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 2016年2月27日 割れ鍋

 私は、絶対に政治家にはなれない性格である。私は恥という概念を知り、恥を受け止める感受性を持ち、ために、できうる限り恥をかかぬようにしようという志向を持つ。
 そんなものが身についていたら絶対にできない商売、それが政治家である。

 と改めて考えたのは、永田町でまたしても茶番劇が展開されているからだ。
 民主党維新の党が一緒になるのだそうだ。奴らは

 「バカをやっていいのは休み休み」

 という哲理を知らない間抜け揃いらしい。

 考えても見ていただきたい。
 民主党は、長年国民の間に蓄積し続けてきた

 「自民党って、やばいんじゃないの? やばくなくても時代遅れでは? そもそも一党独裁ってのは……」

 というまっとうな感覚の内圧が高まった機をうまく捕らえ、ほかに適当な政党がなかったという理由も手伝って一度は政権に就いた政党である。ところが、増税はしないという公約を自らの手で破壊し、アホ菅が総理をやっているころから、増税が必要だと突っ走り始め(これは、イラ菅の経済知識のなさによる)、ドジョウが消費税引き上げを決めちゃった。
 それだけでも万死に値するのだが、火星ちゃんは沖縄の基地移転問題で迷走し、イ菅は福島原発で不勉強ぶりを暴露するし、ドジョウは尖閣諸島を国有化して中国につけ込む隙を与えた。
 
 まだまだあるが、とにかくまともな内閣ではなかったことは、たったこれだけの事例を挙げただけで明々白々である。
 だから有権者に見放されたのだ。

 つまり、政権担当能力など、逆立ちしても出て来るはずのない政党であることを自ら証明し、有権者は、その証明に

 「この証明は正解です」

 と○を与えて政権の座から追放した。いってみれば、永田町の割れ鍋なのだ。

 一方の維新の党といえば、これはもう、一時の橋下人気を当て込んで、その傘の下で国会議員になって美味い汁を吸おうと考えたいじましい連中の寄り集まりに過ぎない。ここ群馬県にもそのような不心得者が1人いて、前回の選挙では首の皮が一枚だけつながって現役を続けているが、いずれにしても橋下が政界引退を表明(20000%ないと明言したことをやっちまう男だから、今回も先のことはわからぬが。それにしても、こんなヤツを拾うテレビ朝日の不見識ぶりはみんなで記憶にとどめておくぞ!)して核を失い、組織も分裂して、いまや人数だけが国会における存在意義、という政党だ。
 要するに、永田町の綴じ蓋なのだ。

 割れて使い道がほとんどなくなった鍋に、あっちこっちかけちゃったので修理したら、この割れ鍋にだけはピッタリ合うようになった綴じ蓋。2つの政党の野合を表現するのにこれほどピッタリな言葉はない。

 自民党にまたしても数の奢りが目立ち、相変わらず金にまつわる疑惑が出ている。そう、自民党だってたいした政党ではないのである。

 「我々は自民党への対抗軸をつくり、政権交代可能な政党を作る」

 といったかどうか知らないが、同じようなことはあちこちで言っているはずだ。
 だけどさ、自民党がいくら金と女と失言と、あ、そういえば男の男疑惑もあったな、まあ、そんなもので出来上がっている政党だとしても、割れ鍋、綴じ蓋じゃ闘えるはずはない、としらけきっているのは私だけか?

 そもそも、民主党だって維新の党だって、恥を知らぬ連中が寄り集まっているに過ぎないのだから、口ではわかったようなことを言っているように聞こえるが(といいながら、最近は私の耳にはそうは聞こえないのだが)、心の中じゃまったく違ったことを考えてるんだろうな。

 「ここで合流すると、俺の選挙区の票は2党分合わせるとこれだけになるし、選挙区で堕ちても比例区では何とかなるな」

 なんて、次の選挙をにらんだ数勘定だけがエクセル表で展開されていたりして。

 ねえ、あんたら。安保関連法、どうするの?


 今朝

 「旅芸人の記録」

 をamazonに発注した。
 これ、妻女殿が

 「見たい」

 とおっしゃったギリシャ映画である。どうやらギリシャの債務危機とは関係ないようだが、多分、新聞の映画欄か何かでごらんになり、思いつかれたのであろう。
 それでTSUTAYAでレンタルしようと登録した。もう半年以上も前のことだ。それなのに、いまだに届かない。いや、届かないばかりか、どうやら私の前に300人を超す客が列を作っているようなのだ。TSUTAYAの在庫は4セット。私のように、届けば直ちにコピーして送り返す、という人ばかりではないだろうから、例えば1人が1週間借りるとすると、1セットでは年間50人にしか捌けないわけで、4セットでも200人。

 「おい、これ、2、3年待たないとTSUTAYAからは来ないぞ」

 と注意を喚起したのが昨夜であった。amazonで買うと、4845円。新品も中古も同じ値段だから、他に打つ手はない。

 「どうする?」

 まあ、人間60も半ばを過ぎれば、いつ身罷っても不思議ではない。ひょっとしたら

 「見ずに死ぬかも」

 とお考えになったかどうかはわからぬが、

 「じゃあ、買って」

 とおっしゃったので、今朝、パソコンでポッチンした。

 いやあ、amazonはすごい。今朝ポッチンしたDVDが、何と午後7時に我が家に届いた。そのうちドローンで運ぶ、なんてことも言ってるから、数年すれば、ポッチンして3時間後に商品が届く、なんてことも夢物語ではない。

 思い起こせば、amazonがネット通販を始めた頃、私はネット通販には否定的であった。

 「あのさ、確かに注文だけはネットでできるよ。そう、受注だってネットで即座にできる。だけど、受注した商品は発注した客に届けなくちゃいけない。それには運送業者に頼んで運賃を払って、ということになる。その運賃は誰が負担するの? 2000円の本を買うのに、600円の運賃を払うのは嫌だぜ、俺。だから、ソフトウエアとか、音楽とか映画とか、ネットでダウンロードできる商品はネット販売に向いてるんだろうけど、本や家電、パソコン、ましてや車なんかがネットで売られる時代なんて来ないって。絶対に来ないよ」

 その不明を恥じる。いまや、私の消費者生活はネットがなければ、amazonがなければ成立しなくなったもんなあ。
 にしても、だ。私が小荷物を宅急便で出すと、安くても600円は撮られる。なのに、800円の本が送料無料でamazonからは届く。800円の本の利益が600円もあるはずがない。だとすると、誰が負担してるんだ? あの配送料……。

 あ、話は横道にそれたが、5000円近い金を積んで買った映画でも、我が妻女殿は平気で

 「これ、面白くない。途中でみるのやめた」

 とおっしゃる強心臓の持ち主である。かつて、

 「非情城市」

 という台湾映画がそのような運命を辿ったのである。あれも確か、4000円近かったのではなかったか。

 さて、今回の4845円は生きるか……。



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