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 2017年4月13日 袋詰め

 先日、とある人妻からプレゼントを頂いた。
 人妻、と書くと、かつての日活ロマンポルノのファンなら

 「ん?」

 と、嫉妬混じりの鋭い視線を私に向けるかも知れない。が、だ。残念でした! 私が如何に軽はずみな人間だとはいえ、さような関係にある人妻を、ここに登場させるはずがない。
 いや、ひょっとしたら私は思慮深い策謀家なのかも知れぬ。このような場で公開することで、ほかからの疑いの眼をそらす。エドガー・アラン・ポーではないが、人目に一番つきにくいのは、誰もが見ることの出来る場所に隠すことなのだ。
 でも、思慮深い人間がそのような裏技をここで公開するか? やっぱり私は底抜けに軽はずみな人間で、嬉しさのあまり、本来なら隠し通さねばならない秘密をばらしてしまったのではないか?
 あなた、どう思います?


 ま、どう思われてもいいが、実はそのプレゼントを私に渡してくれたのは、彼女の夫であった。彼とはずいぶん親しい。彼ら夫婦と3人で食事をしたこともある。つまり、ひょっとしたらあなたの期待を高めたかも知れない楽しい話は何にもないのである。残念でした!

 どこにでも転がっているものではないのは、頂いたプレゼントの中身であった。ちょっと濃いめの茶色をした、一昔前の封筒の色をした袋である。

 「家内が是非差し上げたいといって買ったんです」

 はあ、そうですか。でも、これ、何?

 「ちょっと見てみてくださいよ」

 見た。袋の一方には、郵便番号を書き入れるマス目と切手を貼るマス目が印刷してある。よく見ると、「ゆうメール」の文字もある。なんだ、ハガキみたいな格好をしてるけど。えっ、これ、絵はがき? そういえば、中身は紙らしい。だけど、この厚みだと30枚ぐらいは入っているぞ。絵はがきをそんなにくれて、いったいどうしようってんだ? おれ、そんなに手紙を出す習慣はないんだけど。

 「裏も」

 裏返す。一番下に「文庫本葉書」とある。なんやこれ?

 「ほら、ほかにも書いてあるでしょう」

 そういえば、ある。真ん中に小さい文字が印刷してある。真ん中を無視して端から読むのは私のひねくれた根性のためか?

 「近所の蕎麦屋で熱燗をきゅっとやる。湯豆腐とニシン煮をたのんだ。熱燗が冷えた体にしみわたる」

 なんじゃ、それ。なんか粋がった文章だなあ。蕎麦屋で酒を飲むのに、こんなに粋がらなくてもいいんじゃない? 肩凝らない?

 で、何なの、これ。

 「いやだなあ。知りません? 文庫本葉書って」

 ここまで来てフッと気がついた。そういえばどこかで読んだことがある。本を袋に詰め、何の本か分からないようにして売る商売が生まれた、とあった気がする。ということは、これが、それ?

 やっと正解にたどり着いた。

 「だから、買った家内もどんな本が入っているのか知らないんです。開けてみてくださいよ」

 開けた。見知らぬ文庫本が出てきた。

 「吉田自転車」(吉田戦車)

 とあった。吉田戦車? それって、漫画家ジャン。ということは、この文庫本、漫画なの? 中をめくってみた。漫画ではない。活字が並んでいる。ということは、漫画家が書いたエッセイ集か。書店では、絶対に私の目にはとまらない一冊である。
 近々読むことになろう。さて、この思いもよらぬ出会いが何をもたらすか?

 後に、念のためネットで文庫本葉書を調べてみた。ここである。興味を持たれた方はご自分でお読みいただきたい。
 私は、次の一節に目が止まった。

 「選ぶときの手がかりは、包みに印刷された、中身の本からの引用文だけ」

 ということは、である。あの人妻は

 「近所の蕎麦屋で熱燗をきゅっとやる。湯豆腐とニシン煮をたのんだ。熱燗が冷えた体にしみわたる」

 という一節で、この本を私向きだと判断されたことになる。

 「えーっ!」

 俺って、彼女の目にはそういう風に見えているわけ? これ、高倉健という感じジャン。いや、いつも小料理屋のカウンターの隅で1人黙々と杯を傾けていた藤竜也か。ということは、あの人妻がカウンターの中にいた篠ひろ子?
 どれもこれも、ちょっと格好良すぎないか?!

 まあ、いい。人の目にどう写ろうと、見る側の勝手な思い込みである。私の責任ではない。そんなことにまで責任を感じていては、とてもじゃないが身が持たぬ。
 
 ということで、私の積ん読本に見知らぬ1冊が加わった。町に出て、文庫本葉書に気がついて、とっさに私を思い出してい43ただいたことに対し、ここに深い感謝の念を捧げたい。



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