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 2016年11月4日 戦い済んで

 これを定番とは呼びたくない。お決まりのコースになどは絶対にしたくない。だが、

 二度あることは三度ある

 が真実であることを実証してしまった。昨日のことである。

 そう、昨日は桐生の祭りで、私が50人分のパエリアを作る日であったことは、前回の日誌でお伝えした。多くの方々に私手製のスペイン料理を味わっていただくのである。些かなりとも緊張せざるを得ない。

 現場に到着したのは午前10時頃であった。皆様にお配りするのは午後2時から。充分な時間のゆとりを設けたのである。
 ガスコンロの設置具合を見て、具材を載せるテーブルが今回もないことに気がついた。自力でテーブルを運び、準備は万端整った。そこまで確認して仕込みに入った。

 最も時間を取るのはイカである。はらわたを抜き、袋状になった本体を切り開いて短冊状に切る。内臓は捨て、足の部分も短く切りそろえる。
 ま、年に何回かの作業である。慣れた、とは口が裂けても言えない。だが、昔取った杵柄、程度の表現はお許し願いたい。なぜなら、その言葉通り、作業は順調に進んだのだから。

 イカの下ごしらえが終わると、次は鳥肉。そして玉ねぎ。ここで事故が起きた。

 ここでパエリアを作るのは昨年11月、今年5月に続いて3回目だ。お恥ずかしい話だが、過去2回、この仕込みの段階で私は負傷した。切れすぎる包丁で指を切ったのである。
 玉ねぎの下準備は芯を取ることから始まる。いや、玉ねぎに芯はないか。だから芯ではないが、玉ねぎの上と下をぐるりとくりぬくのである。右手に持った包丁の先をグイッと突き刺し、左手で玉ねぎをくるりと回すと、邪魔な部分がコマの形になってとれる。その上で薄皮を剥く。

 前2回は、この作業中に事故が起きた。
 上下をくりぬく作業で、包丁は右手に持つ。これを左手で持った玉ねぎにグイッと差し込む。その状態で玉ねぎを回す。つまり、右手にも左手にも、それなりにを入れなければくりぬけない。使っていたのが磨いだばかりの包丁で、ちょいとばかり右手に力が入りすぎたのであろう。回る玉ねぎに抗してその場に包丁をとどめる為の力が強すぎ、包丁がスッと玉ネギを切り裂いてしまって玉ねぎを掴んでいた左手の人差し指までも切り裂いたのである。

 が出た。沢山出た。すぐには止まらないほど出た。指の根本に輪ゴムを巻いて止血したが、それでもなかなか止まらないほど出た。
 2度目も同じ事故だった。まったく、昔取った杵柄はどこかで柄が折れていたらしい。

 2度も同じ失敗をする。これほど恥ずべき事はない。人間としてあってはならないことである。さらにあってはならないのは、同じ事故が3度起きることである。
 昨日に臨んで些かの緊張感を覚えた一因はこれであった。

 昨日使った玉ねぎは6個。前回、前々回と同じ作業を黙々と続けた。1個、2個……。作業は順調に進んだ。6個目までスムーズだった。つまり、何の問題もなく玉ねぎの薄皮まで剥けた。流石に私である。同じ過ちを3度も繰り返すことはない。

 いま思えば、だから気が緩んだのではないか。

 上下をくりぬき、薄皮を剥いた玉ねぎは細かく切り分けねばならない。まず半分に切り、それをさらに半分に切って、さらにその切り口と直角に包丁を入れる。半球になった玉ねぎをまな板に置き、包丁の先を玉ねぎの向こう側に立てて手前に引く。それが私の切り方である。

 スイッ、スイッ、スイッ

 順調に切れた。あれは、何個目の玉ねぎであったか。スイッと動いた包丁の先に、どういう訳か私の左手の小指があった。なぜそのような場所に小指が位置していたかはいまだに謎だが、次の瞬間

 「痛てっ!」

 と私が口にし、思わず左手を顔の前に持っていって点検すると、左手の小指の爪の左側(手のひら側から見て)からブクブクとが吹き出ていたのだから、その場に小指があったことは事実である。

 人差し指と小指の違いはある。が、玉ねぎの下ごしらえをしていて指を切ったことは同じである。

 二度あることは三度ある

 この命題を我が身をもって証明してしまう愚。恥じ入るしかない。


 という不穏な雲行きで、昨日のパエリアづくりは進んだ。

 いや、それでも小指の血は15分ほどで止まったし、材料も血まみれになることはなく、というか、血の一滴も付くことはなく、正午前には準備万端が整った。あとはパエリア鍋を火にかけ、調理するだけである。腹が減っては戦はできぬ、の例え通り、私は我が妻女殿が用意した昼食をかき込むと、材料をコンロのところまで運び、コンロに火を入れたのであった。

