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 2016年7月16日 情けない

 としかいいようのない事態に陥った。

 無理な姿勢をとり続けたため、腰の左側に痛みを覚えたことは前回報告した。
 さて、身体の一部に痛みがある場合、人間はどのような姿勢を取るか? そのような事を研究されたことはおありだろうか。結論から言えば、人間は出来るだけ痛みが出ない姿勢を取る。
 今回の私の場合、腰を前に突き出す姿勢であったこともレポート済みだ。

 いつもは取らない姿勢をあえてとる。それは痛みから解き放たれたい人間の本能である。だが、本能というのはいい加減なもので、だから本能に突き動かされて無闇に太るヤツもいるし、本能に支配されてしまった一時を持ったために愛のない諦めだけの結婚生活を強いられるヤツもいる。

 真、一般論はどうでもいいが、私の本能もやはりいい加減であった。
 痛みから逃げる。その本能に占領された私は、仕事があり、こなさねばならぬ私事があった13日、その無理な姿勢をとって身体を動かし続けた。

 「おい、これって何?」

 新たな事態に気がついたのは14日の夜であった。
 それまで痛かったのは腰の左から左の臀部にかけてであった。ところが、なのだ。

 「何で、股関節から左大腿部上部の前側が痛むんだ?」

 そうなのである。私の腰から下で、それまで痛んでいたのは左腰、左臀部、そのあたりの背部であった。それに、新しくちょうどのその反対側の痛みが付け加わったのである。腰から大腿部にかけての私の身体の左側は痛まない部位が珍しくなった。

 これも、自己診断では筋肉痛である。意識的に無理な姿勢で身体を動かし続けたつけがここに出た。おそらく、この部分の筋肉が悲鳴をあげ、

 「もう、いや!」

 と縮こまってしまったようなのだ。縮こまってしまったから、延ばすことに激しく抵抗する。

 マッケンジー体操は、就寝前の私の日課だ。整形外科医に

 「唯一、医学的に証明されている腰痛体操」

 といわれて以来、毎日欠かさない。うつぶせに寝て両手で上半身を起こす。この姿勢で腰をグッと下に押しつける。そう、エビぞりするのだ。この姿勢でゆっくり30まで数える。これを2回繰り返す。

 14日夜、いつものようにマッケンジー体操をしようとした私は、思わず悲鳴をあげた。

 「痛てっ!」

 この姿勢をとれば、大腿部の一番上の前部の筋肉がグーと延びる。それもあって腰痛にいいのだろうが

 「おい、そんなに延ばしたらあかん、って!」

 と筋肉が自己主張した。うつぶせになった私は両腕で上半身を持ち上げようとした瞬間、激しい痛みに見舞われたのである。もちろん、カウントする暇などない。

 「あかんわ、これは。今日は体操なし」

 昨日は、妻女殿を前橋日赤にお運びする日であった。

 「行けるの?」

 というご下問には

 「座っていると大丈夫だから、運転は問題ない」

 とお答えした。

 「だが、日赤に着いたあとどうしよう? 病院内のソファまで、この状態で歩けるかなあ……」

 そうなのだ。とにかく、いまの私は歩くのが怖いのである。
 というわけで、前橋日赤に行く途中で、私のかかりつけの整形外科医に寄ることにした。

 「どうしました?」

 という医者に、私は

 「はい、本日は急患です」

 と答えた。怪訝な顔をする医者に状況を説明すると、患部のレントゲン写真を4枚撮られた。撮るのはレントゲン技師である。

 「はい、そこで直立して」

 これは何とかこなせた。

 「右向きになってまっすぐ立って」

 これも、痛む患部をなだめながらこなした。

 「そのまま前屈みになって」

 うん、こちらの方が楽な姿勢だ。

 「次は反り返って」

 あのー、それができなくなったから急患で来たんだけど……。
 ふーっ、いまの私が秘密警察に逮捕され、同士の名前を明かすように迫られたら、反り返る姿勢をとらされただけで知っていることも知らないこともペラペラしゃべってしまうに違いない。情けない人間に落ちぶれたものである。

 こうした拷問の末に出来たレントゲン写真で、医者は

 「骨には問題ありませんね」

 と太鼓判を押してくれた。とすれば、単なる筋肉痛である。時間とともに痛みは治まるはずである。

 「ただ、この写真では脊柱管狭窄症(神経の通る管が狭くなり、神経が骨にさわって痛みを発する、のだったよな?)の診断は出来ないので、来週になっても痛みが引かないようならMRIを撮ります」

 そうかよ。くーっ、情けないことになっちゃったなあ……。

 「で、先生、いまの腰痛の薬に加えて、何か新しい薬が出ますか?」

 「といわれてもねえ。いまでも結構薬は飲んでもらってますし、特に新しい薬は出しません」

 おーっ、ということはあれか? 痛みが自然に引くまではこのままなのか!

 「とにかく安静にしておいてください」

 
 昨日、デジキャスで一緒だったH氏が、仕事のついでに私を訪ねてくれた。ある割烹に御願いして午後5時に店を開けてもらい、2人で酒を飲んだ。
 安静の対極にある暮らしぶりである。

 が、今日は朝から安静を心がけている。
 まず、昨夜は入浴できなかったため、朝から風呂に入って患部をじっくり暖めた。
 風呂から出て、さて、安静。動き回らない。一番楽な姿勢で時を過ごす。

 「となると、これしかないじゃない」

 朝からフランス映画を3本見た。

 「墓場なき野郎ども」(クロード・ソーテ監督、1960年)
  警察に追われるギャングがかつての仲間に裏切られ、破滅するお話。ま、ギャングだもんな。

 「モンパルナスの灯」(ジャック・ベッケル監督、1958年)
  画家モジリアニの伝記。芸術家って、なんで正確破綻者なのだろう?

 「リラの門」(ルネ・クレール監督、1957年)
  殺人犯の逃亡劇に痴人の愛を絡めた喜劇。

 いずれも保管し続けるほどの価値はないと判断、削除の対象になった。

 と、この日誌を書いているいまは午後3時40分である。ということは、このあと入浴、夕食があって、就寝まで安静にしなければならぬ。ということは、夕食を終えたらまた映画を見るに違いない。

 もっとも、映画鑑賞の必需品である私自慢のノルウェー製ストレスレスチェアも、 今回の腰周辺の痛みに、あまり役立たない。なにしろ、左足を伸ばすと足の付け根が痛む。仕方なく、左脚を曲げて体に引きつけるおかしな姿勢で座る。それが辛くなると、2人がけのソファに横になりながら映画を見る。画面が横になって何だか変だが、そんなこともいってられない。また、横になれば痛まないかというとそうでもなく、これでも左脚の付け根をどの程度曲げるかを研究し、一番痛まない姿勢を見つけ出すしかない。

 ったく、情けないことになったものである。一日も早く身体が復旧してくれることを願う。
 といってもなあ、歳をとると身体の回復力は年々衰えるというし、この痛みから解き放たれ、普通の暮らしに戻れるのはいつのことだ?



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