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 2016年5月18日 せこい!

 この人を正確に描写するのに、これ以上相応しい言葉を見つけるのは困難である。

 せこい!

 せこい〔「世故い」の意〕目先の利益にとらわれて、他から見れば度量がせまいと思われることをする様子だ。「千円の会費を出しおしむとは——ヤツだ/——話だ」(新明解国語辞典第七版より)

 さすがは新明解である。例文の引き方も、まるで舛添の今日を予測していたかのごとくではないか。

 いや、舛添の無様をいちいちここであげつらわなくても、おおむねのことは御存知であろう。週刊誌やテレビ、新聞でごらんになって

 「公人のなかでも公人である都知事として許すべからず!」

 と頭のてっぺんから湯気を立ててお怒りの方は、まあ、ありえないとは思うが、あきれ果てていらっしゃる方は多かろう。

 私は、思わず笑ってしまったのだ。せこい! と。

 だってですよ、どれほどお金に困っていらっしゃるのかは知らないが、ハイシーズンに、家族4人で旅行にいった宿泊費が、たったの8万円ですよ、8万円!
 いったい、どんなホテル、旅館かも知れないが、お泊まりになったのだろう。客が混み合うハイシーズンの観光地は、1人4万円、5万円取る宿泊施設は常識である。それを、1人当たりたった2万円? それも、東京都知事ご一家が?

 間近に迫った東京五輪で、海外から来る観光客の宿泊施設がどうしても足りず、

 「いっそ、ラブホテルを臨時の観光客ホテルにしたら」

 という冗談みたいな構想もあると聞く。ふとボタンを押したらベッドが回り始め、ベッドの真ん中当たりが何故かモコモコと上下運動を始めて目を白黒させるのは、さて、どこから来た五輪観光客だろう? ベッドから転がり落ちて骨を折ったり捻挫したりするヤツらはいないか? と爆笑してしまう私だが、そのような構想が出る自治体の長をなさっている舛添様は、ひょっとしたら、

 「それはまず自分で、家族で体験してみなければ」

 と、家族4人でラブホテルにでもお泊まりになったのではないか?
 ああ、それなら、立派な公務である。己の家族を犠牲にしてまで、東京にやってくる五輪観光客のことを考える。率先して体験してみる。見上げた知事様ではないか。
 うん、だからなのだろう。その8万円も政治資金から出ていたと報じられていた。舛添さん、なかなか筋を通す立派な方ではないか!

 散髪代、それも子供の散髪代まで領収書を求めて経費で落とされる知事様ともなれば、我々庶民は、そうやって笑い飛ばして憂さを晴らすしかない。

 舛添君、憂さ晴らしのネタを豊富に振りまいてくれてありがとう!


 ということが、昨夜の飲み会で話題に上った。私を含めた桐生3巨頭の飲み会である。夕方5時過ぎに突然開催が決まり、急遽実行された飲み会であった。
 その席で私は、今ひとつの見方をご披露した。

 「舛添って、子供の頃きっと悪い貧乏体験をしたんだよ」
 
 子供時代の貧困体験なら、そんじょそこらの人には負けないと自負する私の解釈だ。まあ、私の貧困子供時代に関心をお持ちになった方は、「グルメらかす」をご再読いただきたい。

 私は思う。
 子供時代の貧困体験には、いい貧困体験と、悪い貧困体験がある。いいか悪いかを分けるのは、それを体験する本人の資質による。

 いい貧困体験とは? 自分が貧困を体験したが故に、そのような子供がひとりでも少なくなるにはどうすればいいかを考え、実行する大人に育つ貧困体験である。

 悪い貧困体験とは? 長じて、ひたすら守銭奴になってしまう道を辿る貧困体験である。お金のない苦しさは人一倍知った。だから、お金にひたすら執着する。自分の財布から出すのは、例え1円でも避けたい。違った財布から出せるのなら、自分の財布が傷まないのなら、おお、どんどんやりましょうよ。

 私は、主観的には前者の貧困体験をした。弁護士になろうと大学で法学部を選んだのは、社会的弱者を法定でで助けたかったからである。それが弁護士への道を放棄したのは、徹底する根性と能力がなかったからに過ぎない。

 舛添君は後者である。でなければ、あのような無様なお金との付き合い方ができるはずがない。

 私の金銭コンプレックスは、社会に出て職を持ち、人並みの収入を得るようになって間もなく姿を消した。

 「金なんて、必要な分だけありゃあいい」

 そう思えるようになった。
 舛添君はそうではないらしい。自分の財布にいくらお金が貯まろうと、そこからお金を出すことには強い抵抗感がある。だから、美術品を好むにしても

 「儲かるに違いないもの」

 にしか金を出さない。自分の好み、嗜好は二の次である。値が上がるかどうかを見分けるのも才能といえば才能ではあるが……。それは恐らく、自分が惚れ込んだ美術品ではないはずだ。
 そんな選択が、何とも貧乏くさい

 旅行先の選び方、領収書の取り方、外食するときの店の選び方。どれをとっても貧困の臭いを引きずる。おいおい、あんた、俺よりずっと沢山のお金を持ってるんだろ? もう少しリッチな暮らし、せめて私が好みの女性を誘ったような店には行けなかったのかね?

 と、私は舛添の性格を断言する。何故か。私の中にも「悪い貧困体験」が居座っているからだ。

 どんな引きずり方か、だって? 
 これだけは、貧困を通過したことがない方にはご理解が難しかろうと思う。時として、お金についてせこくなってしまうのだ。財布からお金を出すのが怖くなる。5万円出した方がいいところで、3万円で済まないかと躊躇する。かと思うと、怖くなった自分を悟られるのが怖くて沢山出してみたり。現れ方は様々である。でも、「せこさ」が、私の一部となってずっとつきまとっていることは疑いようがない。
 だから、私には舛添のせこさが理解できると思うのである。

 しかし、自分のせこさがこれだけ表沙汰になって、舛添君はどのような顔で自分の子供たちと向き合うのだろう?


 さて、8月いっぱいでのクビを言い渡されたことは前回ご報告した。情けないことに、その程度のことに動揺を見せた私は、そろそろ動揺を乗り越えたようである。いい性格である。
 会社の仕事をしようという気持ちは、かなり萎えた。いま頭を占領しているのは、桐生残留作戦である。桐生に居残るのに必要な収入をどのようにして得るのか? 私みたいな浅学非才の人間に金を払おうという人が、果たしているのか。

 多分、この地で起業をすることになるのだと思う。66歳、67歳での起業。遅すぎる独り立ち。どのような計画が練り上がり、どのような結末になるのか。

 ポイント、ポイントでご報告していくつもりである。怖いもの見たさ、でも結構なので、お付き合い願えれば幸いである。



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