 オリーブオイルを弱火にかけたパエリア鍋にたっぷり注ぎ、つぶした上でみじん切りしたニンニクを炒めて香りをつける。香りがつけばアサリを放り込み、ついでエビに火を通す。エビが赤くなったら引き上げ、鍋に鳥肉を加えて……。
 ま、このあたりは昔取った杵柄だ。目をつぶっても作業はできる。いよいよ湯を加えてサフランを加え、塩で味を調える。しばらく煮込んだあと、米を入れる。タイミングを見計らってアルミホイルで蓋をし、弱火にする。あとは完成をまつだけだけである。

 「うん、今日は水加減もいいようだし、順調である。出だしで躓いたが、終わりよければすべてよし、なのである」

 私は、持参したダンヒルのパイプにタバコを詰め、昨日2回目の煙を出し始めた。余裕を絵に描くと、多分、その時の私になるはずである。
 香りを辿って、人々が集まり始めた。知りあいもちらほら見える。

 「へーっ、こんなもん作るんだ」

 「あとどれぐらい時間がかかりますか?」

 様々な問いかけに、ゆったりとお答えする。能ある豚はへそ隠す。その隠れた我がへそに驚きの表情を示していただく。我が手で創り出す味を心待ちにされる。何とも心地よい。矢でも鉄砲でも持ってこい! ってな気分である。
 ところが

 「あれ、いつまでたっても香りが立たないぞ?」

 10分ほど過ぎていただろうか。いつもと違う異常現象に気がついた。
 鍋全体をアルミホイルでくるんでも、下から加熱される鍋は、アルミホイルの隙間から常に水蒸気を吹き出す。そこに、当然香りが乗ってくる。その香りが客寄せにもなるのだが、香りがない!

 「火が消えてる!」

 鍋の下をのぞき込んだ私は、思わず声を立てた。消えている、火が。
 そういえば、朝のうちは穏やかな天気だったが、午後になって風が強まった。パエリアの看板を抑えていたオリーブオイルの瓶が風に煽られた看板に押し出されて落下、割れた事故もあった。
 そうか、強風で火が消えたのか!

 慌てて鍋を持ち上げ、コンロに再点火したのはいいが、でも、加熱されていなければならないパエリア鍋はこの間、冷える一方だったわけだ。
 これでちゃんと仕上がるか?

 結論を急ごう。
 仕上がらなかった
 鍋の中心部は、火が米に通りすぎるほど通っていたが、鍋の周辺部はかなり生煮えである。やむなく、鍋の周辺部に湯を加え、何とか煮上げようとしたが、中心部からは米が焦げる臭いが立ち始めた。多少の焦げ付きはあっても構わないが、焦げすぎると問題だ。

 「仕方ない。全体をかき混ぜて生煮えの米を蒸し上げよう」

 昔取った杵柄からすると、これでかなりの部分は助かるはずである。だが、当然ながら助からない部分も出るはずである。
 このような際には、言葉で補うのが私の流儀である。

 「申し訳ありません。先ほどからの強風で、調理の途中でコンロの火が消えました。気がつくのが遅く、一部、米が生煮えになっています。覚悟して食べて下さい。御免なさい。まあ、生煮えでも体に悪いことはないのですが」

 桐生の方々は心優しい。それでも数十人の方が列を作ってくださり、中には

 「おかわりしていいですか?」

 とやって来る子供もいた。はい、まだあるからいいよ!

 「あのう、材料は何ですか?」

 東南アジア系の顔立ちをした若い男性が、流ちょうな日本語で聞いてきた。

 「はい、オリーブオイルとニンニク、それにアサリ、エビ、イカ、鳥肉、あとは野菜です」

 と答えると、

 「じゃあ、豚肉は入ってないのですね?」

 その質問で気がついた。

 「ひょっとして、あなたはイスラム教徒?」

 「はい、そうです」

 「これ、パエリアといってスペインの料理です。スペインはイスラム教が抑えていた国ですから、教義に反する食材は入っていないと思いますが」


 「ああ、でも、いまは全部がイスラム教ではないですから」

 そこまで言葉を交わして、彼は列に並んでくれた。食べ終わると

 「美味しかった!」

 とニコニコしながら声をかけてくれた。桐生の地でパエリアを仲介役に、国際親善活動に携わってしまった私であった。


 で、1日あけた今日。
 実は、腰が痛い
 午前10時に始まって、帰宅したのが午後4時前という肉体労働。67歳の腰痛持ちにはちと過酷であったか。
 となると、来年5月はどうしよう? 助手を作って私が指導をして作らせるというのなら可能だが、さて、助手になってくれる人はいるか?
 悪くすれば昨日限りにもなりかねないと思案する今日の私であった。



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