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 2017年3月10日 慶事

 長男夫婦にやっと子供が授かった。一昨日、3月8日のことである。女児。何でも、体重は3500gを超え、身長は51cmもあるそうだ。でかい。将来はアマゾネスか。

 長男は前夜、出産間近との知らせを受け、車で静岡まで駆けつけたらしい。そう、新しく誕生した女児の実家は静岡で、その近くの病院で出産したのだ。

 8日、生まれたばかりの女児の写真が私のiphoneに送られてきた。真っ赤な顔をして、大きな鼻が目立つ。顔中しわくちゃで、どうやら元気な鳴き声を上げているらしい。
 すぐに電話をした。

 「良かったな、無事生まれて」

 「ああ」

 「しかし、真っ赤でしわくちゃな顔を見て驚いたろう?」

 「ああ、これが自分の子供かと思ったら、ギョッとした」


 長男は42歳。結婚して10年ぐらいになるはずだが、奮闘努力(まあ、多分そうしたのであろう)の甲斐もなく、これまで子供に恵まれなかった。私なんぞは、

 「まあ、子供ができるかどうかは時の運。できなければできないで、それなりに2人で仲良く家庭生活を送ればいいって事よ」

 と泰然自若、すべては自然に任せるしかないと思っていた。焦りも願望もなかった。
 だが、悟りの境地にはほど遠い精神生活をなさっている我が妻女殿はそうもいかないようで、

 「何とか、子供ができてくれればねえ」

 というつぶやきを何度聞かされたことか。
 それがやっと実を結んだわけである。

 で、長男との会話の続き。

 「お前は俺の最初の子供だったが、見た時はこれ(つまり、新生児のこと)よりもっとギョッとしたぜ。だって、なかなか出てこないからバキュームで引っ張ったらしいんだな。新生児の頭は柔らかいから、バキュームで引っ張られた頭が伸びていて、七福神の福禄寿みたいでさ。加えてしわくちゃの顔だろ。俺の初めての息子は顔長ザルの親せきかと思ったぜ」

 そう、子供ってのは最初は

 「えっ、これが俺の子?」

 といいたくなるほど不細工なのが普通のようである。まあ、娘たちが生んだ4人のうち璃子だけは、妻女殿が

 「この子はきれいな顔立ちをしている。きっと美人になる」

 とご託宣された子供であった。その璃子は4月から小学生。ふむ、美人に育っているかどうかは、まあ、見る人によって違うだろうが、可愛いことに変わりはない。

 話を元に戻す。
 その不細工な新生児が、日を追って人間の顔になってくる。毎日見続けていると、

 「この子が俺の子で良かった」

 と会う人ごとに語りかけたくなるほど可愛くなる。
 そうそう、ほかのことではたいしたこともなかった会社の先輩が名言を吐いたことがある。

 「子供って、5歳まではどうしようもなく可愛いよね。10歳を過ぎると時々憎らしくなるんだけど、そのころの親って、その子が5歳までにくれた贈りものへのお返しをするんだよ」

 子どもを育てた経験がおありの方なら、なるほどと膝を打っていただけるのではないか。

 ま、それはそれとして。
 というわけで明日、我々夫婦は新生児にご挨拶すべく、静岡までのロングドライブに出かける。午後3時か4時頃に到着して病院を訪ね、生まれて3日目のベイビーの顔をじっくりと眺めてくる。
 そういえば、この子は始めて私の名字を名乗る子である。世間では内孫というが、我が家には「孫」という言葉がないのでこのような表現になる。

 内でも外でも、血がつながった子供は限りなく愛おしいものである。

 そうそう、長男には誕生プレゼントをせがまれた。長女の時も(この時生まれたのが啓樹=4月からはもう中学生)、次女の時(同じく瑛汰=4月から小学5年生)も、誕生プレゼントはビデオカメラであった。ただ、時代の流れで、長女の時は昔のビデオ、次女の時はハイビジョンビデオであった。

