々と諭してやった。

 あのねえ、だったら教えてやろう。

 あんたにも若いときがあったわな。その時、年寄りってどう見えた? 経験も知識も知恵も判断力も発想力も、あんたより遥かに上だって思わなかったか? 思っただろう?
 じゃあ、いくら議論しても勝てないそんなジジイどもに勝てるのは何か? 体力ぐらいしかなかったんじゃないか? 瞬発力、持続力、それならジジイどもに勝てるわ、と自分を慰めていたのではなかったか?

 それがさあ、今度は自分がジジイになったわけだ。確かに、経験も知識も知恵も判断力も発想力も、若い頃のあんたに比べれば遥かにましになったよな。だけど、失ったものもある。
 体力だ。

 雪道で、若い頃なら転ばなかったかも知れない。転んでも怪我はしなかったろう。だけど、経験や知識が身についた分だけ落ちた体力では、同じ道で転ぶかも知れない。転んで大けがをするかも知れない。それが歳をとるということなのさ。
 それでバランスがとれるんじゃないの?

 考えてもみろよ。
 経験があって知識があって知恵があった判断力があって発想力がある。おまけに若い頃に比べれば経済力もある(もっとも、間もなく到来する「年金便りの暮らし」では、経済力はなくなるが)。その上体力まであったら、若い女が放ってはおかないだろ? 若い男連中が女日照りなるだろ?
 そりゃあ、俺はそっちの方が楽しいしありがたい。だけど若い連中は発狂するだろうし、第一、少子化が進むじゃないか。
 だから、これでいいんだわ。

 ふむ、たかが水まき程度でこのような根源的なことまで考えてしまう私は、やはり深みのある人間なのだろうか? 女性から見れば、人間としての魅力に溢れ、憧れの極に鎮座する理想の男なのだろうか?

 などと考えていたら、すっかり手がかじかんでしまった。
 煉瓦道の雪はすべて洗い流した。これで、妻女殿がふと外にお出になることがあっても、危険度は小さくなったはずである。なにせ、あのお方は

 「危ないからよせ」

 というと、逆にムキなっておやりになる方であるからなあ。
 と思いながら屋内に戻り、蛇口から湯を流しっぱなしにして冷え切った手を温める私であった。


 しかし、この程度の雪で首都圏は大騒ぎである。数年に1回はこの程度の雪が降るのに、降るたびにこの騒ぎだ。経験知を積み重ねる、というのが苦手な連中が首都圏で押し合いへし合いして暮らしているらしい。

 今日、我が息子は

 「こんな日に会社に行くヤツはバカだ」

 と自宅で仕事をしたらしい。
 まともに考える変わり者が複数いるのが、我がファミリーの特徴である。



前の日誌                             
無断               メール