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 2017年2月10日 天下り

 組織ぐるみの天下りをやっていた文部科学省が叩かれている。メディアはこぞって「正義の鉄槌」を振り下ろし、国会では野党が突き上げる。政府も文科省を守る気はさらさらないようで、まさに四面楚歌である。

 が、だ。一連の報道、国会での追及を、それほど熱心に出はなく、チラッと読んだり、テレビニュースを小耳に挟んだりしながら、私は

 「何だかなあ」

 と思ってしまう。

 「万死に値する」

 と平身低頭して見せた前事務次官には

 「だったら、どうして生きてそこに立っているの? 切腹でもしたらどう?」

 と、文部科学省という、教育と学術を司る役所のトップだったのに、日本語をあまりにも軽く扱う偉いさんに不快感を感じながらも、正義の刃を振り回し続ける連中に違和感を持ってしまう。視点があまりにも偏ってるんじゃない? 正義に酔っているんじゃない?

 国家公務員の定年は原則として60歳である。つまり、60歳になれば職を失う。
 しかし、私を含めて、居間の60歳は元気である。戦後、定年制度は55歳だったと何かで読んだ。当時の日本人男性の平均寿命は58歳前後だった。つまり、定年を迎えると、数年の地にお迎えが来た。余生は3年程度しかなかった。
 その後平均寿命は延び、いまでは80歳近い。だが、その後の定年制度の改革は、60歳まで伸びただけで、やっと最近になってもっと伸ばそうという空気が出てきた程度だ。いまや、余生は20年近い。

 定年を迎えた男は濡れ落ち葉になると言われて久しい。つまり、これまでは無視し続けていた女房に、ほかにほやることがないから、ほかにやれることがないから、濡れ落ち葉のようにくっついて回るようになった、というのである。男の多くは根性なしなのだ。根性なしの本性が見えるようになったのは、余生が長すぎるためである。

 であれば、定年後も働くのがよろしい、と私は思う。私は定年後再雇用制度を利用して67歳の8月まで会社で働いた。その後は起業を目指しているのは御存知の通りである。
 定年後も働くのが好ましいのは、国家公務員とて同じである。天下りとは、60歳を超えても働くための1つの手段に過ぎない、ともいえる。そのどこがいけないのか?

 いや、今回の文科省のように、役所の税金配分権限を悪用して定年を迎えた職員を、税金の配布先に押し込むのは、確かに問題である。それは、天下りを受け入れる会社や団体の思惑が透けて見えるからだ。

 「どんなやつか知らんが、受け入れておけばまた国からお金がもらえる。年間1000万円なんて安いものだ。仕事ができないヤツだって? そんなこと、どうでもいいんだよ」

 というところに天下るのは、双方のゲスぶりがあまりにも明らかで、誰だって

 「この野郎!」

 と拳を振り上げたくなる。だから、今回の天下り問題で文科省が非難の矢面に立つのは当然である。
 
 だが、正義の刃は物事の片面しか見ないところから生まれる。

 不当な天下りに鉄槌を下すのはよい。だが、問題の根っこは、60歳定年にあることも同時に考えなければならない。
 国家公務員にもいろいろな人がいる。60歳を過ぎても働きたい人がいる。働かなければローンを払えない人もいる。子供がまだ高校生、大学生で、年金だけでは学費を払えない人もいる。それなのに、60歳を過ぎても胸をはって働ける仕事を、国は用意してくれない。であれば、悪いこととは知りながら、文科省の権限を使って天下り先を確保する、という道に踏み込まざるを得なくなるのではないか? 職員の天下りを裏で差配した人々は、実は職場では温情家として知られていたのではないか?

 問題は根っこから断たなければ、同じ問題が何度でも、形を変えて再発する。現れた問題を表面的に追及しても何も生まれない。根っこから断つには、国家公務員の定年を延ばすしかないのではないか。
 報道や国会に欠けているのは、その視点である。

 人は公務員を、

 「税金で食っている」

 という。
 何を言うか。だったら、民間起業で働くあなたの給料はどこから出ているのか? 民間企業の経営者、従業員の給料だって、詰まるところは消費者=納税者の財布から出ているのである。一方は税金として出ていき、他方は消費として出ていくだけのことではないか。そこに何の違いがある?

 私が勤めていた会社には多くの子会社がある。その子会社群の患部幹部は、ほとんどが御本社、つまり私が勤めていた会社からの天下り組である。子会社にはプロパーの社員が沢山いる。彼らの頭越しに、突然御本社からトップが天下ってくる。彼らはそれをどう受け止めるのだろう。

 民間の報道機関だってそんなことを繰り返している。そこで飯を食う記者が国家公務員の天下りを責め立てる。責め立てた記者も、ひょっとしたら後に子会社に天下るかも知れないのである。天下らねば暮らしが成り立たない、と申し訳ない気持ちで天下るのは良心的な方である。多くは、

 「私の働きに見合った当然のこと」

 と胸をはって天下り、あるいは

 「本社での出世競争に負けて、ああ、俺もとうとう子会社暮らしか」

 と敗北意識を抱きながら天下る。
 官でも民でも、それほどの違いはないのである。

 文科省の不正を責め立てるのはよい。だが同時に、何故そんな不祥事が起きるのかにも目を向けなければ報道する意味がない。国会で取り上げても何も生まれない。

 滅びに至る道には正義が敷き詰められている

 ともいう。世の正義がうさん臭く見えてきたのは、私が齢を重ねたためか?
 