 「俺には何もくれないのかよ」

 という長男に

 「子供がでがいない、プレゼントはない。欲しけりゃ子供を作れ」

 と切り返したのは長男が結婚して間もなくのことであった。
 その子供が誕生した。

 「お前もビデオでいいか?」

 という会話は1か月以上前から繰り返された。が、返事に切れがない。

 「いま、カメラでも動画は撮れるしさあ、迷ってんだよね」

 その迷いが吹っ切れたのは3週間ほど前のことである。

 「一眼レフカメラにするわ」

 「そうか、機種は?」

 「NIKOND5500か、D7200か迷うんだよね」


 「そうか。ま、充分に迷えばいい。それはいいが、俺がこの前買ったD750は、少々高いが良く撮れるぞ。それまではD90だったけど、写りがまるで違う。撮像素子がフルサイズだと、こんなに良く撮れるのかと唸るぐらいで、桐生のO氏も俺のを見てほしくなったらしくて、結局買っちゃったよ」

 「でも、高いだろう」

 「だけど、安いのを買って後で後悔する、ということもある。ま、選んでみろ」


 電話が来たのは数日後だ。

 「やっぱ、750にするわ」

 出産に間に合わねば意味がない。いつ生まれるか分からない状況なので、安く買えるネットは諦め、すぐに販売店に出向き、店頭で買うように告げた。金はあとで渡す。

 8日に送って来た初めての写真が、750によるものかどうかは不明である。iPhoneから送られたらしいところをみると、写真もiPhoneで撮ったものか。
 が、750でも沢山の写真を撮っているに違いないと愚考する私であった。

 11日はそのようなわけで静岡に行き、現地で1泊。翌12日は相模原に行き、次女の旦那に歯の治療をしてもらう。夜は横浜で頭脳警察のライブ。次女、つまり瑛汰と璃子の家で1泊。
 次の13日は午前9時半から桐生で仕事が入っている。よってこの日は、午前6時半頃横浜を出て桐生に戻る。
 何となく、現役時代より忙しくなりそうな週末である。

 ま、慶事とライブが重なったから仕方ないか。

 あ、そうそう。新生児の名前が決まった。あかり、なのだそうだ。啓樹、瑛汰、璃子、嵩悟に続いて、この日誌に5人目の子役が登場するのも、それほど先ではないだろう。


 しかし、韓国って気の毒な国ではある。現職の大統領を罷免しちゃうんだもんなあ。
 大統領が、いわれているような悪事に手を染めていたのなら、とんでもないことである。
 政争が昂じての弾劾、罷免なら、検察が国を左右するわけで、とんでもないことである。
 いずれにしても、気の毒というほかない。

 だが、テレビに映し出される韓国民の反応は私の理解を越える。罷免賛成派にしろ反対派にしろ、あの程度のことであそこまでやるものかね? いずれにしろ、政治という魑魅魍魎の住む世界でのできごとではないか。大統領を取っ替えたって、新しい大統領も同じ世界で生きている魑魅魍魎の1人。何が変わるっての?
 マイクを突きつけられたデモ参加者の話を聞いていても、

 「あんた、誰に煽られて街頭に繰り出したの? ご苦労さんなことで」
 
 といいたくなる。よほどお祭りが好きな人たちなのか。どこかにはけ口を見つけなければ気が狂ってしまうほどの問題を抱えている人たちなのか。それとも単なる国民性か。

 私が若い頃街頭デモに出たのは、社会を変えたかったからである。具体的な政府高官の名前を掲げて「打倒するぞ!」と気勢を上げたのも、その個人を追い落とすのが最終目的ではなく、その個人が象徴する体制をぶっ倒して、新しい世の中を作るのが願いだった。

 ま、私たちの掲げた目標が正しかったかどうかは、今となっては分からない。だが、戦いの相手はあくまで体制であり、個人ではなかった。
 一方、いまの韓国で問題になっているのは大統領個人としか思えない。まあ、大統領が悪いことをしていいはずはないが、たったそれだけの「個人」の問題で、あれだけ沢山のデモが繰り広げられるとは。そもそも機密情報を漏らしたっていうけど、どんな機密情報なんだ?
 どう考えても、私が参加したデモとは性格が違うんだなあ。

 まあ、慰安婦像といいこれといい、韓国とは理解が難しい国であるなあ、と思ってしまう私であった。



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