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 2016年9月15日 役所とは

 失業給付の請求手続きをしてきた。年齢によって会社人間をやめざるを得なかった私の、会社人間としては最後の事務作業である。何しろ40年以上も保険金を払い続けてきたのだ。いただけるものは米一粒に至るまでいただかねばならぬ。

 行き先は桐生のハローワークである。67歳になっての離職であるため、いただけるのは一時金のみ、それも20万円前後しかないことは先日下調べしたので分かっていた。その20万円を我が手にしなければならぬ。離職後に会社から送られてきた必要書類一式を携えた。

 手続き事務は順調に進んだ、と思っていた。この瞬間までは。

 「はい、これは公開する求職票です。これに記入して下さい」

 求職票? いや、私は職を求める気はない。というか、求めても、67歳の私を雇う企業なんてあるはずがない。先日の下調べでは

 「必要書類を出されたら、あとは新聞に挟み込まれる求人情報を見ていてください」

 といわれた。
 といわれたって、もともと求人が少ない桐生である。そんなものを見たって、67歳の私が応募できるような仕事があるはずがない。見ても無駄である。

 「確かにそうですが、失業手当は職を失って新しい職を探している人に出すものです。だから、求人情報を見ることが職探しに当たります」

 ははあ、なるほど。役所仕事とはそのようなものか。を整えればいいんだな。

 だが、である。それにしては、私に出る失業給付金は1回限りで、それも20万円前後。新しい職を探さねばならないのなら、少なくとも半年間、それまで受け取っていた給与の60%を給付してもらえないものか? 1回限りしか出さないということは、名前は失業給付であっても、実は退職金のようなものなのではないか? 
 まったく、役所仕事とは!

 という下調べの結果がある。67歳にもなったのだから、新しい就職は難しいでしょう、ということに違いない。それなのに、求職票?
 だから、私は当然の質問をした。

 「それって無駄なんじゃない? だって、もう再就職なんてできるはずがないと判断するから1回限りの給付でしょう。どうして求職票を書かねばならない?」

 窓口の女性はいった。

 「でも、これに記入していただけないと、お金は出せないんです」

 再就職は無理な年代だから、1回限りの手切れ金を出す。これまでに払い込んだ保険料に比べれば雀の涙のような金額だが、まあ、それは仕方がない。
 だけど、67歳になっても再就職を前提として給付金を出すのなら、ほかの年代と同じ条件で出さねばおかしいのではないか? 例えば、60歳なら240日分である。

 どこの何という役人が作った制度か知らないが、出来が悪いものは出来が悪いというほかない。

 と怒ってみても、まあ20万円はほしいわけだ。やむなく私は求職票に記入した。
 それは、まあいいとしよう。だが、次の1点は呆れて開いた口が塞がらなかった。すべての書類を提出した私に、窓口の女性はこういった。

 「今日から1週間は仕事をしないで下さい」

 これは失業状態を確認するためだという。まあ、いい。これから1週間、仕事をする予定はない。

 ボランティアもダメです」

 ボランティアもダメ?! だって、どうせやることがない期間なんだから、ボランティア活動ぐらいしてもいいでしょう。いや、私には予定はないよ。そもそもボランティアなんて嫌いだし。だけど、失業給付を出してやるから、ボランティアをするな? それって、国家権力によるボランティア活動の弾圧じゃねえか!

 「いや、そういわれましても……。あのー、これは、少なくとも1週間は真面目に職探しをした、という状態でなければならないわけでして、つまり、ボランティア活動をすれば職探しの時間がそれだけ減りますから、この人、真面目に仕事を探していない、と認定するしかなくなるわけで」

 あのさあ、これ、そもそも67歳になったら再就職なんか無理だろ、ということを前提にした給付だろ? それなのに、格好だけは再就職活動を求めるってか!

 「はいはい、1週間家にこもって求職情報誌を隅から隅まで読んでいたらいいわけですね。だけど、これ、無茶苦茶な制度だねえ」

 「はあ、申し訳ありません」

 いや、あなたに謝ってもらっても仕方ないけどさ。
 この、何というか、民を見下しているというか、わずかの金で民を縛り上げて思い通りに動かそうという魂胆が見え見えというか、制度を作った役人の腹の底のどす黒さが見えてくるようではないか。
 その役人だって、定年になれば民になるわけで、そうすれば私と同じ立場になる。そこまでは思い浮かばなかったのか? あ、そうか、自分は天下りで終生厚い待遇を受けられるから、失業手当なんて関係ないと思っていたか。


 間もなく始める個人事業の屋号が決めた。
 Labo-d
 それに基づいて、あのO氏がロゴをデザインし、私の名刺をデザインし、事業活動に必要な認め印を発注してくれた。
 ロゴ。アルファベットの○の中を赤、青、黄、緑で塗りつぶし、なかなかチャーミングである。彼にこのような才能が潜んでいたとは。脱帽である。
 恐らく数ヶ月のうちに、この屋号を使ったWebページを立ち上げる。とりあえず、

 乞う、ご期待!

 と御願いしておく。

 という具合で、事業開始が一歩、また一歩と近づいてきた。近づけば近づくほど

 「俺、できる?」

 と自問自答する回数が増える私である。



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