 音楽データのアップコンバートは順調に進んでいる。

 外付けのHDDに「upcon」というフォルダをつくり、アップコンバートしたデータの格納場所に使う。
 まずdBpoweranpを立ち上げ、3つ並んでいるボタンから「Music Converter」を選ぶ。そうすると、何をアップコンバートするのか聞いてくるから、これも外付けHDDに入っているflacファイルからアップコンバートするアルバムを選ぶ。そしてアルバムに入っている曲をすべて選択した状態にし、「open」ボタンを押す。次に、アップコンバートした音楽ファイルをどこに入れるか聞いてくるので、事前に作っておいた「upcon」フォルダにある、このアルバムと同名のフォルダを選択して「open」、作業開始のボタンを押せば始まる。

 作業が始まったら、私はGoogleの画像検索でアルバムのジャケット写真を探す。見つかったらデスクトップにコピーし、先ほどのアルバム名を記したフォルダに入れる。これをやっておくと、音楽の演奏中に、volumioの画面上にジャケット写真が現れる。

 おっと。アップコンバートするのだから、事前の設定も必要だった。「Music Converter」を作動させた画面で、Bit Depthを24Bitに、Resampleの周波数(画面上ではResample to Frequbncy、と表示される)を88200Hzにしておく。これは、以前書いた理屈から出て来る数値であることは、改めてご説明することもないと思う。

 この作業、実にスピーディだ。アルバム1枚、おおむね1分前後でアップコンバートが終わる。この1分の間に、upconフォルダに、次にアップコンバートするアルバムを収めるフォルダを作ってアルバム名を入れ、ジャケット写真を探してこのフォルダに入れるのだから、始めると目が回るような忙しさになる。1時間も作業をすれば、50枚前後のアルバムをアップコンバートできる。

 時間がかかるのは、アップコンバートしたアルバムをNASにコピーする作業である。まず、NASから不要になったアルバム、つまりアップコンバートする前のデータを削除する。NASは極めてゆっくりしか作業をしてくれないから、しばらく待つ。50枚のアルバムを入れ替えるとすると、削除にかかる時間は5、6分というところか。これが済んでから、アップコンバートしたアルバムをNASにコピーするのだが、50枚だと50ギガバイト前後になり、2時間ほどの時間を要する。

 終われば、次の作業はvolumioNASを再サーチすることだ。volumioNASに入っている音楽データの索引を作るのだが、NASの中の音楽データを入れ替えたのだから、この作業をしておかないと音楽再生に不具合が出るのである。
 困ったことに、volumioはバージョンが2.0になって音質は向上したが、この再サーチ機能が後退した。これまで使っていたバージョン1.55では、フォルダ単位の再サーチができた。つまりEric Claptonのアルバムを入れ替えれば、Eric Claptonのフォルダだけ歳サーチすれば良かった。これならすぐに終わる。だが2.0になって、再サーチは音楽データ全体を対象にしなければできなくなった。これ、かなり時間がかかる。

 予定では、退職して始めた仕事が今ごろは忙しくなって、こんな七面倒くさい趣味の作業は土日にしかできないはずだった。ところが事業の方はまだなかなか動き出さず(それでも、とりあえず2件の契約が取れ、さらに契約したいと申し出ていただいた方が3件ある)、喜んでいいのか悲しまなければならないのかは別にして、いまのところ時間は腐るほどある。毎日50枚前後のアルバムがアップコンバートされている。

 作業を進めながら、気がついたことがある。
 今日までにアップコンバートが済んだのは、Bob Dylan87枚Eric Clapton116枚Folkに属する音楽が35枚、グラミー賞関連が7枚Led Zerppelin32枚、頭脳警察49枚Billy Joel11枚Brice Springsteen19枚The Beatles238枚、合計594枚である。まだまだ全体の5分の1でしかない。それなのに、音楽データは1.25テラにまで膨れあがった。アップコンバートする前は800ギガ程度だったから、1.5倍以上になったわけだ。

 600枚で450ギガ増えるのだから、全部をアップコンバートすれば1800ギガ増えることになる。総量は2.6テラ。私はNASに3テラのハードディスクを入れているので入らないことはないが、ハードディスクは容量の6割以上を使うと動作が不安定になると言われる。ということは安定して動くのは1.8テラまで、無理をしても2テラまでと考えるほかない。つまり、手元にある音楽全部をアップコンバートするわけにはいかないのである。

 そうか。では、どこまでやる? 300枚を超えるジャズでアップコンバートするのは? ロックではどのグループまで手を伸ばす? 岡林さんはどうしよう? 最近はあまり聞かなくなったからなあ……。
 NASをもっと大容量にすれば済むのだが、当面その予定はない。しばらくは迷いながらアップコンバート作業を続ける敷かなさそうである。

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